大切な言葉
マリーは夢の中にいた。
それは、聖女だった過去世での記憶だった。
その時代、すべての子ども達は5歳になると、地方にある神殿に置いてある水晶に触れさせられた。水晶が白く光ると、その子どもには聖なる力が宿っているとされ、主神殿に集められ、そこで育てられることになっていた。
女児は聖女もしくは神殿女官へ、男児は神官もしくは、神殿づきの騎士へとなるべく養育と教育が施されていた。
5歳から10歳になるまでは、子どもたちの情緒を安定させるため、聖養母と呼ばれる、かつて聖女であった40歳以上の女性が少人数の子ども達を担当し、養育をしていた。
子どもたちは基本的には、集団生活で、男女別の大部屋で過ごすのだが、まだ幼いうちは、夜に寂しくなり泣き出す子やおねしょをする子もいるので、聖養母の個人の部屋で就寝することが許されていたのだった。
マリーは、過去世では、幼いときはシルヴィという名前で呼ばれていた。担当の聖養母は、とてもやさしく穏やかな女性だった。
そして、その聖養母はシルヴィと、ロディという名前の同い年の男の子を、細やかな愛情を注いで養育してくれた。
やんちゃなロディは、大部屋では同じ年ごろの男の子たちといたずらをしたり、戦いごっこをして走り回っていたが、夜になると、引き離されてしまった元の家族を思い出すのか、聖養母の部屋の片隅にいき、クスンクスンと泣き出していた。
ロディが泣き出すと、それにつられてシルヴィも悲しくなってしまい、涙が出そうになってしまうので、最初の頃は、ロディは別の聖養母の担当になってくれないかしら?とシルヴィは思っていた。
ロディが泣き出すと、聖養母は自分の大人用のベッドの中にロディを入れ、その隣にシルヴィも寝かせ、やさしい声で子守歌を歌ってくれた。
その子守歌はその聖養母の出身地の辺境の子守歌らしく、独特の旋律をしていた。
しかし、聖養母が、話す声よりも低い声で布団をトントンたたきながら、ささやくように歌ってくれると、安心して眠気が一気に押し寄せてくるのだった。
聖養母とロディは、シルヴィにとって新しい家族になった。
最初は少し苦手だったロディとも、いっしょに歌を唄ったり、少ないお菓子を分け合ったり、その日の宿題をしているうちにどんどん仲良くなった。
聖養母にはどんな小さな出来事や悩み事でも話すことができた。
10歳を過ぎ、シルヴィとロディが聖養母の担当から外れても、聖養母はシルヴィを見守り、励まし、アドバイスをしてくれた。
シルヴィとロディが12歳になり、それぞれ見習い聖女と見習い騎士に昇格できたときは、部屋で内緒のお祝いのお茶会を開いてくれた。
しかし、シルヴィが14歳のとき、聖養母は病に倒れ、あっという間にこの世を去ってしまった。
死の床の中でも、シルビィの目には、聖養母は穏やかで清らかな佇まいをしていた。
死の前日、彼女はシルヴィとロディの手を握り、かつての寝かしつけのときのように、やさしく語りかけてくれた。
「シルヴィ、ロディ、あなたたちは、私の自慢の養い子よ。たくさんの喜びと幸せをありがとう。
どうか自分らしくお役目を果たしていくのですよ。得意なこともあれば、苦手なこともあって当然なのです。ただ感謝の思いを胸に、民のために自分ができることを、心を込めて行っていけばよいのです…。」
15歳になり、聖女に叙任されたとき、シルヴィは心に誓った。
聖養母に恥じない聖女になることを…。聖養母が自分たちにしてくれたように、家族のように民を慈しむことを…。
「聖養母さま、どうぞ天から見ていてくださいませ…。」
聖女叙任の式典が終わった後、シルヴィは神殿の中庭から見える空に向かってそっとつぶやいた…。