第四十話 完全復活
そしていよいよ魔女討伐の夜がやって来た。濃い闇に包まれた真夜中、いつものように城壁の上にある三つの踊り場には、黒猫の全部隊が集まっていた。彼女たちは華やかで厳かな黒衣――戦闘服をその身にまとい、緊張と高揚の入り混じった表情で、眼下に広がる不気味なスィスィアの森をひたと見据えている。
やがて学校の時計塔が午前零時を告げると、スィスィアの森の向こうに魔女が姿を現した。三羽の黒い指令鴉が黒猫たちの頭上に飛んできて、そのうちの一羽がレティシアの声で第二部隊に指示を出す。
「さあ、みんな! 出撃よ! このところ深刻な負傷者が出ることもなく、戦績も良好よ。今夜もこの調子で確実にクリアしてしまいましょう!」
「はい‼」
第二部隊の東と西に展開する第一部隊や第三部隊の黒猫たちが次々に接続し、月夜に舞う花のように漆黒のドレスを翻しながら、アルクスを飛び立っていく。そんな中、戦闘服に身を包んだベッキーとティナは緊張した面持ちで互いに向き合う。
「さ……さあ、ベッキー! 接続するぞ!」
「うん、ベッキー頑張る! きっとうまくいく!」
二人は勇気づけるようにして頷き合うと、慎重に互いの右の手の平と左の手の平を重ね合わせる。指先がかすかに触れ合ったその瞬間、七色をした鮮やかな光の粒がぱちんと弾け、爆発的な魔法の奔流が流れ込んでくる。ティナとベッキーの手は互いを拒絶し合うことなく、結び合い、魔法をどんどん増幅させていく。重ね合わせた手の平から凄まじいエネルギーが溢れ出し、二人の髪や戦闘服を宙に踊るようにはためかせる。
その様子を食い入るように見つめていた七緒は、ほっと胸をなで下ろした。間違いない。ベッキーとティナの接続は成功したのだ。
「や……やった! やったぞ、ティナ‼」
「うん、接続成功だ‼」
固唾を呑んで成り行きを見守っていた第二部隊の黒猫たちも、一斉に沸き返った。
「ああ、良かった! ティナとベッキー、もう二度と接続できないかもって思ったから……!」
「そうだよ! みんな、めっちゃ心配したんだからね~!」
プリシラとノエルが安堵の声を上げると、コーデリアが呆れたように言った。
「みんな心配しすぎですわ。結局は何も問題はなかったでしょう? だから放っておきなさいと言ったのに。少々、お節介が過ぎるのではなくて?」
「そういうコーデリアだって、すごい心配してたじゃん。『ティナとベッキーはオラシオンを追い出されたら行く当てがないのだそうですわ。可哀想に……一体どうしたらいいのかしら?』ってさ! コーデリアってやたら強がりを言うんだ。僕と二人きりの時はそうでもないのに」
「う、うるさいわね、お喋りノエル! 少しお黙りなさい!」
からかうノエルを怒鳴りつけるコーデリア。その頬が少し赤くなっているように見えるのは、決して七緒の気のせいではない。
「何はともあれ、一件落着だな。喧嘩をするのも悪くはないが、長引かせるものじゃない。この勢いで魔女討伐も速やかに終わらせてしまおう!」
ロビンが鼓舞するようにみなへ声をかけると、クロエもそれに続く。
「ええ、そうね。行きましょう、ティナ、ベッキー」
ティナは「うん!」と答えると、それからベッキーととも改めて七緒とヴェロニカへ視線を向けた。
「……ナナオ、ヴェロニカ。二人にも心配かけて閉まったな。こうしてベッキーと接続できたのも、二人の協力があったからだ」
「ありがとうなんだぞ!」
「気にしないで。ティナとベッキーが接続できたのは、二人が頑張ったからだよ」
「ああ、そうだな……本当に良かったよ」
七緒は心から二人を祝福した。ヴェロニカもいつになく柔らかな笑みを浮かべている。そうしている間も、ティナとベッキーの魔法が金平糖のような可愛らしい光を弾けさせながら、軽快な旋律を奏でているのが伝わってきた。
「ナナオ、オレ達も接続しよう!」
「うん!」
絶好調の年少組に負けてはいられないとばかりに、七緒とヴェロニカも両手を重ね合わせ、接続する。すでに接続を終えたコーデリア=ノエル組やロビン=クロエ組は、次々と踊り場を飛び立ってゆく。
「ティナ、用意はいいか⁉」
「ああ、いつでも出撃できるぞ!」
ヴェロニカ=ナナオ組に続いて、ベッキー=ティナ組も手を繋いでアルクスを飛び立った。
上空にはちょうど半分ほどに膨らんだ十日夜の月、足元には深海のような真っ暗闇に包まれたスィスィアの森。正面には仮面舞踏会で使用されるような、妖艶な仮面をつけた巨大な魔女が立ち塞がっている。
魔女へ向かって飛翔スピードを上げながら、ベッキー=ティナ組はさっそく武器を召喚した。ベッキーとティナ、二人の攻撃スタイルは弓射だ。
ティナとベッキーは向かい合って社交ダンスのように右手と左手を結ぶと、結んだ手を魔女に向かって突き出す。すると、その手にティナの魔法によって作られた光の弓が出現した。
聖杯であるティナが弓を形作ると、今度は剣であるベッキーが、弓に添えた手とは反対の手に魔法を集中させ、魔女を貫くための光の矢を生み出す。
ティナの弓とベッキーの矢、二つが交叉したその瞬間、魔法による弓弦が生まれた。
ベッキーは弓弦に矢をつがえると、ティナとともにきりきりと限界まで弓を引き絞る。それから魔女の仮面のど真ん中を狙って一気に矢を放った。
「「行っけえええぇぇぇぇぇーっ‼」」
二人の放った矢は闇夜を切り裂き、光の軌跡を描きながら一直線に魔女へと飛んでゆき、その仮面の額へと勢いよく突き刺ささった。
ティナとベッキーの想いのたけが詰まった渾身の一撃。それをまともに食らった魔女は、仮面の額からあごにかけて大きな亀裂が走った。間髪置かずして白い仮面は真っ二つに割れ、その下に眠っていた血のように禍々しい球体が姿をさらけ出す。魔女の本体とも言うべき核だ。
通常は黒猫たちの連携プレーによって少しずつ攻撃を加えて魔女を弱らせ、長い時間をかけて仮面を割るものだが、ティナとベッキーの攻撃は気合いが籠っていたし、多少は運も作用したのかもしれない。それにしても、たった一撃で魔女の仮面を割ってしまうだなんて。滅多にない出来事に、第二部隊の黒猫たちは大きな歓声を上げる。
「おわあ、すっご! クリティカルヒットじゃん‼」
「確かに……大した腕前ですわね。あの二人、この間の不調が嘘みたいですわ」
ノエルとコーデリアが驚嘆の声を上げると、ロビンやクロエも誇らしげな笑みを浮かべる。
「もうすっかり完全復活ね、あの二人」
「いや、ひょっとすると、以前より命中度が上がってるんじゃないか?」
ベッキー=ティナ組の活躍を目にした第一部隊の黒猫たちも、さすがにざわめいた。第一部隊は黒猫の中でも特に優れた能力を持つ実力者が集められた部隊だが、そんな彼女たちでさえ、たった一撃で魔女の仮面を割るなどという芸当をこなせる者は少ない。
中でも驚いた顔をしたのがチョコレート色の肌に白銀色の髪を持つアウルムだ。彼女はヴェロニカをライバル視しているけれど、思わぬ『伏兵』の存在にその黄金色の瞳を大きく見開く。
「あれは第二部隊の黒猫か⁉」
すると、アウルムと接続している聖杯のラーウス――ランプブラックの髪と灰色がかった青い目を持つ、どこか神秘的な雰囲気をまとった少女が口を開いた。
「私たちも負けてはいられません。参りましょう、アウルムさま!」
「ああ。そうだな、ラーウス!」
アウルム=ラーウス組も、魔法によって作りだしたレイピアを握りしめながら魔女へと向かっていく。その横顔に緊張感とわずかな焦りを湛えながら。
一方、ベッキー=ティナ組の活躍によって手持ち無沙汰になったのは、第一部隊のエースであるアーテル=ドロシー組だろう。彼女たちは魔女討伐において最も困難である、魔女の仮面を破壊する役目を担っているからだ。けれど、オラシオンの黒猫の頂点に立つ彼女たちに焦りの色は微塵も感じられない。
「うふふ……元気な子たちだこと。さあ、アーテル。他の黒猫もあんなに頑張っているのだもの。この戦いに早く決着をつけましょう!」
「ふ……そうだね」
聖杯であるドロシーがそう告げると、剣であるアーテルも妖精のような笑みを見せるのだった。
そうして黒猫たちの攻撃は一気に勢いづいた。第三部隊の黒猫たちがオラシオンの守りを固めると、七緒たち第二部隊の黒猫たちは、最後の抵抗とばかりに荒れ狂う魔女の攻撃を徹底的に封じ込めてゆく。
その間にアウルムら第一部隊の黒猫たちが魔女の核を破壊すべく、一斉に攻撃を仕掛けてゆく。完璧な球体をしていた魔女の核は黒猫たちの熾烈な攻撃によって徐々に砕け、歪な形となっていく。
やがてエースであるアーテル=ドロシー組が月影を背に大剣を振りかぶると、魔女の核を完全に粉砕してとどめを刺した。
核を失った魔女はそれ以上、体を維持することが出来なくなったのだろう。漆黒の巨体はどろりと溶けて、スィスィアの森へと音もなく身を沈めていく。それを確認した三羽の指令鴉が、それぞれの部隊に魔女討伐の成功を告げる。
その晩の魔女討伐は異例の速さで終了した。その功労者がベッキーとティナであることは誰の目にも明らかだ。ベッキーは大喜びでティナに抱きつく。
「やったあ! やっぱりベッキーとティナは最高のペアだな‼」
「調子に乗りすぎだぞ、ベッキー! でも……確かにその通りだ」
ティナはベッキーをたしなめたが、その声にも興奮が滲んでいた。無事にベッキーと接続できたばかりか、第一部隊の黒猫でさえ驚くほどの活躍を見せたのだ。普段はあまり感情を顔に出さないティナも、さすがに喜びが隠せないのだろう。
二人の活躍は仲間の黒猫にとっても歓迎すべきことだった。魔女討伐を終えて踊り場に帰還した黒猫たちは、口々にティナとベッキーの健闘を称える。
「ベッキー、ティナ! お疲れ!」
「今夜の討伐はあっという間だったね」
「ほんとだね、二人のおかげだよ~。いつもこんなだったら魔女討伐も楽ちんでいいのに」
ところがプリシラやノエルが嬉しそうに声をかけたのとは対照的に、コーデリアは少々、不満げだった。
「ティナ、ベッキー! あなた達、おいしいところを持って行きすぎですわよ! わたくし達の出番が無かったではありませんの!」
コーデリアは第一部隊のアウルムと同じく、真面目で使命感が強い。ベッキー=ティナ組の活躍を目の当たりにして、自分も負けてはいられないという思いを強くしたのだろう。クロエはというと、冷静に眼鏡の淵を人差し指で押し上げて小さく肩を竦めるのだった。
「私はこれくらいが楽でいいわ。夜、寝る前に本を読む余裕もできるし」
ところがその言葉を耳ざとく聞きつけた剣のロビンは、さっそくクロエに注意を促すのだった。
「姫は本当に本を読むのが好きだな。でも、魔女討伐の晩はちゃんと体を休めなさい。でないと魔法も回復しないよ」
「もう……何よ、ロビンってば。すぐに私をお子さま扱いするんだから。……ばか」
クロエは「ぷう」と頬を膨らます。普段は滅多に見せないクロエの子どもじみた仕草に、黒猫たちは思わず笑みをこぼした。魔女討伐が成功した後は、たいてい表情が晴れる彼女たちだけれど、今日はいつもに増して顔が明るい。その中心にいるのは間違いなくティナとベッキーだ。
ヴェロニカとともにスィスィアの森の上空に留まっていた七緒も、自分のことのように喜びが満ち溢れてくるのだった。
「私たちもオラシオンに戻ろう、ヴェロニカ!」
「ああ!」
踊り場に戻ってくる七緒とヴェロニカに気づいたのだろう。ティナとベッキーは笑顔で大きく手を振って、二人の帰りを迎えてくれるのだった。
それからティナとベッキーの関係はすっかり元通りになった。とは言っても、これまでと同じではない。幼馴染み特有の気の置けない空気をまといつつも、以前より互いを信頼しているように見える。白猫のリーラに端を発する喧嘩やすれ違い、別れをともに乗り越えることで、二人は絆をより一層深くしたのだろう。
今回の件で、第二部隊の黒猫たちだけでなく、オラシオンにいる黒猫たち全員が認識を強くしたに違いない。
ベッキーの聖杯はティナにしかいないし、ティナの剣もまたベッキーしかありえないのだと。
七緒も、そういう存在でありたいと思う。ヴェロニカの聖杯は七緒しかいないのだと、みなにそう言わしめられるようになりたい。ちょっと欲張りでワガママかもしれないけれど、それは七緒が抱く心からの願いなのだった。




