そんな準備が必要だったのですか?
「マリー様、それでは侍女様方のサロン室にもまだ行ってらっしゃらないですよね?」
ようやく手を放したマリーにキリルが聞いた。
「ええ、王城の中はまだ受付と先ほどの部屋しか行ったことがないわ。」
「それではご案内いたします。
サロン室は侍女の方々が、休憩やご歓談のために過ごされるお部屋でございます。」
マリーが案内された広い部屋は、上品で女性らしい柔らかなフォルムと色調のソファやテーブルが複数ゆったりと配置されていた。
「素敵なお部屋ね…。」マリーが部屋のあちらこちらを眺めていると、
「ちょっと、あなた。ドアの近くに立っていらしたら、邪魔ですわ。」
と、後ろからすました声が聞こえた。
「ごめんなさい。」と、マリーが振り返ると、二人のマリーとほぼ同世代の侍女らしき女性が2人立っていた。しかしマリーには見知らぬ顔だったので、学園では1年か2年上の学年にあたる令嬢たちかもしれなかった。
ピンク色のデイドレスを着た、色みが薄い金髪をした女性が言った。
「あら?あなたは明日から王女様付きになる新しい方かしら?侍女長様はご一緒ではないのかしら?」
「はい、侍女長様は今日はお忙しいらしく、今こちらのキリルが王宮内を案内してくれている最中なのです。心得の伝授も省略になったようです。」
マリーは弾んだ声でニコニコしながら返事をした。
「プッ、あなたそれ、侍女長様にずいぶんと軽んじられているか、嫌われてしまったのよ。」
嘲笑しながら金髪の女性が言った。
「あなたの家はどちらなの?どうせお金で爵位を買った、商家あがりの男爵家なのでしょう?」
「いいえ、私の名はマリー・ブランシェ、ブランシェ伯爵家の長女ですわ。」
「あ、そう?伯爵家なの?
私は、ミリエル・レーヴェ、お父様は大臣のレーヴェ侯爵よ。5カ月前から王女様付きだから、私はあなたの大先輩ね。」
ミリエルの顎が上を向いた。
〝この顎の角度、侍女長様に似てる!?もしかして、侍女の心得のどれかではないわよね!?〟とマリーは内心少しおののいた。
「それで、あなたは侍女長様への心付けに何をお渡ししたのかしら?
私は半年前にこちらに来たときに、最高級のカメオのブローチをお渡ししたのよ。
侍女長様はとても喜んでくださったわ。」
ミリエルが自慢げに言った。
「え?心付け??
そんなものが必要だったのですか?」
〝ひょっとして、さっき侍女長様が言っていた〝何かない?〟とか〝託されたものはない?〟っていうのはこれのことだったの~!?〟
マリーの驚いている様子を見て、ミリエルも驚いた。
「あなた、侍女長様に心付けを渡さなかったのね!? あきれた!?
侍女就任時の常識よ! 終わったわね、あなた…。」
ミリエルが冷たく言い放った。
「じょうしき……。」
〝お母様とお兄様はそんなことは一言も……。〟
マリーは、のんびりおっとりした世情に疎い箱入り貴族婦人である母の顔を思い浮かべた。
〝まあ、いいか。あのお母様ならしょうがないわ。
お兄様も女性の世界のことだから、情報を掴みきれなかったのだろうし…。〟
そう、マリーの得意技は〝まあ、いいか〟で済ませることであった。
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