素朴な味のアップルパイ
アルベール王太子が皆に言った。
「今言ったように、今日は皆で気楽に楽しもうか?」
アルベールに促され、アンヌ王女、マリーとミリエルが席についた。
クレアがすすんで、お茶をいれてくれた。
彼女がお茶を入れるときはお茶の銘柄により、茶葉の分量や、自前の砂時計を使い、蒸らす時間などを正確に計測していた。このため王女付きの侍女の中では一番美味しいお茶をいれると評判であった。
「あの、お恥ずかしいのですが、今日のために私、アップルパイを焼きました。」
召し上がっていただければ、うれしいのですが…。」
マリーがきつね色に焼けたアップルパイを取り出した。
美味しそうではあるが、ところどころ形が歪んでおり、明らかに王宮の料理人が作ったものとは違っていた。
「マリー嬢が作ったのか?それはぜひいただこう。」
アルベールがにこやかに言った。
「私もぜひいただきたいわ…。」
アンヌも続けて言った。
「王宮料理人が作ったものではないですから、毒見が必要ですよね…。
もちろん変なものは入っていませんが…。」
マリーは、毒見役については予め考えていなかった。自分が食べて見せるよりは第三者に食べてもらった方がもちろんよいのだが…。
「それでは、カイルに毒見役をやってもらおうか?
カイルお前も座れ。」
アルベールは東屋の入り口近くに立って控えていたカイルに声をかけた。
カイルがテーブルの端に座ると、マリーがアップルパイを取り分けてカイルの目の前に置いてくれた。
「これは…?」カイルが驚いて目を見開いた。
カイルが過去世の記憶で見た、母替わりになってくれた聖養母がときどき作ってくれたアップルパイの形によく似ていたような気がしたからだった。
「いただきます…。」
アップルパイを口にしてみると、残念ながら味については比べられなかった。
なぜなら、過去世の記憶では、細かい味までは覚えていなかったからだった。
聖養母と、同じく養い子であった同い年の少女と一緒に食べた、暖かく満たされた思いは覚えていたのだが…。
「…? カイル?」
アルベールがカイルに声をかけると、カイルが弾かれたように我に返った。
「パイは問題ありません。」
「ちなみに、味はいかがですか?」
マリーが心配そうに尋ねた。
「おいしいと思います。私は好きですよ。」
「え!?」
カイルがいつものようにやさしく、マリーの顔を見て言ったので、
マリーの胸はドキリと跳ねた。
「ああ、申し訳ありません。変な言い方でした。
好みの味です、と言いたかっただけです。」
カイルの顔が少し赤くなり、慌てた様子で続けた。
アンヌ王女は、そんなカイルの顔を見たのは、初めてだったので、新鮮な思いがした。
〝カイル様もこんなお顔をすることがあるのね…〟
いつも誠実で凛々しい騎士の態度を崩さないカイルの意外な一面を見たような気がして、アンヌはうれしくなった。
お茶会は和やかな雰囲気のまま終わった。マリーが焼いたアップルパイも、素朴な味ながら皆に好評だった。
アルベールは、さすがの社交性を発揮して、それぞれの話を引き出しながら、その場にふさわしい楽しい話題を提供してくれた。また、ミリエルが起こした事件についても終始何も言わなかった。
〝アルベール様は、さすがの王子様ぶりだったわ~。〝仲直りのお茶会〟が成功したのはアルベール様のおかげね。〟
アンヌや皆の笑顔をたくさん見ることができたマリーは大満足だった。