ただ心を込めて…
マリーはまた過去世の夢を見た。
王宮に出仕したことが刺激になったのかもしれなかった。
見習い聖女から、聖女に昇格はしたが、ずっと序列最下位のままだったマリーの過去世の少女シルヴィには、〝落ちこぼれちゃん〟というあからさまに侮蔑を含んだ呼び名の他にいくつかの呼び名があった。
聖女に叙任されると、彼女たちはできるだけ世俗から距離を置くために、もともとの本名で呼ばれることはなくなった。
最高位の聖女は筆頭聖女、次席の聖女は次席聖女、以下3番目の聖女、4番目の聖女と席を元に呼ばれていた。
したがって、シルヴィは神殿内外の正式な呼び名は〝15番目の聖女〟であった。
しかし、神殿や聖女を慕わしく思う民や神殿に仕える者たちにとっては、それらの呼び名は無味乾燥に感じたのか、自然発生的に愛称のような呼び方も生まれてきた。
それは花になぞらえた呼び名だった。
そのときどきにより席次が変わっても、敬意を込めて、筆頭聖女は〝白薔薇の聖女〟次席聖女は〝白百合の聖女〟と呼ばれることは固定していた。
しかし、その他の下位の聖女たちは、それぞれの聖女個人の雰囲気にあわせ、席次には関係がなく、〝椿の聖女〟〝なでしこの聖女〟〝すみれの聖女〟〝すずらんの聖女〟などと呼ばれていた。
6番目の聖女である〝すずらんの聖女〟が、シルヴィのことをからかって言った。
「3番目以下の愛称の呼び名は席次は関係ないのに、あなたは〝かすみ草の聖女〟って呼ばれているんでしょ?
万年15番目のあなたにはすごく似合っているわよね。民たちの名づけのセンスってすばらしいわよね。」
クスクスクス…その場にいた仲間の聖女たちの何人かが笑っていた。
シルヴィにとっては、呼び名などはどうでもよかった。
ただ、病人を癒す力が、他の聖女たちよりずっと少なく本格的な治癒そのものには滅多に
参加させてもらえないことがシルヴィには歯がゆかった。
末席の聖女であるシルヴィに与えられる仕事は、世界中から聖女の癒しを求めて連日やってくる民たちの神殿での最初の窓口になることだった。
ちなみに、神殿を訪れる身分が高い人たちの対応にあたっていたのは、容姿に優れていた〝なでしこの聖女〟と呼ばれる10番目の聖女だった。
シルヴィは治癒を求めて訪れた民から、話を詳しく聞きながら、よく観察し、症状から病に当たりをつけ、羊皮紙に記入した。神官は、その紙を見ながら治癒担当の聖女の特性に合わせ、担当を割り振っていった。
時には、神殿の中で、心臓発作を起こす人や、けいれんをおこす人、突然呼吸困難に陥る人などもいて、シルビィは緊急で対応しなければならないことも多かった。
また当時はドラゴンやフェンリルなどの魔物が街や村を襲う頻度も高く、シルヴィは先発隊として、神殿の転移門から襲撃現場へ飛ばされることもよくあった。
怪我人が大勢出てしまう現場を経験する中で、できるだけ多くの人を確実に助けるためにシルヴィが考えだしたのが、怪我人に速やかに目印をつける方法だった。
シルヴィは自分の物理的(身体を治す)治癒力の総量が他の聖女たちより少ないことをだんだんと自覚し受け入れていった。
〝では、民のために私ができることは?〟シルヴィは真剣に考えた。
そして、治癒を受け、神殿から帰る民たちに、今までもそうしていたが、更に心を込めて言葉をかけるようになった。
『大丈夫ですよ。』
『お大切になさってくださいね。』
『神様のご加護がありますように。』
『きっとよくなりますよ。』
その民たちにかける言葉に含まれる癒しの力が、次第に増していったことは、シルヴィ本人は知らないことだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話からマリーの侍女業が本格的に始まります。