突然のご訪問はご遠慮したいのです
マリーの侍女勤務の初日は、王女への個人講義を見守ったり、他の侍女たちの仕事を見学したりするだけで、平和に終わりそうだった。
しかし、午後のお茶の時間に、急に王太子が妹である王女の元を訪れた。
もともとアルベール王太子とアンヌ王女は兄妹仲がよく、アルベールが政務の合間を縫って、アンヌの元を訪ねるということは時々あることだった。
そして、その日はお付きの騎士で側近でもあるカイルを伴っていた。
〝来やがったのね…じゃない、来やがりましたのね…じゃない、
いらっしゃいましたのね、王太子殿下…〟
こんなにすぐにアルベールと再会すると思っていなかったマリーは動揺した。
〝この王子さまは本当に不意をつくのが上手な気がするわ…。〟
アルベールに「君の謎に挑戦する…」などと言われてしまったので、マリーとしては彼になるべく会いたくなかった。
〝いいことマリー、空気になるのよ…お部屋の空気に溶け込むのよ…。
あぁっ、この前、神官長に気配を消す技術を伝授してもらえばよかった~!〟
…数日前に初めて会った、権威ある神聖な神職の長に、そんなお願いは無理であろう。
マリーのそんな思いをよそに、アルベールは、妹のアンヌ王女への挨拶もそこそこに、部屋の壁近くの隅に控えていたマリーへ、そのキラキラした王子然とした微笑みを向けた。
「やあ、マリー嬢、無事に王女付きになったようだね。
こうして王宮で君に会えるようになって、とってもうれしいよ。」
アルベールの澄んだ碧玉の瞳と、すっとした鼻筋、つややかな弧を描く唇を見て、マリーの胸の鼓動は大きくなった。
〝うう~ん、このキラキラしいお顔に慣れるのは、まだ時間がかかりそう…〟とマリーは思った。
「ごめん、君たちは席を外してくれるかな?
マリー嬢と個人的な話がしたいんだ。」
アルベールが、マリー以外の侍女たち、ミリエルとクレアに声をかけた。
「え!?」っと、ミリエルは声を上げてしまったが、王太子の言葉には速やかに従うしかなかった。
ミリエルとクレアが部屋を退出してすぐにマリーが声を発した。
「王太子殿下、恐れながら、ただの単なる、一介の新人侍女の私から申し上げる、個人的な話など全くございませんが。」
先制攻撃とばかりに、マリーは王宮でも、身分が上の者から話しかける、という常識を破り、挑戦的な言葉で口火を切った。
アンヌ王女は、そんなマリーの様子を見て驚き、わずかに目を見開いた。
そんなアンヌに対して、アルベールは少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら続けた。
「君の方にはなくても、私の方にはたっぷりある。君の今後の希望もじっくり聞いておきたいしね。」
そして、アルベールはアンヌへ向き直り、やさしく言った。
「アンヌ、君の部屋でごめんね。このまま彼女と話を続けてもいいだろうか?」
「もちろんですわ、お兄さま…」
アンヌが小さな声で返事をした。
「さて、ただの単なる、一介の新人侍女の、マリー・ブランシェ伯爵令嬢、
君は政務官を目指しているのか?」
「え?」
「一年間無事に侍女として勤め上げ、侍女長に認められたら、父親のブランシェ伯爵が、政務官見習い就任のための推薦状を書いてくれるそうではないか?」
「なぜそれをご存じなのですか?」
〝まだ、家族の中でしか話をしていないのに?
隠密!?やっぱり王家の隠密が暗躍しているの!?〟
都市伝説のようにささやかれている、王家の隠密の話はマリーも聞いていた。
王家としては、その存在は一切認めたことはないので、あくまでも都市伝説のままとなっているが…。
〝もしや、ここにも隠密が潜んでいるのでは…??〟
マリーは眉をひそめて、探るように、暖炉の方や天井へキョロキョロと視線をもっていった。