なぜかの塩対応です
「少し遅れましたが、私もあの現場に駆けつけたのですよ。あなたの活躍の様子はこの目でしっかりと見ました。
それで、怪我人への声掛けはよいとして、あなたはなぜ、あのように冷静に、そして正確に、怪我人の重症度を判別することができたのですか? それから、どうやってあのリボンの目印を思いついたのですか?」
院長がマリーに尋ねた。淡々とした冷静な口調だった。
〝あなた、何かとんでもないことをしたのね?〟と、ミリエルが目を剥いてマリーの方を見た。
「それは……。」
さすがに医師という専門家に、うかつなことを言えず、口ごもったマリーだった。
「……、まあいいでしょう。王太子殿下の方からも、マリー・ブランシェ嬢はお父上の意向により、学園入学の前に隣国の病院でずっとボランティアをしていて、その後は伯爵家付きの医師から指導を受けていた、と聞いていますのでね…。」
院長は、また淡々と言った。
〝ナイスです…!王太子さまっ!〟マリーは心の中で王太子にガッツポーズを贈った。
「とは言え、私は納得してはいないのだがね…。」とつぶやきつつも院長は続けた。
「しかし、あなたが医療者としての高い能力を持ち合わせているのは確かなことです。
それで、お父上には、君を医師にしたいという意向がおありなのですね?」
「父が?!いえ、とんでもありません!」
マリーは、素っ頓狂な声をあげた。
「?そうなのですか? ブランシェ伯爵はご奇特な方なのですね。
しかし、あなたさえよろしければ、いつでも研修医として当院へいらっしゃってください。」
病院長は組織の長らしく、きらりと目を光らせた。
〝わっ!就職勧誘の第1号をいただいてしまいました!
でも、今の私の第一志望は高級官僚で、第二志望は高級女官なんですよね~!?〟
内心は、うれしいと思いつつも困惑してしまったマリーであった。
「では、これから図書室の方へ案内させましょう。図書室では、司書の補助係のカリナという娘がご対応します。
……恐縮ですが、もしよろしかったら、カリナと友達になってくれれば、ありがたく存じます。」
病院長は、急に柔和な口調になり、マリーとミリエルに言った。
「カリナは、私の親友の、ダレス男爵の忘れ形見なのです。彼が2年前に急逝して以来、ここで働いてもらっています。」
院長は、よい医師にありがちな、冷静だけど情に厚いタイプなんだなぁ、とマリーは思った。
図書室に到着し、案内役の事務職の男性は、カウンターにいた女性に声をかけた。
背の高いやせ型の女性で、地味な色合いの、お仕着せかと思うような服を着ていた。
「カリナさん、お伝えしていた、閲覧にいらっしゃった方々です。あとはよろしくお願いします。」男性はそう言いその場を離れた。
「カリナさんですか?よろしくお願いします。」
マリーがにこやかにカリナに声をかけた。
しかし…、カリナの返事はなかった。
「? あのカリナさん?」とマリーが言い、
「あなた、どうなさったの?聞こえないの?」とミリエルが言った。
「聞こえていますわ。〝癒しのみ使い〟のマリー・ブランシェ様、大臣閣下のご令嬢のミリエル・レーヴェ様…。」
〝なんだろう?この塩対応は…?〟とマリーは思った。
〝この人、やる気なの?〟と、ミリエルは警戒レベルを引き上げた。
「あの、薬草学と呼吸器についての古い書籍の閲覧をしたいのですが、ご案内いただけますか?」マリーがゆっくり穏やかに声をかけた。
「ええ、古いものは、奥の鍵のかかった部屋に置いてありますわ。
あらっ!?大変!鍵が見当たらないわ!」
とカリナが言った。明らかに噓だった。