嫌いな記憶
「聖女様!早くお逃げください!!」
幼馴染の神殿づきの騎士が見たこともないくらいの必死の形相で、目の前で隣国の兵士と切り結んでいる…。
「そんな、私だけ逃げることなんてできないわ!」
いつもは、つい今日の昼間までは、静謐な祈りの空間であったはずの神殿の中なのに。
なぜこんなに剣がぶつかり合う音、怨嗟の声、悲鳴で満ちているのだろう?
平和な世界を人々の安寧をひたすら祈り、人々を癒してきた自分たちの行いは、神様の御心にはそぐわなかったのだろうか?
彼女の心と手足がどんどん冷えていく。体の震えも止まらない。
そして、彼女の大切な騎士の背がぐらりを傾き、地に倒れた下から血だまりがあっという間に広がっていくのを見たところで、彼女の意識は途切れた……。
〝ああ、またこの夢を見ちゃった…〟寝台の上で目をさました12歳の少女マリーはため息をついた。
夢に体が反応してしまったのか、手が冷たい。2年前から自分が同じ人物になって同じ状況で生きている夢をときどき見るようになった。
なんとなく、自分の前世なのか、前々世なのかわからないけれど、過去世の場面だったんだろうなとマリーは思っていた。
マリーは過去世の自分は好きじゃなかった。そのときは、世界で十数人しか存在しない聖女と呼ばれる存在で世の中的には尊ばれるべき地位にいた。聖女たちは神殿で神に祈りを捧げることで世界を清め、病める人々を癒していた。
マリーも5歳のときに聖女候補として神殿に住むことになり、成長してから聖女として認められ、一生懸命つとめを果たしていたのだった。
なぜマリーが自分の過去世が嫌いかというと、聖女だったものの、なんだかパッとしない、みそっかすっぽい聖女だったからだ。
過去世で、マリーは聖女仲間からは〝落ちこぼれ〟ちゃんと呼ばれていた。
聖女たちは実績や神殿への貢献度、出身身分などにより、席次が与えられていた。
マリーはその時期の最下位、15番目の席次だったのだ。
華やかな式典のときは、神殿の隅っこで遠くから祭壇を見守るだけ、朝早くから薬草園の世話をして、日中は多くの時間を世界中から癒しを求めて集まってくる人々の受付と誘導と見送りしていた。
〝地味な裏方の仕事は嫌いじゃなかったけど、きれいな式典用の衣装を着たり、お城から振舞われるご馳走をたくさん食べたりしてみたかったのよね~、それなのに若いうちにあっという間に死んじゃったみたいだし…〟
今世では伯爵令嬢というなかなかよいポジションでスタートを切っているとマリーは思っている。そして、これは神様からのご褒美かもしれないので、今度こそは華やかな、人様に認められるような活躍をしていい目をみてもよいかもね~などと思っているのだった。
15歳になり、貴族の子女たちが学ぶ学園に入ってから、マリーの学ぶ姿勢は貪欲だった。