曲が早く終わってほしいのです
アルベール王太子は、マリーのダンスの技量をあっという間に見抜いたのか、簡単なステップのみで踊りをリードしていった。
しかし、マリーはそのことすらもわからない程、あたふたと混乱していた。
「とにかく、王太子様の足だけは踏まないようにしなくては…!」
必死で下の方を見ながら踊っているマリーに、アルベールがそっと声をかけた。
「僕を見て、マリー。」
マリーがはっと顔を上げると、アルベールがうれしそうに微笑んだ。
「やっと見てくれた…。きれいだよ、マリー。
僕が選んだドレスとアクセサリーがとてもよく似合っている…。」
至近距離で見るアルベールの美貌と褒め言葉に、マリーはくらくらっとめまいを感じた。
〝この距離はっ!破壊力が半端ないっ!〟
一曲無事に踊り終えることができるのか、マリーには自信がなかった。
「あの…ありがとうございます。」
それでも、なんとかマリーは会話を続けた。
「ドレスの形はスタンダードなものではなかったけれど、大丈夫だった?」
「はい、とても気に入りました…。」
「そう、よかった。実は初めて会ったときの、君が僕のマントを体に巻き付けた姿が印象深くてね。まるで古の聖女の、わずかに残っている絵姿の恰好に似ている…と思っていたんだ。そして最近の隣国での流行の形とも似ていたから、これしかない、と思った訳なんだよ…。」
アルベールは満足そうに言った。
「あの、ところで、私のようなものと踊ってもよろしかったのですか?」
マリーはアルベールに尋ねた。王太子は、こういう場では、まず隣国の大使夫人や、自国のもっと身分の高い令嬢と踊らなくてはいけないのでは?と思ったからだった。
「いいんだ。僕が君と踊りたかったから。
たまに私情を第一に動いても、罰はあたらないだろう…?」
王太子はそう言ってマリーに軽くウインクをした。
〝だからっ!、破壊力がヤバいんですよ、殿下~~。〟
マリーが、曲が終わるのを強く望んでいた、その姿を、ミリエルとクレアがダンスエリアのすぐそばから見守っていた。
「マリー、がんばっているわね。ダンスは得意じゃないって言っていたのに。」
と言うクレアに、
「クレア、今観察すべきところは、そこではないわよ。」とミリエルがすぐさま言った。
「よく見てクレア、マリーのネックレスのサファイヤの色は王太子様の瞳の色と似ているでしょう? それから、ドレスのウエストの上あたりにある刺繍の色は金色じゃない?
あと見て!王太子様の袖口の飾りボタンのエメラルドは、王族が身につけるものとしては色が薄くて、でもマリーの瞳の色に似ていない?」
ミリエルは興奮気味にまくし立てた。
「それって…?」
「そう!ラブラブな婚約者同士がときどきやる〝自分の色を相手にまとわせる〟ってやつよ!」
ミリエルは勝ち誇ったように、クレアに言った。
「でも、流石に、婚約者同士ではないしね。だから、さりげな~く、わかるかわからない位にやっているんじゃないかしら。」
「え?何のために?王太子様の意図がわからないんですけれど?」
真面目なクレアらしい言葉だった。
「ふふふっ…、そんなの、王太子様がマリーを好きだからに決まっているでしょ?
マリーをこれからは自分が独占していきたい、って思っていらっしゃるんじゃないかしら…?」
ミリエルは、クレアにニコリと笑って言った。
アルベール王太子が、珍しく、心からダンスを楽しんでいるような表情をしているのと、ミリエルと同じように、お互いの色をりげなく身に着けてことに気がついた観察眼の鋭い諸侯や貴婦人たちは、ざわめき出した。
護衛騎士のカイルと、マリーの兄ルーカスも、もちろんそのことに気づいていた…。




