王女様の病気とある日のお茶の時間
「ミリエル様、私、今日は少々疲れているので、これで失礼しますわ。」
クレアは、憤りでこぶしを強く握っているミリエルにそう言い、その場を後にした。
本当はクレアは早く自室に戻り、大好きな本を読み、勉強をしたいだけだった。
ミリエルのいつ終わるともわからない愚痴、いつもだったら自慢話に、付き合う時間が惜しかった。
「クレアさんったら、私の話を聞かないなんて、失礼だわ…。でもいいわ!
私がなるべく早く、あの突然飛んできた羽虫ちゃんを排除して差し上げるから!」
と、独り力強くつぶやいたミリエルだった。
もちろんマリーは、自分が羽虫扱いされていることなど、知る由もなかった。
マリーがアンヌ王女付きの侍女となって数日後、急に冷え込んで雨が降った朝、アンヌが突然体調を崩した。
アンヌは咳き込み、呼吸とともに胸からゼーゼーと音がしていた。
直ちに王宮医師が呼ばれたが、いつも処方している内服薬をしっかり服用することを指示し、いつものように10日もすれば回復するだろうと話をしていくだけだった。
マリーはアンヌが少しでも楽になるよう、積極的にお世話をした。
寝台には、アンヌの寝た姿勢で、少し上体を起こせるように、大きなクッションをいくつも置いてアンヌの態勢を調整した。
ベッドサイドには常に水差しを置き、アンヌに頻回に少量ずつ水を飲ませた。
特に周囲を驚かせたのは、痰が出やすくなるからと、マリーが一日5回から6回毎日アンヌの背中をまんべんなく外側から背骨に向かって、トントンとやや強めに叩いたことだった。
マリーがアンヌをお世話する様子を見て、クレアは驚いた。
〝一つ一つが理にかなっている気がするわ…マリーさんは、このような方法をどこで学ばれたのかしら?病院へのボランティアへ余程通われたのかしら?〟
アンヌも、マリーの世話により、いつもの発作より早く体が楽になるのを感じた。
特に最もつらい最初の2日間は、マリーが用意してくれたクッションで上体を少し上げた体勢で休んでいると呼吸が楽にできることに気がついていた。
何より、マリーの「大丈夫ですよ。」「だんだん良くなりますよ。」という言葉を聞くと、アンヌは今までにない安心感を覚えたのだった。
アンヌがすっかり回復し、個人授業も再開された午後のお茶の時間のことだった。
その日アンヌへ出すお茶を入れる係はマリーだった。
お茶の葉をポットへ入れ、ポットへお湯を注ぐ直前、今日のお茶の話し相手役だったミリエルがマリーに声をかけてきた。
「マリーさん、ちょっとよろしいかしら?」
「はい?」
ミリエルがマリーを部屋の隅へ誘導し、小声で囁いた。
「侍女長様が、お茶の時間が終わったら、手の空いている侍女は侍女長室へ来るようにとおっしゃっていたの。急いでいるご様子だっから、王女様が授業に戻られたらすぐにまいりましょう。」
ミリエルの言葉にマリーは何かあったのかと思ったが、お茶の時間の後でよいなら、それほど緊急なことでもないかと思いなおした。
「わかりました。」
マリーは返事をして、再びポットの前に戻ると、給仕係の下女がカップを並べてくれていた。
「ありがとう。」と言ってマリーはお茶を入れる作業の続きをした。
王女の部屋では、アンヌ王女はまだ子どものため、王女が「いただきましょう。」と言わなくてもお茶の時間が自然に開始されていた。
話し相手役のミリエルがカップを手に取りお茶を一口飲んだ途端、勢いよく立ち上がった。
「なんですの!?このお茶は!?」
ミリエルが叫んだ。