たくさんの資料を用意しました
その日はマリーにとって大切な日だった。
アンヌ王女に対して新しい薬草の処方を提案する日だったからだ。
いくら薬草に詳しいとはいえ、王宮勤務1年目の若い侍女が、一国の王女が服用する薬を変更したい、などという提案をおいそれとできるわけがなかった。
王女の担当医師や、侍医頭を筆頭とした王宮医師団の反発も、当然予想された。
その困難さを理解していたからこそ、マリーは様々な準備を進めてきたのだった。
マリーは、この提案について、まずはアルベール王太子に相談していたが、結局は王妃の意向もあり、王妃、王太子を交えての検討の場を設けることなった。
王妃の謁見などの公務が行われる広い部屋に、王妃、王太子、王女、王宮の侍医頭、王女の担当医らが集まっていた。
これらの面々を前に、マリーが提案を始めた。
「私が、アンヌ王女殿下の処方について、新しくご提案したいのは、クマルの葉です。
薬草クマルは、100年以上前までは、クムアルという名前がついておりました。
これについては、150年前の薬草学の文献に、薬草クムアルの詳細な記載と図が記されてあったため、クマルと同一のものであると今回判明しました。なお、このことは当代一の薬草学の権威である、研究神官のショルツ氏に確認していただきました。
さて、現代では栽培の難しさから、ほとんど使用されず、効能がわからなくなってしまっていたクマルですが、クムアルと同じものならば…と考え、私は薬草クムアルについての古い文献を探しました。
すると、約200年前の文献に、クムアルにより慢性的な、咳と喘鳴を伴う呼吸器の疾患の症状が改善した、との記載がありました。この文献に記載されている呼吸器の疾患の症状については、アンヌ王女殿下のものと一致していると、王立病院病院長に確認していただきました。
以上により、アンヌ王女殿下に対しての薬草クマルの処方は有効である、と考えます。
細かい資料については、こちらの資料1にまとめましたのでご高覧ください。」
「待ちたまえ。いくら文献をさらったところで、王女殿下に服用していただく薬だ。
机上の空論だけで薬草を処方するのは、甚だ軽率であり、危険ではないのか?」
案の定、侍医頭がマリーに反論をしてきた。
王女の担当医師も、マリーを小馬鹿にするような目つきで見てきた。
「実は、王立病院にご協力を仰ぎ、王女殿下と同じ症状を呈する療養者50人に対し、クマルを処方していただきました。その結果、約8割の療養者に症状の改善が認められました。」
と、マリーがさらりと言った。
「その詳細については資料2にまとめました。」
「なっ、クマルは我が国では極めて珍しい薬草だぞ、50人分など用意できるわけがない。偽りを語るなっ。」
と、侍医頭は真向から否定した。
「いいえ、私はこの程、クマルの栽培に成功いたしました。栽培方法の詳細については、資料3をご高覧ください。」
マリーがまたさらりと答えた。
「し、しかし、副作用についてはどうだ?王女殿下はまだ成人していらっしゃらない。14歳という年齢では、成人よりも副作用が強く出る可能性があるだろう?」
侍医頭の声に、次第に苛立ちの色が加わってきた。
「はい、それについては、12歳から15歳までの下女35人に協力してもらい、」
保護者と本人の同意のもと、30日間服用してもらいました。現時点では明らかな副作用は認められていません。その調査結果については資料4にまとめました。」
マリーの答えに侍医頭はついに声を荒げだした。
「もういい!王妃陛下、王太子殿下、このような小娘の言うことをお信じになるのですか?!」
〝あれ?いきなり印象論になっちゃうんですか?〟と、マリーはあっけにとられた。
「私は、侍医頭として、両陛下と王族の皆様方の健康を長年にわたり、お守りしてまいりました。その私をないがしろにするなど、権威ある王宮医師団の秩序が保たれません!」
〝いやいや、権威とか秩序とか、王女様の症状には関係ないんですけど…?〟
マリーの心の声が口から溢れ出そうになった、そのとき、アンヌ王女が口を開いた。




