舞踏会が始まりました
王宮のメインの建物の中央部にある大広間に、マリーは人生初めて足を踏み入れた。
天井にきらめく大きなシャンデリアと、さざめく紳士淑女の多さに、マリーはポカンと口を開けてしまった。
「マリー…、お口が開いているよ…。」と言う、兄ルーカスの声にハッと我に返り、口を閉じた。しかし、すぐさま、会場に設置してある大テーブルに色とりどりの豪華な料理が並べられてあるのを見て、マリーは「うわぁ~」と言って口を開いてしまった。
王宮に入る前は、「パーティーには興味はない」と言っていたのに…と、ルーカスはマリーのそんな姿を見てクスクスと笑った。
「マリー。」優しい声がマリーに届いた。
声の方を向くと、久しぶりに見る父と母の姿があった。
「まあ、マリーきれいになっちゃって…。」母がすぐさまマリーのことを抱きしめた。
「もう!王宮勤めが始まったきり、全然家に帰ってこないのですもの…寂しかったのよ…。」
そう言って、母が涙ぐむ。
「ごめんなさい、お母さま、お父さま…。」
母の涙を見て、マリーも目頭が熱くなった。
「お前が元気ならよいのだ。それに、お前の活躍は聞いているぞ。
このドレスも宝飾品も、王太子殿下から褒美として賜ったそうだな。
私はお前を誇りに思うぞ、マリー…。」
父の言葉に、母も兄もうなずいていた。
このドレスを着て、こんなに父が褒めてくれて、まるで夢のようだ、とマリーは思った。
というのは、マリーの着ているシュミーズドレスは、隣国の最新の流行ではあるが、マリーの過去世で、高位だった聖女たちが正装として着ていたドレスに似ていたからであった。
もっとも、聖女が着ていたのは、白一色のものであり、このドレスは、胸元のレース部分や、スカート部分の一番上のふんわりとした布地がピンク色だったり、裾の部分が豪華なレース地になっていたりという違いがあり、より可愛らしく洗練された印象にはなっていた。
〝なんだか、過去世での夢が叶った気がするわ…。〟
マリーはじんわりと胸が熱く、沸き立つような思いがした。
かつての自分は、序列最下位の聖女だったため、式典でも、華やかな聖女としての正装はすることがなかったのだった。
父や母と積もる話をしていると、美しく装ったミリエルとクレアも現われた。
父と母に二人を紹介すると、特に母は「仲のよいお友達ができたのね。」と喜んでくれた。
そうしているうちに、高らかにファンファーレが鳴った。
「王太子殿下、ご入場でございます!」
その声に、参加の紳士淑女たちが一斉に大広間の奥の方に向き直りお辞儀をした。
大広間の奥にある王族専用の扉から、王太子アルベールが登場してきた。
3日間にわたる建国祭の王宮舞踏会のうち、王太子が成人してからのこの数年は、1日目と2日目までは王太子が参加し、最終日の3日目のみ王と王妃と王太子が参加することが通例となっていた。
そして、そのままフロアより高くなっている場所に設置してある、王と王妃のための椅子よりも、わずかに小さく、少し離して置いてある椅子に座った。
アルベールは、パールホワイト色の騎士の儀礼服を身にまとっていた。
本日の舞踏会参加者で、臣下として最高位の公爵が皆を代表し壇上の王太子へ挨拶を申し述べる。
「建国祭、誠におめでとうございます。国と王家の弥栄をご祈念申し上げます。」
「ありがとう、皆も楽しんでくれ。」
王太子が威厳のこもった声で言うと、楽団が円舞曲を奏で始めた。
公爵夫妻が中央に進み出て、優雅に踊り始める。
その姿を、素敵だわ~とうっとり眺めるマリーだったが、実はダンスはあまり得意ではなかった。
学園にもダンスの授業はあったのだが、在学中の成績はおおよそ中の下といったところだった。
けれども音楽に合わせて体を動かすこと自体は好きだったので、後で、こそっと兄に踊ってもらおうと思っていた。
しかし、マリーのそのささやかな計画は、すぐに破れることになった…。