水晶玉の秘密
アンヌ王女の体調不良と、ミリエルによる混入事件のため、延び延びになっていた神官長への研究協力がいよいよ始まることになった。
そのために用意される部屋は、王城の奥側にある王宮と、大門側にある政務部の、中間に位置する場所に用意されるとのことだった。
多くの人が出入りする政務部にほど近いこと、神職であっても男性である神官長と二人きりになるのは外聞が悪いだろうとのことで、マリーの研究協力にはカイルが付き添うことになった。もっともマリーの力についての情報を守るためにも、付き添いはカイル以外には選択肢がほとんどなかった。
「政務がなければ、私がいっしょに行くのに!」
と、アルベール王太子がカイルや他の側近たちに何度も言っていたという話は、マリーには聞かされなかった…。
「マリー・ブランシェ嬢、お久しぶりです。王宮での生活には慣れましたか?」
白銀の髪と紫の瞳の、どこか人間離れをした中性的な美しさをもつ神官長は、白いローブを着た姿で部屋の中に入ってきた。手には何やら重厚な箱を携えていた。
「神官長、ありがとうございます。だいぶ慣れました。」
マリーは王宮侍女らしく優雅にお辞儀をした。
そして半開きにした扉の近くに立ったカイルは、神官長に黙礼をした。
「座ってくれ、早速話をはじめよう。」
神官長が自分の前のソファに座るようマリーに促した。
「まず、ドラゴン襲撃の際に、君が声をかけた怪我人たちだが、やはり総じて経過が通常よりよかったと聞いている。」
「そうですか、皆さんが回復に向かわれているのなら、よかったです。」
マリーはホッとした表情を見せた。
「実は、君の〝言霊の力〟を細かく検証することよりも、早めに取りかかりたい研究がある。」
神官長は、そう言って、マリーが片手でやっと持てるくらいの、大きな水晶玉2つを重厚な箱から出し、テーブルに置いた。
一つの水晶玉は、ランプの光と同じくらい周囲を照らすほど白く輝いていて、もう一つの水晶玉は、ぼんやりとした白い霧状のものが中に見えていた。
「なんて、きれい…。」
マリーは白く明るく輝く水晶玉見て、思わずつぶやいた。
神官長は説明を始めた。
「これらは神殿の宝物殿に眠っていた水晶玉で、発見されたときは普通の透明なものだった。
同じ大きさのものが10個あり、その他にこれよりずっと小ぶりの、子どもが握りこめるくらいの大きさのものも20個あった。
当初はただの宝物だろうと考えられていた。それらに関する文書も未だに見つかってはいない。しかし、15年前に先代の神官長がそのうちの1個を祭壇に飾っていたところ、数年経つうちに、飾っていた水晶玉が白く濁ってきたことに気がついた。
神官長は水晶玉の中から、聖なる力を感じ、もしやと思い、そのとき、おそらく風邪で熱を出していた神官に水晶玉を触れさせると、あっという間に治ってしまったらしい。
それと同時に晶玉の中の白い霧は消え、聖なる力も感じられなくなった。
同じようにその後2年間祭壇に置いた水晶玉を骨折した人に触れさせると、腕の骨折はほぼ完治した。
ということで、水晶玉に癒しの聖なる力を蓄積できると思われる現象は、王家に報告され、以来、神殿の限られたものと、直系王族のみの秘密としながら、研究が続けられてきた…。」
「そのような秘密を私などにお話ししてもよろしかったのですか?」
マリーは、過去世の聖女だった時代にも、そのような聖なる力を溜めることができる水晶玉のことなどは聞いたことがなかった気がした。
「よい。君に話すことは、王も王太子も承知している。
ただし、もちろん他言は一切無用だ。」
「君もいいね。」神官長はカイルに向かって言った。
カイルは緊張した面持ちで頷いた。