カイルの差配
「いいえ!私は何もしていません。」
少女の顔色はますます青くなり、細かく震えだした。
「本当に?王女殿下の部屋で起きた重大な出来事だ。
今後とても厳しく調査が行われるだろう。
思い出したことは早めに言った方がいいだろうね。」
カイルの声色はだんだんと厳しい雰囲気を帯びてきた。
少女の目線が彷徨い、一瞬だけミリエルの方をすがるように見たことをカイルは見逃さなかった。
そして、少女は右手をもぞもぞと動かし、スカートのポケットがあるあたりに置いた。
「おや、君はポケットを気にしているね。そこに何か入れているなら、出しなさい。」
強い口調言うカイルと、ただならぬ様子のお仕着せの少女を見て、マリーは状況を察した。
「『ドリー、大丈夫よ。』カイル様の言う通りにして…。」
と少女にやさしく声をかけた。
〝なぜ、この人はこの下女の名前を知っているの?〟とミリエルは思った。
ミリエルにとっては下女の名前など、どうでもよいもので、いつも誰にでも「お前」と呼んできたからだった。
「お許しください!」
急に下女のドリーは床にひれ伏し、茶色の粒が入った小瓶をポケットから取り出した。
そして、泣きながら、ミリエルに命令され、粒をポットの中に混入させたこと、粒が何かは知らなかったこと、誰が飲んでも一切害はなく、ほんの小さないたずらだと聞かされていたこと、などを話した。
「知らないわ!?変なことを言わないでちょうだい!だいたい証拠なんてないでしょう?お父様に言って、詳しく調べてもらいますわ!」
周囲の人たちからの強い視線を感じ、ミリエルのトーンがだんだん弱くなっていった。
マリーも厳しい顔をして、口を開いた。
「ミリエルさん、先ほどニガニガの実は単独では副作用がないと言いましたね。
けれど、薬というのは相互作用というものがあり、副反応の出方も個人差があります。
もしも王女様のお口に入っていたら、常用薬との飲み合わせで副反応が出ていたのかもしれないのですよ!?
お仕えする方に害があるかもしれないようなことをするなど、決してあってはなりませんよ!」
「だって、害のないものだって聞いていたもの!あなたが嫌な思いをすればいいって、ちょっとだけ思ってやっただけだもの! だって、王女様はいつもお茶が少し冷めてから口をつけられるし、私がすぐ飲めば大丈夫だと思ったし…。だって…。」
ミリエルはボロボロと涙をこぼし始めた。
「だっても、あさってもないのですけれどね…。」
マリーはため息をつき、ミリエルの顔を困ったように見た。
「ドリーさん、立てますか?」
カイルは、床に膝をついたまま座りこみ、赤くなった目で様子をながめていた下女のドリーの手をひき、やさしく立たせてあげた。
「王女殿下、今回の件、実害はなかったようですし、ミリエル嬢に厳重注意だけとなるように王太子殿下にも進言したいと存じます。よろしいでしょうか?」
カイルがアンヌ王女へ丁寧にお辞儀をしながら許可を求めた。
「王女さま~~、申し訳ございません~~」
ミリエルがその場に座り込んでしまい、泣きながら謝罪の言葉を述べた。
「カイル様の言う通りに…」
アンヌが小さな声で言った。
「ありがとうございます~~」
ミリエルのお化粧は涙でだいぶ剥げてきていた。
〝なんだかこの方、憎めないかも?〟
マリーはクスリと笑い、カイルがしたように、ミリエルをゆっくり立たせてあげた。
『よかったですね。大丈夫ですよ。』
いつものように、ミリエルにも声をかけるマリーを、カイルがまぶしいような目をして見つめていた…。