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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第三章 ティナとベッキー編
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第三十九話 お別れ

 そうして和やかで楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。やがて学校(エスクエラ)の中央にそびえる時計塔の鐘が鳴り、昼休憩の終わりが近づいていることを告げる。いよいよリーラとのお別れの時だ。七緒たち四人は順にリーラへと声をかけていく。


「それじゃあな、リーラ」

「温かいところへ行って、おいしいものをたくさん食べて幸せになるんだぞ!」

「元気でね。きっと長い旅路になるだろうけれど、十分に気をつけて」


 最初にヴェロニカが、次にベッキーと七緒が、それぞれリーラの体を撫でながら話しかけた。とりわけティナはリーラを心配する。


「あまり無茶をしたら駄目だぞ。二度と怪我をしないように気をつけろよ」

「ぐるる……にゃむ、なぁーご」

「……うん、そっか。私もだぞ、リーラ。私もリーラに会えてよかった。大好きだよ……!」


 溢れ出る感情が抑えられなかったのだろう。ティナはリーラを抱き上げ、その柔らかい体をぎゅっと抱きしめた。ティナの淡いアッシュブルーのツインテールの髪が頼りなげに揺れる。


 本当はリーラと別れたくない。できるならずっと一緒にいたいのに。ティナの背中はそう物語っていた。リーラも目を細め、嫌がるそぶりも見せずティナにその身を任せていた。


 けれどティナがリーラをそっと地面に下ろすと、彼女の足首にまとわりついたあと、意を決したように走り出す。


「あっ……‼」


 リーラは一度だけ振り返って、ティナたちに何か言いたげなアメジスト色の瞳を向けると、あとはもう一目散(いちもくさん)に駆けてゆき、あっという間に茂みの向こうに姿を消してしまった。


 まさに一瞬の出来事で、七緒たちは声を上げる(ひま)もなかった。


 「行っちゃった……」

 ベッキーはぽつりとそう言った。


「何だか呆気ないって言うか……急に静かになってしまった気がするな」

「うん……」


「リーラ、これからどこへ行くんだろう? 南といっても広いし、一番近くの村だって人間の足で歩いて半日以上かかるし」


「私の実家でも猫を飼っていたけれど……いつも家の中でのんびりお昼寝してた。リーラ、ひとりぼっちで生きていけるのかな?」


 リーラを心配するヴェロニカと七緒に、横からベッキーが教えてくれる。

「大丈夫だ。猫ってたくさん歩けるし移動もするんだ。家の中だとのびのびぐでんとしているけど、意外と頑張り屋さんなところもあるんだぞ」


「そうなんだね、知らなかった」

「オレたちはリーラが無事に安息の地へたどり着けるよう祈るだけだな」


 たった一人、ティナだけは微動(びどう)だにすることなく、リーラが去っていった方をじっと見つめ続けている。その横顔は凪いだように、何の感情も浮かんでいない。


 大丈夫だろうかと七緒が心配した刹那、ティナの薄いローズ色をした瞳から次から次へと大粒の涙が零れ落ちる。


「ティナ……」


「……分かってる。分かってるよ……リーラのためには仕方がないことなんだって。本当は笑顔で見送ってあげるべきなんだって。でも……やっぱりお別れは淋しい……! 悲しいよ……‼」


 ティナは両手で目元を拭うものの、溢れる雫は止まる気配がない。彼女の細い肩は呼吸をするたびに、小さくしゃくりを上げてはねる。どうにか悲しみを押し殺そうとしているのだろう。その姿が逆に痛々しくて、七緒は胸が締めつけられるようだった。


 こういう時、なんて言葉をかけたらいいのだろうか。ティナをどう励ましたらいいのだろう。七緒は自分の不器用さが歯痒(はがゆ)くてならない。


 その時だった。ベッキーがそっとティナに寄り添うように隣に立つと、自分の左手とティナの右手を重ね合わせ、ぎゅっと握りしめた。ティナは驚いたように顔を上げる。


「ベッキー……?」


 涙を湛えた目を瞬かせるティナに、ベッキーは力強い光を宿した琥珀色の瞳を向ける。


「泣かないで、ティナ……ティナにはベッキーがいるぞ。ティナが淋しくならないように、ベッキーがずっとそばにいるから。ティナはずっとベッキーを守ってくれたけど、ベッキーだって……同じようにティナを守れるんだぞ!!」


「ベッキーはティナの(グラディウス)だから……ティナはベッキーの一番大切なパートナーなんだから! だからベッキーはティナと絶対に『お別れ』しないんだ‼」


 ――ティナと接続(リンク)できなくなったらどうしよう。ティナの(グラディウス)でなくなったら、自分の居場所もなくなってしまう。そう言って泣いていたベッキーは、もうどこにもいない。


 ベッキーにももちろん、ティナを案じる心や大切にする気持ちはあったに違いない。けれど、二人はずっと一緒に助け合って生きてきた幼馴染(おさななじみ)だから、いつしか互いの存在が当たり前になっていたのだろう。


 けれど、今回の件でベッキーも気づいたのだろう。ティナがリーラと『お別れ』をしなければならなかったように、ベッキーとティナにもいつその時が来てもおかしくはない。


 ティナがそばにいることも、ベッキーがそばにいることも、決して当たり前じゃない。ただ、普段は鈍感になっているだけで、『お別れ』はいつだってすぐそこに待ち構えているのだと。


 ベッキーの言葉が意外だったらしく、ティナは大きく目を瞠ったものの、。ベッキーがにっこりと笑ったのを見ると目元を緩め、重ねられたベッキーの手をぎゅっと握り返した。


「……ベッキーだってリーラとお別れするのが悲しいくせに……無理をしているのが見え見えだ。柄にもなく用意がいいし、ベッキーのくせに大人びた表情して私にも……何だか優しいし」


「ベッキーだってたまには頑張るんだぞ。ティナのためなら、柄にもないことだってへっちゃらだ!」


「そっか……やっぱりベッキーは私の(グラディウス)だな」

「そうだぞ! ベッキーの聖杯(カリフ)もティナだけだ!」


 勢いよく「うんうん」と頷くベッキーを目にして、ティナにもようやく笑顔が戻る。そして二人は並んで仲良く手を繋ぐと、いつまでもリーラの去っていった森の奥を見つめていた。


 まだどこか冷たさの残る風が木々の枝葉を揺らし、ベッキーとティナの髪を撫でていく

けれど、二人の繋いだ手が離れることはもうない。


 ヴェロニカと七緒もまた並んで、手を繋ぐティナとベッキーの後ろ姿を見つめた。


「やれやれ……一時はどうなる事かと気を揉んだけど、どうやらうまく仲直りできたみたいだ。あとは接続(リンク)が成功するかだけど……あまり心配なさそうだな」


「やっぱり(グラディウス)聖杯(カリフ)って特別な関係なんだね。ティナとベッキーはもともと幼馴染みだけど……それだけじゃない。だって二人とも喧嘩をしていた時よりずっといい表情をしているもの。リーラとの悲しいお別れだって、こんなに素敵な思い出に変えてしまえる……それが絆の力なんだと思う。二人が仲直りできて本当に良かった」


 そもそもティナとベッキーの喧嘩は、どちらかが一方的に悪いという類のものではなかった。ティナはベッキーを想って行動し、ベッキーもまたティナのことが大好きだからこそ、このような大騒ぎになってしまった。


 互いのことを大切に想い合ったゆえに、少し行き違いが生じてしまっただけ。そんな二人の絆の強さに、七緒は羨ましいとさえ感じてしまう。


(そういえば……ヴェロニカは私が隠し事をしていると気づいていたみたいだけど、あまり詮索してこなかった。ベッキーはあれほどティナが何をしているか知りたがっていたのに……ヴェロニカは私が隠し事をしても平気なのかな……?)


 そう考えると少し寂しいような気もする。ヴェロニカは七緒が隠れて何かしていることに気づいていたけれど、それを探る言葉は口にしなかった。七緒にとっては有難いことだし、初めは信頼されているようで嬉しくもあったけれど、こうして冷静に考えてみると、ふと疑問が頭をもたげてくる。あの時ヴェロニカが何も言わなかったのは、彼女が優しくて寛容だからだろうか。


(ひょっとして――あたしに興味がないだけじゃないのかな……?)


 どうにも気になって、七緒はちらりとヴェロニカへ視線を向けるものの、彼女が何を考えているのかは分からない。直接、聞いてしまえば話は早いのだろうけど、終わった話を今さら蒸し返すのも気が引ける。それに、せっかくティナとベッキーの仲直りがうまくいったのだから、わざわざ水を差すような真似はしたくなかった。何となく釈然(しゃくぜん)としないものを感じつつも、七緒はそれを胸の奥に仕舞い込んだ。


 そうこうしているうちに時計塔の鐘の音が鳴り、昼休憩が終わったことを告げる。


(今はあれこれ考えるのはやめよう。せっかくティナとベッキーが仲直りしたんだもの)


 それに今、ヴェロニカは七緒のそばにいる。七緒を聖杯(カリフ)だと認めてくれているのだ。接続(リンク)にも問題はないし、第二部隊の黒猫として着実に経験を積んでいる。


 ティナとベッキーは強い絆で結ばれているけれど、七緒とヴェロニカだって二人に負けないくらいの関係を築いていけるのだから。


 未来はいくらでもつくることができる。そう――生きている限りいくらでも。七緒は右手を胸元でぐっと握りしめ、自分にそう言い聞かせるのだった。

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