王女様が更に可愛くなりました
アンヌ王女は、マリーが侍女となってからも、20日から30日に一度、同じような咳と喘鳴を伴う呼吸器の発作を起こしていた、
マリーはまずはアンヌに体力をつけてもらおうと、毎朝の庭の散歩と軽い体操をすることを提案した。
アンヌはすっかりマリーに心を開いていたので、マリーの提案はすぐに受け入れられることとなった。
マリーは、侍女仲間と護衛騎士たちと相談して、毎朝交替で侍女一人、護衛騎士一人が散歩に付き添う体制を組んだ。そして、簡単な体操については、アンヌに合ったものをカイルに考案してもらい、始めの何回かは直接しっかり指導してもらった。
この朝の散歩と体操は、アンヌの体力づくりに確実に役に立ったが、他のよい副産物もあった。
それは、アンヌが、マリー以外の侍女や護衛騎士たちに対しても、心を開き始めたことである。
単なる散歩と言っても、王宮の庭園は広い。庭師により手入れされた季節ごとの花が咲き揃っているのを共に見る人がいて、「きれいですね。」と言い合うだけでも、鳥の声に耳を澄ませ、その姿を探し木々や空を一緒に見るだけでも、アンヌの心には新しい風が吹いてくるようだった。
散歩のときのアンヌの様子の情報を共有するため、侍女仲間同士でもよく話をするようになり、ぐっと侍女同士の仲がよくなってきた。
以前は、お互いを〝さん〟をつけて呼び合っていたが、その〝さん〟付けがなくなった。
クレアは、侯爵令嬢のミリエルのことを〝ミリエル様〟と呼んでいたが、それが〝ミリエルさん〟となり、ようやく〝ミリエル〟と呼ぶようになったのだった。
また、朝の散歩と体操の後は、体の血の巡りがよくなるのを、自分で感じとったアンヌは、自ら進んで、就寝前の体操の考案をカイルに頼み、それを寝台に入る前に一通り行うので、アンヌは寝つきも良くなり、ぐっすりと眠れるようになった。
何より、アンヌが自ら何かを考えて動くことは、今までになかったことなので、その話を聞いて母親の王妃と兄のアルベールはとても喜んだ。
食欲も増していき、本人も好き嫌いなく食べるよう努力したため、100日程経つころには、以前は細い手足をした青白い人形のようだったアンヌは、バラ色の頬をして長い金髪の髪もツヤツヤと輝く健康的で愛らしい姿に変化していた。
しかし、アンヌの呼吸器の発作は、頻度とその強さは減ったものの、いまだに時折アンヌを苦しめていた。
その頃、ようやく、街の種苗屋から、マリーが注文しておいた薬草の種がマリーの元に届けられた。マリーはその中の、クマルの葉がアンヌの病状を改善させる可能性があるのではないかと考えていた。クマルを栽培するのは非常に難しいと言われていて、マリーが入手できた種の数も決して多くはなかった。
アンヌの病気は、マリーの過去世では数は少なかったがやはり存在し、なかなか治りにくい傾向があった。だがクマルに非常によく似た葉を、収穫後すぐにすり潰して作った薬を飲ませると、7割以上の人の症状が改善していた。また、クマルに似た葉は、治りにくい皮膚病や治りにくい原因不明の腸の病気などにも効果があった。
まずは、クマルを栽培することに挑戦しながら、マリーは王城内の図書館でクマルの葉やアンヌの症状について調べることにした。
アンヌ担当の王宮医師は、発作の度に、いつも「薬をしっかり飲むように。」と判で押したように言い、判で押したように同じ咳止めの薬を処方するだけだったので、マリーは全く頼りにはしていなかった。
政務部棟にある王城の図書館内に初めて足を踏み入れたとき、マリーは蔵書の多さに圧倒された。ドーム状の天井になっている広い中央のスペースには、天井近くまで本棚が積み上がっており、2階に当たる高さにはぐるりと巡らされた通路と、さらに上には梯子が掛けられていた。中央のスペース以外にも左右奥までずっと本棚が続いているようだった。
〝すごいわ…、学園の図書室とは比べ物にならない…〟
マリーは目当ての薬草学の本や、呼吸器の病についての本を探そうとしたが、あまりの本棚の多さに果たせずにいた。
本を探すのを手伝ってもらおうと、図書館司書の人の姿を探したが見当たらなかった。
〝う~ん、どうしよう…?〟マリーが本棚の森に迷い込んだ気になりながら通路をウロウロしていると、少し開けたことろに大きめの出窓があり、その隣に置いてあるソファに、侍女仲間のクレアが座っていた。