改めて1年間がんばります!
「ははははは、何をキョロキョロしている?マリー嬢、
隠密などいないぞ。あれは子どもの寝物語だ。」
〝今はね…〟王太子はこっそりと口の中だけでつぶやいた。
「この話は、君の兄のルーカスから聞いたのだよ。
知らなかったのか?私とルーカスは学園では同学年だったから、それなりに会話を交わしていたんだ。
卒業後は交流がなかったが、君が巻き起こした今回の騒動のお陰で、ここ最近は頻繁に文のやり取りをするようになったという訳だ。」
〝お兄さまは私のために一家にかかった疑いを晴らそうとして、王太子様に報告したのね…。でも、なんだか恥ずかしいわ…。〟
「しかし、〝侍女長に認められる〟というのは無理ではないのか?
昨日君は既に何やらやらかして、侍女長の覚えめでたからず、と聞いているぞ?」
と、更にアルベールは得ている新しい情報を披露した。
「やっぱり隠密が…!?」
マリーはまた天井やベランダの方などをさぐるように見た。
マリーの真剣な様子がおかしく、
「プッ」とアンヌ王女が、思わず噴き出した。
「いや、マリー嬢、隠密がいなくても、王宮内の様子はすぐに私の耳に入ってくるから。」
「それはそれで、キモい…いえ、何でもありません…。」
マリーが遠い目をして言った。
「コホン、それで、どうだろう?
ドラゴン襲撃の際の君の働きへの褒美として、もし1年間アンヌにしっかり仕えてくれたと私が認めたら、伯爵の変わりに私が政務官見習いへの推薦状を書いてあげよう。
王太子自らの推薦状となれば、就任試験は受けなくても即採用となるだろうなあ?」
「ぜひ、お願いします!」
アルベールの提案を聞いて、試験が嫌いなマリーの顔がぱあっと明るく輝いた。
くるくると変わるマリーの表情と率直な物言いに、アンヌ王女は内心驚いていた。
アルベールの話は続いた。
「ただし、君が人のために力を尽くすことを知っているので、その点は信頼しているのだが、君は猪突猛進ぎみなところもあるから心配もある。
そこで、この私の側近兼、護衛騎士のカイルを、しばらくの間、アンヌの護衛騎士と兼務としたい。アンヌはまだ個人授業の時間も多く、その間の護衛は必要ないから兼務も可能だろう。」
「まあ、カイル様が、私の護衛に…。」
アンヌが小さくつぶやき、頬をほんのり紅く染めた。
「私が王女様を危険な目に合わせないか監視する、お目付け役という訳でございますね。」
マリーは軽くアルベールをにらみながら言った。
「王女殿下、私などが護衛騎士としてお仕えしてもよろしいでしょうか?」
カイルの言葉にアンヌはコクンと小さくうなずいた。
アンヌとカイルは以前からお互いを見知っている様子だった。
〝アンヌさま、今のコクンはとてもかわいいです…〟
マリーは早速お仕えする主人の推しポイントを見つけたようだった。+
「マリー嬢、改めてよろしくお願いいたします。
ああ、まだ名乗ってもおりませんでしたね。
私はカイル・ランベルト、ランベルト侯爵家の三男です。
王宮騎士団第2部隊に所属しております。」
カイルが握手を求める右手をマリーに差し出した。
マリーは、カイルのやさしく輝く茶色の瞳に、一瞬吸い込まれるような錯覚を覚え、ぼうっとしながら右手を差し出すと、カイルは包み込むように握手をしてきた。