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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第三章 ティナとベッキー編
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第三十五話 大きな亀裂

 その日の深夜、ヴェロニカの言う通り魔女が襲来(しゅうらい)してきた。と言っても、魔女の出現には決まった周期(しゅうき)があるらしく、今夜の討伐も予定通りだ。


 今まさに午前零時を迎えようとしている冴え冴えとした夜空には、美しくも鋭い三日月が白々と浮かび上がっている。七緒はいつも通り戦闘服(ストラ)に着替えると、城壁(トイコス)の上にある広々とした踊り場――アルクスへと向かう。


 踊り場(アルクス)の上にはヴェロニカや他の黒猫たちも集まっており、みな七緒と同じようにそれぞれ戦闘服(ストラ)を身にまとっている。戦闘服(ストラ)はどれもオーダーメイドで、色こそ黒に統一されているものの、ドレスや小物のデザインは一人ひとりに合わせて違う。そのため、黒猫たちがアルクスに集う光景はまるで舞踏会さながらの華やかさだ。


 その中にはティナとベッキーの姿もあった。ちなみにティナの戦闘服(ストラ)は可愛いフリルのワンピースで、ベッキーの戦闘服(ストラ)はカボチャのように膨らんだキュロットが特徴的な衣装だ。二人の雰囲気にとてもよく似合っている。


 しかし、ティナとベッキーの様子はどこかぎこちなく、わだかまりが溶けていないのだろう。よく見ると目を合わせることもなければ、声を掛け合うこともない。ティナはリーラのことをベッキーに話してみると言っていたけれど、この様子だとまだ秘密を打ち明けられずにいるらしい。


 見るからに険悪(けんあく)な雰囲気ではないので、他の黒猫は気づいていないようだけれど、事情を知る七緒は二人のことが心配でならなかった。


(ティナとベッキー、仲直りが上手くいっていないみたい……。大丈夫かな?)


 黒猫は二人揃って初めてひとつになれる。(グラディウス)聖杯(カリフ)、どちらか片方だけでは不完全な存在なのだ。ティナとベッキーは、二人とも心細い思いをしていないだろうか。同じ黒猫だからこそ、七緒は二人の心境が気になって仕方ない。


 その刹那、学校(エスクエラ)の中心部にある時計塔がガラーン、ゴローンと重々しい鐘の音を鳴らして、午前零時の到来を告げた。それと同時にスィスィアの森の奥がざわざわと騒がしくなり、アルクスの上に集った黒猫たちに、にわかに緊張が走った。


 黒々と広がるスィスィアの森。その向こうに現れた真っ黒な影がどんどん膨らんで、山のように盛り上がっていく。やがて月下のもと、異形なる魔女の姿が照らし出された。


 そのまま闇に吸い込まれそうなほどまっ黒な胴体は立体感が欠如し、両脇から生えるひょろりとした触手のような両腕は、胴体に比して気味が悪いほどに細長い。頭部に向かって伸びる細長い首の先には、白いくちばしを象ったマスクがついている。細かい違いは多少あれど、魔女に違いない。


 あまりに(いびつ)で不気味なフォルムは、とても自然界に存在する生き物とは思えない。まさに化け物という言葉がぴったりだ。しかし異形の化け物を目の当たりにしても、黒猫たちに臆する様子は微塵(みじん)もない。


「……現れましたわね!」

「さあ、手際(てぎわ)よく終わらせてしまおう!」


 コーデリアとロビンがそれぞれ挑発的な笑みを浮かべると、それぞれの聖杯(カリフ)であるノエルとクロエも口を開く。


「そだねー。魔女退治で貴重な睡眠時間を削られるのはゴメンだよ!」

「あら、ノエルは授業中でもお構いなしに寝てるじゃない」

「もう、クロエってば~! そこは突っ込まずに無視するとこでしょ!」


 黒猫たちがこうして軽口を叩き合うのは緊張をほぐすためだ。身も心もガチガチに張り詰めていたのでは、実力を出し切ることなどできない。まだ経験が浅い七緒はそんな余裕すらなくて、緊張や不安に襲われて思わず肩に力が入りそうになっていると、ヴェロニカが「大丈夫だ、ナナオ」と軽く背中を叩きながら微笑みかけてくる。


「訓練通りに行こう。オレ達なら絶対にできる……!」


 ヴェロニカの蜂蜜色(はちみついろ)の髪が月光を映して美しく輝く。戦闘服(ストラ)を身にまとった彼女は神々しいほど気高く、七緒にたくさんの勇気をくれる。おかげで七緒もようやく落ち着きを取り戻すことができた。そう、七緒は一人ぼっちではない。ヴェロニカがそばにいてくれる。二人一緒なら、どんな手強い魔女が相手でも、きっと乗り越えられる。


 第二部隊の黒猫が互いに声を掛け合っていると、一羽のまっ黒なカラスが飛んできた。この指令カラスは、レティシアの命令を伝える通信機のような存在だ。レティシア本人は他のレイヴンや大レイヴン、サーパントらと共に時計塔の地下にある指令室にいて、黒猫たちの戦いを見守っている。指令カラスはレイヴン・レティシアの声で黒猫たちに指示を飛ばす。


「みんな、よく聞いて! 敵の魔女はごく一般的なタイプ、従って攻撃もいつも通りのフォーメーションが最適だと予想されるわ! 落ち着いて対処すれば難なく倒せる相手よ! ……とはいえ、くれぐれも油断はせず、慎重にね!」


「はい‼」

「準備はいい? 接続(リンク)が済んだペアから出撃開始よ‼」


 毅然(きぜん)としたレティシアの命令を受けて、接続(リンク)をした黒猫たちはスカートを裾をふわりと広げて宙に浮かぶと、次々とアルクスから飛び立っていく。ヴェロニカも七緒に向かって片手を差し出した。


「オレ達も行こう、ナナオ!」

「うん!」


 ところが、ヴェロニカと七緒が接続(リンク)しようと手と手を重ね合わせた瞬間。後ろのほうでバチッと何かが爆ぜるような音がした。まるで激しい感電を起こしたような鋭い光に続いて、鮮やかな火花(スパーク)が散る。


 いったい何が起こったのだろう。七緒は驚いてヴェロニカとの接続(リンク)を中断し、背後を振り返ったところ、ティナとベッキーがショックを受けた様子で呆然(あぜん)と立ち尽くしている。よく見ると二人とも、それぞれの片手――接続(リンク)させている右手と左手を小さく震わせていた。


「二人とも、どうしたの⁉」

 七緒が慌てて駆け寄ると、ティナはすっかり蒼白(そくはく)になって狼狽(うろた)えていた。


「わ……分からない。いつもみたいに接続(リンク)しようとしたら、見えない力に弾かれたんだ!」

「弾かれた……?」 

「ベッキーの魔法(マギア)が弾いたってことか?」


 二人を心配したのだろう。そう推測を口にしながら近づいてくるヴェロニカに、体を強張らせたベッキーが反射的に首を振る。


「ベッキーは何もしてない! 今のはきっとただの事故だ! ティナ、もう一度、接続(リンク)しよう!」

「う……うん!」


 再び右手と左手を重ね合わせ、接続(リンク)に挑戦する二人だけれど、結果はやはり同じだった。パシッという甲高い破裂音とともに火花を散らしながら、重ねた手と手を弾いてしまう。まるで互いの存在を拒否しているかのように。接続(リンク)ができない――その現実を突きつけられたベッキーとティナはひどく動揺してしまう。


「な……何で? 何で、何で何で⁉」

「こんな事……今まで一度も無かったのに……‼」


 その光景は七緒にとってもショックだった。

「ベッキーとティナに何が起こっているの……⁉」


 七緒が茫然(ぼうぜん)としながらつぶやくと、ヴェロニカも眉根を寄せて口を開いた。


「もしかしたら……オレとナナオの時と同じかもしれない」


 どういうことだろう。七緒とティナ、そしてベッキーの視線がヴェロニカへ集中した。ヴェロニカは軽く握った右手をあごに添えると、考え込むように説明する。


「オレとナナオは最初、互いに心を開けなくて……信頼関係を築けなかったから接続(リンク)できなかった。同じことがティナとベッキーにも起こってるんじゃないか?」

「つまり……ティナとベッキーは喧嘩をしているから、そのせいで接続(リンク)が上手くいかないってこと?」

「ああ。時々、そういう事が起きると聞いたことがある」


 七緒の問いにヴェロニカは答えるけれど、納得がいかないティナは上擦(うわず)った声で反論した。


「……でも! ナナオとヴェロニカは初めての接続(リンク)だったからだろ? 私とベッキーは、ついこの間まで普通に接続(リンク)できてたんだ! それに私たちの間で喧嘩(けんか)は珍しいことじゃない! どうでもいい事でよく言い争いになるし……それなのに何で今回に限って急に接続(リンク)できなくなったんだ⁉」

「そうだ! 何かヘン……何だかヘンなんだぞ!」


 ベッキーも口を揃える。そう言われてみれば、ティナとベッキーはトラブルを抱えているとはいえ、出会ったばかりの頃の七緒とヴェロニカほど関係が冷え切っているわけではない。それなのに急に接続(リンク)できなくなるなんて有り得るのだろうか。


「ヴェロニカ……どう思う?」

 七緒はそう尋ねるけれど、ヴェロニカも困った様子で首を振る。


「オレも詳しくは分からない。接続(リンク)はとても繊細で、ペアによって成功する条件が違ったりするからな。一概(いちがい)には言えないけど……二人の魔法(マギア)がお互いを拒絶しあっているのは確かだ。だからあんなに魔法(マギア)火花(スパーク)が散るんだろう。たぶん……どちらか一方に問題があるわけじゃなくて、互いが何かわだかまりを抱えているんだと思う」

「そんな……」


 だとすると、心当たりは一つしかない。

(それじゃ……ティナとベッキーはリーラのことで喧嘩してしまったから、それが原因なの……?)


 その時、七緒たちがまだアルクスに留まっているのに気づいたレイヴン・レティシアの指令カラスが、ひらりと舞い戻ってくる。指令カラスは七緒たち四人の頭上を旋回しながら、レティシアの指示を伝えた。


「ヴェロニカ=ナナオ組、そしてベッキー=ティナ組! 何をしているの? 早く接続(リンク)をして出撃しなさい!」


「ベッキー! もう一度、接続(リンク)してみよう!」

「う……うん、分かったぞ!」


 ティナとベッキーは顔を見合わせ、頷き合う。しかし、何度挑戦してみても結果は同じだった。何故だか魔力(マギア)循環(じゅんかん)せずに、お互いを弾いてしまうのだ。接続(リンク)しようとするたびにバチッと鋭い|衝撃が走り、繋いだベッキーとティナの右手と左手が、それぞれ反対方向に跳ね返されてしまう。


「やっぱり駄目だ……接続(リンク)できない……!」

「ど……どうしよう? ベッキーはティナの(グラディウス)なのに……‼」


 二人ともすっかり途方に暮れて、涙目になってしまう。ティナは細い肩を震わせているし、ベッキーもカボチャパンツの(すそ)を両手でぎゅっと握りしめている。


 何か接続(リンク)できない事情があったことを察したレティシアは、すぐさま命令を変更した。

「仕方ないわ。ベッキー=ティナ組はアルクスで待機(たいき)! ヴェロニカ=ナナオ組は接続(リンク)が済み次第、魔女討伐に加わって!」

「わ……分かりました!」

「……」


 ティナとベッキーはショックを隠し切れないらしく、二人とも茫然自失(ぼうぜんじしつ)の状態で、互いに声を掛け合うどころか、視線を交わす余裕すらない。七緒とヴェロニカはそんな二人を案じつつも、レティシアの命令に従って魔女討伐へと加わった。


 黒猫の魔女討伐はフォーメーションと呼ばれる連携攻撃を重視している。単騎で戦うことは無いかわりに、それぞれのペアに役割が与えられていて、集団で『狩り』を行うのだ。そうすれば一人一人の負担が軽くて済むし、普段の訓練も反映しやすい。裏を返すと、メンバーが一人でも欠けてしまうとフォーメーションが生かしにくくなる欠点もある。


 だからいくらティナやベッキーのことが心配でも、七緒やヴェロニカが討伐から抜けるわけにはいかなかった。いや、ベッキー=ティナ組が戦えないからこそ七緒たちが頑張らなければ。


 魔女討伐は問題も無く順調に進んだ。第二部隊と第三部隊が魔女の動きを撹乱(かくらん)しつつも封じこめ、第一部隊がその巨体から伸びた首の先についている、白い鳥を象ったペストマスクを粉砕する。


 仮面の下から顔を覗かせた魔女の(コル)を、第一部隊のエースであるアーテル=ドロシー組が大剣を一閃して破壊する。すると魔女は巨体を保つことができなくなり、ドロドロと黒い体を溶かしながらゆっくりと闇のようなスィスィアの森へその身を沈めていった。


 討伐を終えた黒猫は、指令カラスからレイヴンの指示を仰ぎつつ、続々とオラシオンへ帰還(きかん)し始める。いつも通りに――ティナとベッキーの二人を除いては。


「ナナオ、オレ達も戻ろう」

「うん……」


 無事に魔女討伐を終えたにもかかわらず、どこか元気がない七緒に、ヴェロニカもすぐに気づいたらしい。


「ベッキーとティナのことが心配か?」

「私は二人のトラブルの原因を知っているから……どうしても気になってしまって。……ごめんね、本当は魔女討伐に集中しなければならないのに」


 七緒は討伐に出撃する際、ヴェロニカがそばにいてくれて心から安心した。恐ろしい魔女と戦わなければならない討伐の夜は、いつも不安でいっぱいだ。オラシオンに来てから五回以上は出撃しているけれど、何度、経験を重ねてもなかなか慣れることはない。だけど、ヴェロニカが一緒にいてくれるだけで勇気づけられるし、どんな相手であろうと怖くないと思える。


 それはほかの黒猫も同じだろう。(グラディウス)がいるから聖杯(カリフ)は勇気を振り絞れるし、聖杯(カリフ)がいるから(グラディウス)も奮起して戦える。それを身を以て知るからこそ、七緒は接続(リンク)できないティナやベッキーの不安がよく分かった。


 アルクスの上では、今もティナとベッキーが頼りなく佇んでいる。彼女たちを心配して見つめる七緒に、ヴェロニカは優しく微笑んで言った。


「気にするな、たまには調子の出ない日もあるさ。それにオラシオンにいる限り、魔女討伐の機会はいくらでも訪れる。ナナオの調子が悪いときはオレがナナオを支えるし、オレの調子が悪いときはナナオに頼る。それがパートナーだからな」


「ヴェロニカ……」


 ヴェロニカの言葉は嬉しいけれど、時には二人一緒に不調に陥ってしまうこともあるだろう。たとえば少し前の七緒とヴェロニカのように。そして今のベッキーとティナのように。


 ティナとベッキーはこじれた関係を修復し、再び接続(リンク)できるだろうか。もし元に戻れなかったら――そう考えると、七緒は余計に二人のことが案じられてならないのだった。

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