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あらぬ疑いは、かけないでいただきたい

マリーは伯爵家の自分の寝室で目をさました。頬が涙で濡れていた…。 


「そうそう、ロディっていう名前だった。彼は今どうしているのかなぁ?

って、いっしょに今の時代にいない可能性も十分あるわよね。そもそも姿かたちも変わっているからわからないだろうしね…。あっ、ロディが馬とかに転生している可能性もあるのよね…?でももし泣き虫の馬がいたら、怪しい!って思えばいいわ!」

勝手なマリーである…。


寝室の窓から空を見ると、日は傾きかけているようだった。

ぐ~とマリーのお腹が鳴った。


「お腹すいた~!すっごく長く眠っていたのかしら?」

マリーが寝台から降りようと体の向きを変えると、全身に痛みを感じた。

「痛、いたたたたた~!」

特に腹筋と太ももが痛い!

〝そうだドラゴンに出会って、救助活動もしちゃったんだった私…〟

〝これだけ筋肉痛があるから、あれは夢ではないわね、うん。〟


そこへ勢いよく扉が開き、侍女のサラが飛び込んできた。

「お嬢様~よかったです~~、今すぐ皆さまにお声をおかけしてきます!」


「「マリー!」」「マリーちゃん!」

少しして父と母と兄も寝室に飛び込んできた。


母はまだ寝台の上にいたマリーを、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。

「よかった、よかったわ~~」涙声でそればかりを繰り返している。

〝痛い…く、苦しい…、でも心配かけちゃったのね…

 そりゃあ、意識を失った娘が変わった恰好をして帰宅したら、何事か!?と思うわよね…。〟


ようやく母が泣き止んでその腕を解き、マリーを開放してくれたころには、マリーは空腹で目が回りそうだった。

だから、サラがワゴンに載せて、軽食やスープを運んできてくれたのを見たときには、マリーの目にはサラが天使に見えた。


「まずは、食べなさい。大勢でいると疲れてしまうだろうから、私たちは退室するよ。ルーカス、状況をマリーに話してやってくれ。」

父は、マリーの頭をゆっくりと撫でた後、泣き疲れた様子の母を促して、部屋を出ていった。


「じょうきょうぅ?」

サンドイッチを頬張りながら、右手にはスープカップ、左手にはブドウを一粒手に取っているマリーの姿を、少しあきれ顔で眺めながら、しかしほっとした様子で兄のルーカスは答えた。

「そう、我がブランシェ家はなかなかの状況におかれている…。」


いつもは柔和な兄の表情が一瞬で引き締まったものになった。


「それって、私のせいだよね?」

「……ああそうだ。マリーが救助現場で活躍したとのことで、なぜ一介の貴族の令嬢がそんな知識を持ち優秀な働きができたのか?ブランシェ家では令嬢に特殊な教育を施していたのか?それともマリーが替え玉なのか?ブランシェ家は国に対してよからぬことを企んでいるのではないか?…

と、まあそんな疑いがかけられてしまった訳だ。そこで今朝、宰相閣下と騎士団長が抜き打ちで我が家を訪れて、執務室と図書室を調べ、父上と私を軽く尋問していったんだ。

お偉方2人だけの調査で、そんなに厳しい質問もなかったら、こちらへの敬意と配慮は感じる、ぬるい調査だったけどね。マリーをたたき起こせとも言わなかったし。」


「そんな…よからぬ企みなんて…」

マリーは絶句して、手にしていたブドウの粒を落としてしまった。


「まあ、あの切れ者の王太子のことだ。がっつり裏でも調査をしているだろうから、いずれ疑いは晴れるとは考えているんだ。我が家は代々ただただ堅実に領地を治め、愚直に王家にお仕えしている真っ当な家系だからね。」

「それなら、よいのですが…。」


「それで、マリー。君はどうして救助活動ができたんだい?怪我人を診てあげて医師に的確に引き渡しする作業をすごいスピードでやっていたっていうじゃないか?」

「それは…、以前本で読んだのですわ!?救助の本とか、応急処置の本とか?」

「本を読んだだけ??」

「そ、それから…そう、我が家の護衛のベックに話を聞いたこともあるわ!ベックは昔従騎士だったでしょう?!そのあたりの知識と経験がたくさんあるの!ベックってすごいわ~~!」

「ふうん…ベックね…」


ルーカスは、話の半分も信じていなさそうだった。

後で、ベックにお願いして話を合わせておかなければ!とマリーは思った。

なんだか脇に嫌な汗が出てきたような気もするが、とにかくこのまま逃げ切ることが今の至上命題だ。何しろ「過去世の現場に出ていた聖女の記憶があるから、できちゃいました!」なんて、いくらやさしい兄にも言える訳がなかった。


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