宮仕えの醍醐味ですよね?
神官長との面談から、王宮へと戻る帰り道で、カイルはマリーに話しかけてきた。
「マリー嬢、いくら神官長からの依頼とはいえ、身体に負担はかかりませんか?
マリー嬢には病がちな王女様付きの侍女という仕事もあることですし…。」
「まあ、カイル様、お気持ちはありがたいのですが、いささか心配し過ぎですわ。
私なら大丈夫です。」
マリーはにっこりと微笑んで答えた。
「それに、そろそろ、〝マリー〟とそのまま名をお呼びください。その方が話しやすいです。」
「……、では他に人がいないときは、そのように。
マ、マリーも、私のことは〝カイル〟と様づけはなしで名を呼んでください。」
カイルは少し恥ずかしそうに、でも真面目な顔で言った。
「いいえ、そこは〝カイル様〟のままで。」
マリーがあっさりと返した。
「マリーじょ、マリー!それは、不公平というものでは!?」
「うふふふ…、いいえ、不公平ではありませんわ。カイル様は、王太子殿下のご側近でもある御立派な騎士様ですもの。」
マリーは楽しそうに笑いながら言った。
「そんな……。」
カイルはしょんぼりしながら呟いた。
「カイル様、私はこれから、王女様のお身体を丈夫にするために、いろいろやってみようと思っているんです。王女様を散歩に連れ出したり、王女様に合う薬草を検討したりしたいのです。協力してもらえますか?」
「もちろんだ!」カイルは途端にうれしそうな表情になり答えた。
マリーの前でだけは、表情豊かになってしまうカイルは、実は王太子と同い年でマリーより5歳年上、今までは、真面目でお堅い、面白みがない男と周囲に言われ続けていた男であった。
「ありがとうございます。楽しみです。」
マリーはカイルのうれしそうな顔を見て、自分もなんだかとてもうれしくなって、にっこりと笑った。
アンヌ王女の体力向上についてマリーがいろいろと考えていた頃のある日、王女の部屋の元へ、アルベールとアンヌの母である王妃が現れた。
王妃は、前回のアンヌの体調不良のときには公務で不在であり、アンヌが回復してからは、通常通りアンヌの方から王妃の元を訪れていたため、マリーが王妃と近くで直接会うのは初めてのことであった。
王妃は王女とにこやかに歓談した後、傍に控えていた、マリーに話しかけた。
「貴女がマリー・ブランシェ嬢ですか?」
王妃は銀色の髪と青灰色の瞳をもち、ルーカスに似た顔立ちをした、凛とした雰囲気と華やかさを併せ持った美しい女性だった。
「はい、王妃陛下にはご機嫌麗しく…。ご尊顔を拝しこの上ない喜びでございます。」
マリーは恭しくお辞儀をした。
いつの間にか、王妃の来訪を聞きつけてきたのか、侍女長がそっと部屋の中に入ってきていた。
「あら、そのような堅苦しいあいさつはいりませんよ。
貴女のことは、王太子とアンヌから聞いています。私の留守中にアンヌの看病にも心を砕いてくれたそうね…。」
「恐れ多いことでございます…。」
「いいえ、アンヌの笑顔が増えてきたのも、貴女のおかげだと王太子から聞いているのよ。これからもアンヌと仲良くしてあげてね。」
「これは、私から貴女と王女付きの皆さんへの贈り物よ。」
王妃がそう言うと、同行していた王妃付きのベテラン侍女が、リボンがかかった凝った意匠の包装紙の箱をマリーの前に差しだした。
〝この包み紙は?!朝から並んでも入手困難と言われている、王都で一番人気の超高級ショコラティエ・ラメールのショコラでは!!?30個セットくらいの箱の大きさかしら?!〟
マリーは得意の観察眼で箱を瞬時に分析した。
「ありがとうございます!!」
マリーは興奮して、淑女の猫を脱ぎかけながら言った。
その日の夕方、マリーと侍女仲間、下女たちの皆で、きらきら輝く宝石のようなショコラに舌鼓をうった。
〝きた~!これが王宮勤めの醍醐味よね~?!〟とその後の数日の間、マリーのうきうき気分は最高潮だったいう…。
ちなみに侍女長が、王妃とマリーのやり取りを見て、マリーの配置転換をついに諦めたことは誰も知らなかった…。