お料理の元へ行きたいのです
公爵夫妻が踊り終わると、何組ものカップルが舞踏用のスペースに進み出て、優雅にくるくると踊り始めた。その淑女方の翻るドレスの裾を眺めながら、マリーは静かに移動を開始し始めていた。
目指すは…料理が並んだ大テーブルである。
この夜、会場警備の任務についていたカイルの目線が、通常とは違う動きをする、白とピンクの人影を反射的に捉えた。いつもマリーは髪をハーフアップにしているため、髪をすべて結い上げて、白く美しい襟足や肩口を見せている貴婦人を見て、カイルは一瞬誰だかわからなかった。しかし、そーっと、でもキョロキョロとあたりを見回しながら動く、体の使い方の様子で、マリーだとすぐにわかり、カイルは我知らず微笑んだ。
そして、そのまましばらくの間、マリーから目が離せなくなった。
〝すごく、きれいだな…。あのドレスの形は、かつての高位聖女の装いに似ているな…。〟
と、カイルは思っていた。
マリーが目指す大テーブルの、牛肉の赤ワイン煮込みの大皿前のベストポジションにたどり着こうとしたその時、マリーに男性から声がかけられた。
「ご令嬢、もしよろしければ、私とダンスを踊っていただけませんか?」
「え?」と、マリーが思わず足を止めると、
「ぜひ、私とも踊っていただきたい。」
「いや、今、僕が先に申し込もうとしていたんだぞ!?」
「初めまして、でよろしいですよね?」などと言いながら、4人の若い貴族男性がマリーを取り囲んだ。
マリーが、とても可憐で清楚な感じの姿であったので、若い男性たちが、お近づきになりたいとばかりに、ダンスの誘いに来たのであった。
「え?あの?今、私はお料理をいただくところで…。」
と、マリーは男性たちに、戸惑いながら言った。
マリーにしてみれば、美味しそうな料理が並べられていれば、全種類ご賞味させていただくのは当然でしょう!と思っていた。
普通の貴族令嬢は、舞踏会では社交とダンスにいそがしく、料理など口にする暇もないし、するものではないことを、パーティー初心者のマリーは知らなかった。
マリーが困り始めている姿を見つけ、兄のルーカスがマリーの傍に行こうと動き出し、カイルも一歩足を踏み出そうとしたその時、
「失礼。彼女は私との先約があってね。」
と、男性たちとマリーの輪の中に、パールホワイトの騎士服が飛び込んできた。
…アルベール王太子であった。
その場にいた男性たちがあっけにとられる中、
「マリー嬢、待たせたね。さあ踊ろうか?」
アルベールが、にっこりと微笑み、ちょうど始まった曲に合わせながら、優雅にマリーの手を引いた。
あれよあれよいう間に、マリーは広間の中央に連れ出され、ごく自然にホールドを組まされる。
そして、アルベールは、流れるようにマリーをリードし、踊り始めた。