侍女業務が始まりました
〝ふふふ…、〝かすみ草の聖女様〟か…
このお花たちの香りでまた過去世の夢を見たのもしれないわね…。
マリーは目が覚めて、寝台の横にあるローテーブルに目をやった。
昨日せっかくだからと、世話係の下女のキリルが飾ってくれたお花があった。香りが強くない花を何本かと、かすみ草が取り分けられ、短く切り揃えられて小さな花瓶に差してくれたのだった。
でも、そういえば、ロディは私のことは〝かすみ草の聖女〟とは呼ばなかったわね。
マリーは、自室の寝台の上で、同じ聖養母の養い子のロディのことを思い出した。
〝本当はもっと話して、もっと私のことを呼んで欲しかったのになぁ…、どんな名前でもいいから…〟
過去世で、ロディとは、彼が無事神殿付きの騎士に昇格した後、ときどき当番で治癒を求めにきた民たちの誘導係をしたり、魔物対応の隊で一緒になった。けれども、全くと言ってほど、そこに私的な会話はなかった。
若い二人は、それぞれの役目を果たすために必死だったのだ。
それでも、「聖女さま…」と、ロディが呼びかけてくれるときには、シルヴィのことを気遣ってくれる、あたたかな思いが、そこにはあったような気がしていたのだった…。
〝さあ、今日から、いよいよ、お仕事よ。頑張りましょ。〟
マリーは寝台の上で、大きく伸びをした。
昨日城内の案内や同僚への紹介は省略されてしまったものの、今日は侍女長は正式にマリーを王女へ紹介してくれた。
マリーが、豪華で華やかな家具やカーテンで彩られた王女の居室に初めて入ったとき、
御年14歳の第二王女は、あまり体重を感じさせないように、ちょこんとソファに座っていた。
「王女殿下、こちらが、本日から王女殿下にお仕えいたしますマリー・ブランシェ伯爵令嬢ですわ。
もしかすると、彼女自身の都合で、すぐに配置換えになってしまうかもしれないのですけれど。」
侍女長が、ふふんと、ほんの少し鼻で笑いながら言った。
「マリーさん、王女殿下にご挨拶なさい。」
〝侍女長の顎は、今日も上がっているわね…。〟とマリーは思った。
〝あっ、でも顎を上げると、侍女長の三重あごが二重あごになる効果はあるかもしれないわ?! 深いわね…。
怪我人や病人相手でなくても、観察力を発揮してしまうマリーだった。
「アンヌ王女殿下、マリー・ブランシェでございます。
心を込めてお仕えさせていただきます。」
マリーは王女に恭しくお辞儀をした。
「………よろしくね。」
目線をマリーの足元に落としたまま、仮面のように動かない表情で王女は微かな声を発した。
それらのやり取りを眺めていた王女付きの侍女のミリエルは、
〝この人やっぱり、すぐにいなくなりそう…。〟クスっと笑った。
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