ついに王宮へ
王太子の突然の訪問があった翌日には、マリーの王宮侍女の辞令と王城とその奥にあたる王宮への通行許可証がブランシェ家へ届けられた。
王宮勤務の侍女は、貴族出身者であり、王宮の中で個人部屋を賜ることが通例であったが、未亡人になった貴族婦人や高級侍女以外の、結婚前の箔をつけるために行儀見習いとして侍女になる貴族の令嬢たちは頻繁に家に帰っていた。
令嬢が担っている王宮の侍女の仕事は、王族などの貴人の、簡単な身の回りの世話や話し相手になることだった。なので、ときどき早番や遅番、夜間の勤務があるものの、基本的には日中だけの勤務が多い、比較的自由がきくお勤めだった。
〝ああ~早く侍女の仕事は終えて、推薦をもらって政務官になって、ばんばん政策を動かしたいわ~〟
〝外交官になって、いろいろな国を訪れるのもいいわね~〟
ほとんどの貴族令嬢にとって、侍女の仕事は結婚までの腰かけであり、それを軽くばかにしているマリーも、侍女の仕事を政務官になるまでの腰かけにしか考えていなかった。
勤務初日に、外交官になって世界中を旅する妄想を、送りの馬車の中で楽しんだ後、辞令を持って王城の大門近くの受付へ行くと、すぐに王宮の中の侍女長の元へ案内された。
「あなたがマリー・ブランシェさんね?
私が侍女長のフラン・ロワール伯爵です。もちろんご存じかと思うけれど、王宮での貢献が認められて私自身が伯爵位を賜っています。だから女伯爵なのよ。」
だから敬ってね、と言わんばかりの侍女長の言葉であったが、
爵位などの身分と社交に元々興味がないマリーは
〝はあ…そうなのですか…〟と、気のない返事をしてしまった。
侍女長はふくよかな体型をしていて、マリーより少し背が低かった。だから自然とマリーを見上げる目線にはなるのだが、マリーを見つめる瞳には警戒心がにじみ、顎もつんと上げているため、マリーにとっては、尊大な印象がある女性だった。
「それで、あなたの家がどう働きかけたのかしらないけれど、王太子殿下たってのご指示であなたの配属先はもう決まっているの。
本来は1カ月かけて私が適性や王族方との相性を見極めたうえで配属先を決めるのがセオリーなのよ。
なぜかと言うと、そうした方がトラブルの防止になるでしょう?
私は人を見る目に定評がありますしね。だから侍女の人事は私に一切任されているのですよ。
それなのになんということでしょう…。王太子様が急に口を挟んでいらっしゃるなんて、あるまじきことですわ……。」
「あの!それで、私はどちらの配属になったのでしょう?」
話が一向に進む気配がなかったので、マリーは侍女長の言葉をつい遮ってしまった。
「…王女殿下付きになります。」
話を遮られ、ムッとした表情を浮かべた侍女長だったが、マリー答えてくれた。
この国の第一王女は既に隣国へ嫁いでいるので、今の王宮で王女といえば、第二王女であるアンヌ王女のことになる。
「まあ、アンヌ王女様ですか?」
アンヌ王女は、マリーの4つ年下の14歳と聞いたことがあった。マリーはその姿を見たことがなかったが、妹のように大事にお仕えできるかもしれないと、うれしくなった。
「王女殿下は、幼いころよりお体が弱く、ご性格も難しいお方なのですよ。
正直申し上げて貴女に務まるとはとても思えないのですけれど。
まあ、王女殿下や同僚からクレームが上がったときは、すぐにでも配置換えをして差し上げますから、あなたもご安心なさいな…。そうね、例えば王宮での礼儀がしっかりと学べる厳しい部署こそ、あなたには合っていると思うのよ。」
侍女長がまた顎を上げながら、目だけは全く笑わずに、マリーに言った。
侍女長のツンと上がった顎を見ながら、
〝そういえば、政務官への推薦状には、この人からの良い評価が必須条件だった!〟とマリーは急に思い出した。
「ええっと、おいそがしい侍女長様にそのようなお手間はとらせないよう、誠心誠意、王女殿下にお仕えいたします…。」
〝いけない!従順な良い子の態度を取らないと…!〟
王城の大門をくぐり、まだ2時間と経っていないなのに、早くも時間を巻き戻したくなったマリーだった。




