いざ直談判
学園卒業を間近にひかえ、伯爵家の庭の一角にある薬草園で鍬を握りしめながらマリーは父への直談判へと決意を固めていた。
白い小さな花をつけた薬草が風になびいた。一つ一つの花が光を弾いて、ゆれている。
〝ふふ、私のことを応援してくれるのね…〟
薬草を育てるのは過去世の聖女だったころからマリーの好きな仕事だった。今世でもマリーは薬草たちに話しかけながら愛情をかけて育てていた。マリーが育てる薬草はいつも生育が早かった。
父は「伯爵家の令嬢がやることではない」といい顔はしなかったが、おっとりとした母は「マリーちゃんが楽しいならいいんじゃない?ただし日に焼けるといけないから帽子はしっかりかぶって、なるべく朝に作業をすること。」と条件付きで許してくれた。
薬草園での作業を終え、作業用のワンピースから日常用のドレスに着替え身ぎれいにしたマリーは父の書斎を訪れた。書斎には領主の仕事を勉強中の兄・ルーカスもいた。
「お仕事でおいそがしいところごめんなさい。お父様、私は卒業後政務官見習いとしてお城の政務部に入所したいのです。推薦状を書いてくれませんか?」
父親のブランシェ伯爵にとって、寝耳に水な、娘の要望だった。
「マリー、お前はいったい何を言っているんだ?」
デスクの前に座っていた父が驚いて立ち上がった。傍らに立っていた兄の目も見開かれた。
「私はずっと前から考えていたのです。お見合いして、お嫁に行って、よき妻になって、よき母になる…、それはすばらしいことだとは思います。でも私はもっと自分の可能性を試してみたいの。どこかの領主の奥方としてではなく、もっと人に役に立つような仕事がしてみたいのです。」
「いいか、マリー、政務部というところはとても大変なところなんだぞ。仕事自体きついし役職の上下関係も厳しい。そんな苦労するところに、かわいい娘のお前を出せるわけがないだろう!?」
父の声色はどんどん剣呑になっていった。
「きつい仕事なんて、何でもないわ。体力だって自信があるし、根性だって、まあまあ自信があるもの。」
やや鼻息荒く、意気込んでみたものの、過去生での修行や裏方の仕事の記憶があるから自信がある、とは家族にも言えないマリーだった。
険悪になったその場の雰囲気の中、落ちついた兄ルーカスが割って入ってきた。
「お父さん、マリーの希望を全面的に却下するのもどうかと…。ここは折衷案を考えてみるのはどうでしょう?例えば…マリー、いきなり政務部へ送り出すというのは兄としても心配だから、まず侍女としてお城に努めてみるのはどうだろう?侍女として一年頑張ることができて、侍女長に働きを認められるようなら、政務官見習い就任のための推薦状をわが伯爵家としても出せるのではないでしょうか?どうです、お父さん?」
「えぇ~⁉お城の侍女ですか~?女官ではなくて?」
城の侍女の仕事は、王族の軽い身の回りの世話や話し相手をすることであり、女官の仕事は、主に女性王族の政務の補佐をすること。
侍女は女性の貴族が担当することが多く、女官は身分を問わず優秀で政務部との橋渡しも十分に行えるほどの知識と能力を持つものがなっている、とマリーも聞いていた。