兄といっしょに
伯爵家の令嬢として育ったマリーは、街へ外出する機会は数えるほどしかなかった。
けれども、街のにぎやかな様子、人々が活気にあふれ働いている様子を見るのは好きだった。
「マリー、プレゼントは何がいい?お城ではパーティーに参加する機会もあるだろうから、ネックレスか髪飾りはどうだい?」
街へ向かう馬車の中で、兄のルーカスがマリーに聞いてくる。
「そんな…パーティーなんて、正直言うと全然興味がないの…。お兄様とこうして出かけられるだけで私にはプレゼントになるから。物のプレゼントはいらないわ。」
「マリーは兄のささやかな楽しみを奪ってしまうのかな?なんでもいいから欲しいものはないのかい?」
「じゃあ、薬草の種でもいい?もしかしたらお城は広いから、種を植えて育ててもいいスペースが少しくらいあるかもしれないでしょ?」
「え?薬草を植えてもいい場所?あるかなぁ?
まあでも、マリーが欲しいなら買ってあげるよ。お守りがわりにでもなるといいんだけど。」
「あら、お兄様、お守りがわりなんてロマンチストね。薬草は薬にしてこそ活かすことができるのよ。私が今まで育ててきた薬草たちだって、全部使用人の人たちに分けてきていたんだから。」
「はいはい、わかったよ。かわいいマリー。」
ルーカスとマリーは、マリーが庭師から聞いたことがあるという種苗屋へ行くことになった。
二人が店に入ると、毛色の変わった客に映ったのか店員がおやっ?と顔を向けた。
「店をお間違えでは?」
「いいえ、薬草の種が欲しいの。ルルーとクマルとシダルの……。」
それは、ルーカスが聞いたことのない薬草の名前だった。
「ご冗談でしょう、今お嬢様がおっしゃったのは栽培が最高に難しい薬草ばかりですよ。」
「それこそ種だって滅多に出まわらないので、うちにも今はないのです。」
「そうなの?残念ね。じゃあもし手に入れることができたら、少しでいいからお城に届けてくれないかしら?私は1週間後から侍女としてお城で勤める予定のブランシェ伯爵家のマリーといいます。」
「はぁ、私どもも商売ですから、ご要望があればそのようにいたしますが…」
「ありがとう。お願いします。」
貴族令嬢のマリーがまさか自ら栽培するために種を求めようとしているとは全く思わず、店員は二人が店を出ていってからも狐につままれたような表情をしていた。
その後ルーカスとマリーは、街で評判のカフェで休憩をとることになった。あいにく個室はいっぱいとのことで、二人は木陰になっているテラス席へ案内された。
マリーが兄と共に紅茶と焼き菓子を味わっていると、
「やあ、ルーカスじゃないか?久しぶりだな。」と声をかけてくる男性があった。
その男性は、ブランシェ家の遠い親戚になる侯爵家の長男で、ルーカスの学友だった青年だった。自分の婚約者と母親を伴ってこのカフェに来ているという…。
「せっかくだから僕の婚約者を紹介したいし、母も君の顔を見たら喜ぶから、少しつきあってくれないか?奥の個室にいるんだ。」
「わかった。」
ルーカスは、にこやかに席を立ち、マリーに言った。
「マリーはここでゆっくりしているといい。少しだけ侯爵夫人にご挨拶してくるよ。」
〝親戚づきあいも、社交も大変よね……〟
マリーは人ごとのように、のんきに兄の背中を見送った。
そして引き続き焼き菓子を口にしていると…
突然、ズーンという地響きと共に、ガラガラと何かがくずれるような音、キャーという悲鳴がマリーの耳に飛び込んできた。