王太子の爆弾発言
その夢の中では、マリーはベテランの男性の薬師だった。
その薬師は腕利きで、その地域でも評判の薬師のようだった。
しかし、同業者が、その薬師を妬んで、自宅兼薬房に火をつけ、建物は全焼、薬師は全身に大やけどをおってしまった。
薬師が死ぬ間際、ベッドの傍らで立ちすくんだまま、ボロボロと涙を流す、弟子の青年に言った。
〝仇討ちなど決して考えてはならぬ、自分の分まで生きて民に貢献してくれ。〟と。
夢の中でマリーはわかっていた。
この薬師も自分の過去世の姿であり、この青年は、聖女だった過去世のときに、同じ養い子で幼馴染だったロディだと…。
その青年の瞳の色は、灰色だったが、その落ち着いたやさしい瞳の輝きは、ロディのものだった。
夢から覚めた後、マリーは願った。
〝ロディの魂がどこかで幸せでいてくれますように…〟
アンヌの王女の体力増強や薬の検討、薬草の栽培と、マリーがいそがしかったため、神官長への研究協力の面談は当初の10日に一度とはいかなかった。
それでも、マリーはコツコツと託された小型の水晶玉に〝言霊による癒しの力〟を吹き込んでいた。
マリーはおおよそ30日ほどで1つの水晶玉を飽和状態にすることができていた。
マリーは、デイドレスに内ポケットを作り、日中は肌身離さないように持ち歩いていた。
当初は水晶玉一個に、癒しの力が飽和したら、神官長に渡し、それと交換にまだ力が注がれていない透明な水晶玉を1個新たに預かっていた。
しかし、薬草クマルの副作用のチェックのため、下女たちに試験的に服用してもらうことになったとき、マリーと神官長は相談し、何か副作用が出たときに、速やかに対処できるように、飽和状態の小型の水晶玉2つをマリーの管理にして持っていてよい、ということになった。
水晶玉がマリーのドレスのポケットの中にあると、ポケットの布やドロワーズの布を通して、マリーの体に触れ、自分に対して力が放出されていかないかと、マリーはちらっと疑問に思った。
しかしそれについては、水晶玉の癒しの力は、それを溜めた人には作用しないことがわかっているので、心配がない…とのことだった。
幸い小型の水晶玉は、マリーの手の大きさでも握り込めるサイズだったので、いざというときに、周囲に見えないよう、癒しを施す相手に水晶玉を触れさせることはできそうだ、とマリーは考えていた。
アンヌ王女は、今までの勉強の遅れを取り戻すべく、熱心に勉強に励んでいた。
しかし、幼いころから、病がちで引きこもっていたため、王女として人前に出ていったり、公務に参加することへのハードルはまだまだ高いようだった。
もちろん、王や王妃、兄の王太子は、それでも構わないと思い、アンヌ王女には今まで通り何も言うことはなかった。しかし、アンヌは、日々国民のために、公務に励んでいる王妃や王太子の様子を耳にしているので、王女として何かできるようになりたい…と思っていた。
そのような中、国をあげての一年で最大の行事となる、建国祭が迫っていた。王城では3日間にわたり華やかな舞踏会が開催され、王都では花火があがることになっていた。
マリーの国では、満18歳になるか、学園を卒業後に、成人とみなされ、舞踏会への参加も許可されていた。
成人を迎えたので、今年初めてマリーは貴族令嬢として、建国祭の舞踏会に参加することになっていた。建国祭まであと40日をきったある日、王女の元へ訪れたアルベール王太子は、部屋に控えていたマリーに爆弾発言を落とした。
「マリー嬢の舞踏会用のドレスは、私がプレゼントしよう。」