それがどうした?!
「やはり私だとわかっていたか…」
アルベール王太子の目が楽しげに細められる。
「あたり前ですわ、殿下。周囲の方々の敬い方や気の遣い方、騎士様たちが無意識にとる警護の隊形、装飾はないけれど上質過ぎる布地を使ったマント…。
本気でご身分を隠す気があるとはとても思えませんわ。」
「ははははっ、まいったな、カイル。
本気を疑われてしまったぞ!」
〝このお方、本当に楽しんでいる…??私を尋問しにきたのではないの?〟
マリーの警戒心が少しだけ薄らいだ。
「殿下…そのあたりにしては…」
カイルと呼ばれた騎士服を身に着けた、こげ茶色の髪、茶色の瞳をした青年が、困ったようにアルベールに小さく進言した。
からかうような楽しそうな目をマリーに向けているアルベールに対して、
カイルの目はマリーを気遣うようなまなざしを向けていた。
〝この方、昨日マントを貸してくれるように殿下に言ってくださった方だわ…。〟
マリーは、カイルを見て微笑んだ。
微笑んだマリーを見て、カイルの顔がわずかに赤くなった。
アルベールが言った。
「ごほん。失礼、マリー嬢。ところで、あなたがドラゴンに対峙し、速やかに去らせてことについては箝口令を敷いているから、そのおつもりで…。そのため巷では私がドラゴンを追い払ったことになってしまっていが…。あなたの手柄を奪っているようで、すまない…。」
「手柄だなんて、そんなものに興味はありません。」
「そうかな? まあ、その後の救助活動だけでも、大きな手柄だからな。あのような働きと怪我人にリボンの目印を着ける工夫は見たことがないと王立病院の医師たちも驚愕していたぞ。それだけならまだしも、単なる貴族令嬢がドラゴンを武器の一つも使わずに追い払ったとなると、手柄どころか、むしろ異常な状況だ。」
「単なるって令嬢って…。」
「失礼…、それで、君は今回のことは、〝本で読みました。元・従騎士に聞きました。たまたまできただけです~〟なんて馬鹿の一つ覚えのように言い続けるつもりなのかい?」
どうやら、昨日マリーが兄に話したことは、兄が素早く報告を上げたのか、隠密がいるのか、王太子に筒抜けらしかった。
「はあ?!そうですよ!!
本で読みました!聞きました!
たまたま、ですっ!それが何かっ?!」
アルベールの言葉につられ、マリーの言葉と態度も大きく崩れてしまった。
傍らにいるブランシェ家の執事の顔は、絶望の色で真っ青になり泣きそうに歪められた。
不敬罪で取りつぶされるブランシェ家の末路が、彼の頭の中に去来しているのかもしれない…。
しかし、アルベールの楽しそうな、からかっているような表情は崩れなかった。
そして、彼は突然、カイルに向かって声をかけた。
「おやっ?カイル、どうしたんだ?顔色が悪いぞ?!」
不動の姿勢でアルベールの傍に控えていたカイルが、急にその場にうずくまった。
「っ……申し訳ありません。急に具合が悪くなったようです。目が回りフラフラします。
マリー嬢、椅子をお借りしてもよろしいでしょうか…?」
「もちろんです。どうぞ、こちらへ。」
マリーはカイルの手を取り誘導し、ソファへ座らせると、
「失礼します」と言って、騎士服の上のボタンをはずし、首元を緩めた。
そしてすぐに脈を取りながら、カイルの呼吸の様子や顔色を真剣な顔で確認し始める。
流れるような素早いマリーの動きだった。全身筋肉痛は彼女の意識の外に追いやられていた。
カイルはマリーよって首元を触られ、間近で顔を覗きこまれ、手は握られ…
彼の顔色は一気に赤くなった。
そして、言葉を発することができず、口をパクパク開けたり閉じたりしている…。
マリーは一つ一つ確認するかのように、つぶやいていった。
「フラフラするとはいっても眼振はないわね。チアノーゼもなし。脈は速い、呼吸数も少し速い。肩呼吸はしていない…。現在は顔は紅潮している…発熱してきたのかしら?」
『大丈夫ですよ。すぐによくなりますよ。』
と、マリーが微笑んでカイルに声をかけたとたん
「カイル、もういいぞ。」
冷静なアルベールの声がその場に響いた。