第五話 黒猫たちの舞踏会②
(あの子は……?)
七緒は気がつけばヴェロニカの姿を探していた。あんなにきつい言葉をかけられて、嫌われてすらいるのに、七緒は彼女のことがどうしても気になってしまう。
次々と夜空に飛び立つ黒猫たちの中に混じって、ヴェロニカの姿はすぐに見つかった。右手に片手剣を握っているけれど、ほかの黒猫たちと違って、接続する相手がいないヴェロニカは一人きりだ。レティシアもすぐにヴェロニカの存在に気がついたようだ。
「あの子……! 仕方のない子ね。何も無ければいいけど……」
レティシアはヴェロニカが魔女討伐に加わることを良しとしていないらしい。それなのに、ヴェロニカは強引に討伐隊に加わってしまったのだろう。意志が強そうなヴェロニカの性格なら、十分にあり得そうなことだ。怪我を負って、聖杯も無く、たった一人きりで。とても万全の体勢とは言えないだろうに。
レティシアも心配そうにため息をつくものの、とりあえずは成り行きを見守ることにしたらしく、それ以上は何も言わなかった。
アルクスを飛び立った黒猫たちは魔女の周囲まで近づくと、いっせいに攻撃を開始する。剣で斬りかかる組、弓を掲げて魔法で作り出した矢を射る組。刀剣から放った魔法をブーメランのように操る組。
けれど、魔女も一方的にやられるばかりではない。触手のようなひょろ長い手をふり回して、周囲を飛びまわる黒猫たちを払い落とそうとする。けれど魔女は巨体であるせいか、その動きは緩慢で鈍い。対する黒猫たちの動きは素早く、みな魔女の長い手を軽々と避けてゆく。
魔女の手は獲物を捕らえることなく、宙をむなしく掻くばかりで、その餌食になるのはスィスィアの森の木々だけだ。
「すごい……!」
七緒は思わずつぶやいていた。あの醜悪な化け物に鮮やかに攻撃を加えていく黒猫たちの勇姿は壮観で、華麗だと言うほかない。レティシアも自信をにじませて頷いた。
「魔女は私たち……黒猫やレイヴンの敵だもの。多くの人間が魔女に殺されたり、魂を吸い取られたりしてきたわ。この砦、オラシオンを突破されたら、デュシスをはじめ、世界中の都市が魔女の侵攻
を受けることになる。私たちの責任と義務は重大よ」
「でも……黒猫って、攻撃するのは片方だけなんですね?」
実際、魔女に攻撃を加えているのは武器を持った少女だけだ。ヴェロニカも剣を携えて一人で戦っているのに、どうして二人一組になる必要があるのだろう。するとレティシアは七緒の疑問に答えるように視線を向ける。
「そう、攻撃する方は剣。もう片方は聖杯と呼ぶの。それぞれ役割が違うのよ。剣の役割は魔女と戦い、聖杯を守ること。そして聖杯の役割は、剣へ魔法を供給すること」
七緒はヴェロニカが昼間に言っていた言葉を思い出す。
「聖杯はオイルタンク……?」
「言いかたはちょっと悪いけど……そういうことね。聖杯がいなければ、剣は魔法を長期間維持することができず、いずれ行動不能に陥ってしまう。接続がきれた時も同じことよ。でも、聖杯もただ剣にくっついているわけじゃないわ。あれを見て」
レティシアが指し示す黒猫たちへ、七緒も視線を向けた。鞭を手にした黒猫は魔女へ攻撃を仕掛けているけれど、もう片方の黒猫はやはり何もしていないように見える。
その時だった。その黒猫たちに魔女の長くて黒い腕が背後から襲いかかる。ところが、黒猫たちはなぜか逃げ出そうとしない。このままでは二人とも魔女の腕にはじき飛ばされてしまうのに。
七緒はあっと声を上げそうになったけれど、彼女たちに魔女の腕が直撃することはなかった。黒い腕がぶつかるかと思われた瞬間、何も持たない黒猫が手をかざすと、魔法による障壁があらわれ、魔女の腕を防いだのだ。
「壁……?」
驚く七緒に、レティシアは微笑む。
「魔法の盾ね。経験を積んだ聖杯は、ああやって魔女の攻撃を防ぐこともできるの。すべてはパートナーとの信頼関係次第ね」
「……」
レティシアの説明によると、黒猫に選ばれるような強い魔法を秘めた少女は、たいてい二通りに分かれるらしい。ひとつは大量の魔法を保有しているタイプ。もうひとつは魔法を操ることに長けているタイプだ。前者が聖杯、後者が剣となって、互いに接続することで初めて黒猫は一人前になる。
もちろん両方の性質を秘めた、完全無欠なタイプも存在するそうだけど、そんな逸材は滅多にあらわれない。だから黒猫はペアを組む必要があるのだ。
「黒猫たちがまとっている戦闘服には、魔女から受ける攻撃を軽減させる作用があるけど、衝撃を完全に防げるわけではないわ。だから聖杯の能力も、とても重要なの」
攻撃を担当する剣と、防御をつかさどる聖杯。お互いが息を合わせ、うまく連携を取らなければ、魔女と戦い、退けることはできないのだろう。七緒はあのヴェロニカと接続しなければならないのだ。聞けば聞くほど、七緒には困難であるように思えてならなかった。
(あの子は……ヴェロニカは一人で大丈夫なのかな……?)
今までの話から察するに、ヴェロニカは剣なのだろう。彼女の右手には剣が握られているけれど、今のヴェロニカには聖杯がいない。もしかしなくてもヴェロニカは長時間、戦えないのではないだろうか。
七緒がもの思いに耽っている間も、魔女と黒猫たちの戦いは続いてゆく。黒猫たちの連携は見事で、七緒の目にも彼女たちが有利であるのは明らかだ。黒猫たちが戦い慣れていることもあるけれど、七緒はすぐそれだけでないことに気づいた。
先ほど城壁を飛び立った三羽のカラスが黒猫たちの周囲を飛びまわり、しきりに鳴き声を上げている。まるで黒猫たちを教え、導くかのように。あのカラスが黒猫たちに、どう動くべきかを細かく指示を与えているらしい。
やがて戦いの決着がついた。黒猫たちの攻撃を浴びつづけ、ただでさえ鈍重だった魔女の動きがますます鈍くなっていく。すると、ひときわ大きな剣を携えた黒猫が、魔女の白い仮面に大剣を突き刺した。そこから魔女の仮面に幾筋も亀裂が入り、真っ二つに割れると、そのまま砕け散ってゆく。
それが大きなダメージとなったのだろう。魔女は苦しそうに身をよじり、咆哮じみた悲鳴をあげると、胴体から生えた針金のような両手が力を失い、だらんと地に落ちてしまう。その重みでスィスィアの森の木々がへし折られ、吹き飛んでいった。
「……終わったわね」
レティシアはそうつぶやいた。魔女の仮面の下からあらわれたのは、生々しいほどに赤い塊だった。真っ黒い巨体の中で、どくん、どくんと不気味に脈打っている。黒猫たちがあらわになった赤い塊をいっせいに攻撃すると、切り口からどろりとした真っ黒な液体が次々と噴き出した。
「あれは魔女の心臓よ。魔女は心臓が弱点なの。でも裏を返すなら、心臓を破壊しない限り、魔女は死なないということだわ。最後まで油断はできないけれど、今回はもう――――」
大丈夫――そう言いかけた時だった。レティシアは、はっとしてアルクスから身を乗り出す。
「ヴェロニカ、そこを離れなさい‼」
見るとヴェロニカは一人、ふらふらと宙を漂っていた。どうにか剣を握っているものの動きが弱々しく、ほかの黒猫たちとくらべても彼女の衰弱ぶりは際立っている。おそらく魔法を使い果たして、身動きが取れなくなってしまったのだろう。
そんなヴェロニカに、死にかけた魔女が最後の悪あがきとばかりに襲いかかる。魔女の身体から腕とは別に触手のようなものが伸びて、浮いているのもやっとのヴェロニカを無造作に叩いたのだ。
本調子であれば余裕で避けられるはずなのに、すっかり弱りきったヴェロニカは、魔女の攻撃を避けることができない。魔女の体から伸びた触手が直撃し、ヴェロニカは為す術もなくスィスィアの森に叩きつけられてしまった。
すべては一瞬の出来事で、七緒は声も上げることもできなかった。
一方、隣に立つレティシアは、ただちに黒猫たちに指示を出す。
「ロビン=クロエ組、ヴェロニカの救出に回って! 早く!」
「はい、分かりました!」
指示を受けた黒猫たちは即座に動き出し、ヴェロニカの救出へ向かった。レティシアの後ろで七緒は口元を両手で覆い、身体を小さく震わせていた。
「ど、どうして……⁉」
どうして、あんなことに。あんなに激しく地面に叩きつけられては、いくら戦闘服を着ていたとしても無事では済まないだろうに。口元に両手を当てたまま硬直する七緒に、レティシアは焦りを滲ませて告げる。
「ヴェロニカは剣よ。けれど聖杯がいない……だから魔法が最後までもたないのよ……! こうなることは最初から分かっていたのに……止めても聞かないんだから‼」
それはヴェロニカも嫌というほど理解しているはずなのに。聖杯がいない剣が、長く戦えない身であることは。それなのに何故、ヴェロニカは無理を押してでも出撃したのだろう。どうして危険を承知で、死に急ぐような真似をするのだろう。
(まさか……ヴェロニカは、自ら危険な状況を望んでいる……?)
そう感じるのは、七緒の考え過ぎだろうか。
七緒が考えこむ間も、レティシアの瞳は終始、スィスィアの森に注がれていた。口では腹立たしいことを言っても、本心ではヴェロニカのことが心配でならないのだろう。レティシアはレイヴンであり、指揮官であるけれど、決して冷酷無比な性格ではない。むしろ、黒猫たちに責任や愛着を強く感じているようだ。
ほどなくして、ほかの黒猫たちに抱えられて、ヴェロニカが広場に運びこまれてきた。
「レイヴン、ヴェロニカを回収しました!」
ところがヴェロニカはぐったりとして、いくら呼びかけても意識が戻らない。傷の具合を見ると、想像していたよりずっと酷かった。全身が傷だらけで、スィスィアの森に墜落した際にできたのか、青黒い痣がいくつも浮いている。とくに背中の傷が深く、黒いドレスには濃い血の染みがにじんでいた。
「ひどい……‼」
直視することがためらわれるほどの惨状に、七緒は息をすることすら忘れてヴェロニカを見つめた。彼女の元に駆け寄ることも、助け起こすこともできずに、ただ一人、固まって震えていた。
これほどひどい怪我を目にするのは、七緒にとって初めてのことだった。故郷の神社では、血は不浄のものと教えられており、神聖な巫女の家系に生まれた七緒は、怪我や病気にはできるだけ触れないようにさせられていたからだ。
「救護班、ヴェロニカを医院へ運ぶわよ! 急いで‼」
七緒が茫然とする間も、レティシアはてきぱきと指示を飛ばす。アルクスは騒然となった。担架を担いで走り寄ってくる者、医院に連絡するため走り出していく者。ヴェロニカを担架に乗せて運んでいく救護班も、七緒と同じくらいの少女たちだけど、黒猫たちと違って真っ白な服を身に着けていた。
その中で七緒は何もできず、何をしたらいいのかも分からずに、ただその場に立ち尽くしていた。
やがて出撃していた黒猫たちが、続々と広場へと帰還してくる。スィスィアの森の向こうでは心臓に止めを刺され、完全に動かなくなった魔女が倒れこんで、その山のような巨体を森に埋めるところだった。森の中に倒れこんだ魔女の黒い体は、どろりと崩れると、雪のように木々の中へ溶けて消えていく。黒猫たちは驚いた様子もなく見つめているから、彼女たちにとって見慣れた光景なのだろう。
(私……あんなのと戦うの……?)
茫然として森を見つめる七緒は、痛いほど感じていた。ヴェロニカが「ここは戦場だ」と言った、その言葉の本当の意味を。




