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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第三章 ティナとベッキー編
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第三十四話 大切だから

 その日のお昼休みも七緒はランチボックスにご飯を詰め、学校(エクスエラ)の裏手を回って、いつものようにモクレンの木を目指していた。すると案の定、ティナが先に来ていて、リーラの世話をしていた。そばに包帯や消毒液の入った薬箱が置いてあるから、どうやらリーラの足の傷の手当てをして、包帯を取り換えていたものらしい。


「ティナ!」

「ナナオか……今日も来てくれたんだな」


 七緒が近づいて声をかけると、ティナは弱々しく微笑を浮かべながらこちらを振り返った。いつもより元気がないのは、やはりベッキーとの喧嘩(けんか)が影響しているのだろう。七緒はティナのそばにしゃがむと、彼女の手にじゃれついているリーラの足元を(のぞ)きこんだ。


「リーラの包帯を変えたの? 怪我の具合はどう?」

「傷口はだいぶ塞がっている。順調に回復しているみたいだ」

「そう……良かった」


 七緒はほっとして答えるものの、そこで会話が途切れてしまった。ティナは気落ちした様子でぼんやりと遠くを見つめるばかりだ。リーラはというとティナにあごを撫でてもらってご機嫌で、どうしようかと悩んでいる七緒の気も知らないでゴロゴロと無邪気に喉を鳴らしている。


 どこか上の空でリーラの喉を撫で続けるティナに、七緒は意を決して口を開く。

「あのね、ティナ。話があるの。リーラのことをベッキーに教えてあげることはできないかな?」 

「ナナオ……」


 まさか七緒がそのようなことを言い出すとは思わなかっただろう。ティナの眠たそうな瞳がわずかに見開かれる。


「ベッキーは何て言うか……そそっかしいところがあるのかもしれない。でも決して悪気があるわけじゃないし、何よりベッキーはティナのことが大好きだと思うの。だから、理由を話してお願いすればちゃんと約束を守ってくれるんじゃないかな? リーラもきっとベッキーのことを好きになると思う。だから……」


 一生懸命に思いを伝えようとする七緒の言葉に耳を傾けていたティナだけど、だんだんと表情を曇らせると、ぽつりとつぶやいた。


「……。ナナオはベッキーのことをどう思う?」

「どうって……」


 いきなり投げかけられた質問の意味を図りかねたものの、七緒はなるべく思ったままを口にしてみる。


「いつも明るくて無邪気で、場の雰囲気を明るくしてくれるムードメーカーみたいな子……かな?」


「そうだよな……ベッキーは無神経でいつもバカみたいに騒いでるし、何にも悩みなんて無さそうな能天気な奴に見えるよな」


(そ……そこまでは言ってないけど……)


 どう答えて良いか分からず苦笑いを浮かべる七緒に構わず、ティナは話を続ける。

「ああ見えて……ベッキーはとても繊細(せんさい)で傷つきやすいんだ。ポムが死んだ時も……村が内戦で焼き払われた時もそうだった」


「ポムって……このあいだ話してくれたリンゴ好きの猫のことよね?」


「ポムはおばあちゃん猫だったから……いつも足が痛い腰が痛い、目や耳も遠くなるって言ってたんだ。ママの話だとポムは私やベッキーが生まれるずっと前から村にいたから、たぶん……二十年近く生きたんだと思う」

「そう……とても長生きだったのね」


 それを聞いて、七緒は少しだけほっとしてしまう。見たことも触れたこともない猫のことだけど、長生きできたなら良かった。そんな七緒の様子を見てティナも微笑む。


「ポムが死んだのはまだ村が平和だった頃で、ある日、ふといなくなってしまったんだ……。猫って死ぬ時そうなんだ、突然いなくなっちゃう。あれ、おかしいな。まだ帰って来ないのかな……そう思ってひたすら待ち続けたんだけど、ある時、気づいてしまったんだ。ああ、ポムはもう戻ってこないんだ。もう……二度と会えないんだって」


 その時のことを思い出してしまったのだろう、ティナの目にも涙が滲んでいる。

「ポムがいなくなって、私ももちろんショックだったし落ち込んだけど、ベッキーの落ち込み具合はそんなものじゃなかった。元気がなくなって、まったく笑わなくなって……村の入口に座りこんだまま、ポムが帰って来るのをずっと待ち続けてたんだ。ティナが元気を取り戻して、また笑えるようになるまで何か月もかかった」


 ティナにとって、ポムの死はもちろん辛く苦しいことだったに違いないけれど、それ以上に幼馴染みのベッキーの変わり様が堪えたのだろう。


「……村が焼かれた時もそうだった。パパとママが逃がしてくれたおかげで、私とベッキーはどうにか生き残ることができた……それから長い放浪生活が始まったんだけど、ベッキーは人が変わったみたいだった。表情が無くなって一日中ぼーっとしてて、まるで生きた人形みたいだったよ」


(信じられない……。あのベッキーが……)


 七緒は息を呑んだ。七緒の知るベッキーは元気溌剌(げんきはつらつ)とした、とても表情豊かな少女だ。良く笑い、よく喋り、ベッキーがいるだけでまるで雲間から太陽が差しこんだみたいにその場が明るくなる。あのベッキーから笑顔が消えてしまうなんて信じられない。


「その間、ずっとティナがベッキーのことを守って、そばで支えてあげていたのね?」


 七緒が尋ねると、ティナはこくりと頷く。

「……あいつが今みたいに元気を取り戻したのはオラシオンに来てからだ。ベッキーは底抜けに明るい性格に見えるけど、本当はそうじゃない。普段は明るいぶん、落ち込んだら回復するのに時間がかかる。だから……ベッキーにはリーラのことを打ち明けたくない。ベッキーも猫が大好きだし、リーラのことを知ったらすごく喜ぶと思う。頼んだら秘密も守ってくれるかもしれないけど……その先には間違いなく『お別れ』が待ってるから」


「……ティナはベッキーに傷ついて欲しくないから、だからリーラのことを内緒にしておきたいの?」

「ベッキーのこと信用していないわけじゃないけど、私はあいつを守ってやりたいんだ。私にとってベッキーは……家族みたいなものだから」

「ティナ……」

 

 七緒にも双子の姉妹はいるけれど、一緒に遊んだことも、親しく言葉を交わしたこともない。だからティナとベッキーを見ていると、仲の良い姉妹がいたらこんな感じなんだろうかと、つい想像してしまう。

 

 ティナは目元に浮かんだ涙をごしごしと拭って、重たい空気を振り払うように明るい声を出して言った。


「まあ……これは私の考えであって、ベッキーが喜ぶかどうかは分からないけどな。ベッキーはワガママなところがあるし、甘えん坊だから」


「ううん、ティナはベッキーのことをよく知っているもの。きっとベッキーも、ティナの気持ちを分かってくれると思う。ただ……パートナーに隠し事をされる辛さは私も分かる気がするな」


「え……」

 七緒の言葉にティナは一瞬、虚を突かれたような顔をする。

 

「もしヴェロニカが隠し事をしていて、しかも私に知られないよう秘密にされたらすごくショックだし……何があったんだろうって気になると思う。相手に嫌がられるって分かっていても、しつこく尋ねてしまうかもしれないし、尾行(びこう)してしまうかもしれない」


 ティナは意外そうに目を丸くする。

「……ナナオが? ヴェロニカを尾行するのか?」

「そ、それくらい気になって仕方がないってこと!」


 七緒は慌てて誤魔化(ごまか)してみたけれど、心の中では冷や汗を垂らしていた。 


(でも実際に隠し事をされたら私、本当にヴェロニカを尾行してしまうかもしれない。こういうのって『ストーカー』っていうんだっけ……あまり良いことじゃないんだろうけど……)


 我ながら尾行している自分の姿が目に浮かんで、恥ずかしさで赤面しそうだ。もしヴェロニカに隠し事をされたら、それがどんな些細(ささい)な内容であっても七緒は知りたくて仕方がないだろう。どうして隠しているんだろう。何を隠しているんだろう。寝ても覚めても気になって、一日中そわそわしてしまうに違いない。


 決してヴェロニカを信頼していないわけではないけれど、ヴェロニカを信じているからこそ、どんな秘密でも打ち明けることのできる関係になりたいのだ。


 そのせいか、七緒はベッキーの気持ちも理解できるような気がした。七緒がヴェロニカのこととなると理性的でいられなくなるように、ベッキーもティナのことになると平常心を失ってしまうのかもしれない。


 「……聖杯(カリフ)(グラディウス)はただのパートナーというだけじゃなくて、互いの命を預け合う特別な関係だと思うの。私にとってヴェロニカは特別な存在だし、ベッキーにとってティナも同じくらい特別なんじゃないかな?」


「それはそうだけど……」


 それでもまだ迷っているティナの手に、リーラが「みゅうう」と鳴いて頭をすり寄せてくる。七緒は尋ねた。


「リーラは何て言ってるの?」

「リーラも私の友達に……ベッキーに会いたいって言ってくれている。リーラは人間が苦手だけど、私とナナオの友達なら会ってみたいって」


 七緒は思わず笑顔になる。

「何だか嬉しい。私たちリーラに信用されてるんだね。それに……ひょっとしたらリーラも友達がたくさん欲しいと思っていたのかも。たとえリーラと別れることになっても、思い出は残るでしょう? 悲しい思い出のせいで辛い思いをすることもあるけど、きっとそれが全てじゃない。楽しい思い出や嬉しい記憶を残すことだってできるんだもの」


 ティナやベッキーの中でポムが大事な思い出となっているように、リーラとの出会いも二人にとって宝物になるかもしれない。別れの悲しみは避けられなくても、出会えた喜びが消えることはないのだから。熱心な七緒の説得に心を動かされたらしく、ティナも少しだけ迷いが晴れた表情になる。


「そうだな……私はベッキーが傷つくんじゃないかっていう悪い面ばかり見てて、良い面を見てなかったかもしれない。……ちょっと考え直してみるよ」

「うん、それが良いと思う!」


 七緒は大きく頷いた。ティナが心変わりしてくれて良かったと心の底から思う。このままではティナとベッキーの仲がこじれるばかりで、互いにとって不幸なだけだ。それにティナとベッキーは何でも支え合って乗り越えてきた。だから、たとえリーラとの別れが辛いものだとしても、二人一緒ならきっと乗り越えられる。


(ティナは意地悪でベッキーに隠し事をしてるんじゃない。むしろベッキーのためを思ってリーラのことを秘密にしているのに。そのせいで二人の仲が険悪(けんあく)になってしまうなんて、そんなの悲しすぎる。ティナとベッキーには仲良くして欲しい。だって……本当は二人とも互いを大事に思っているのだから)


 それからリーラは「にゃぁん!」と律儀(りきぎ)に鳴いて別れを告げると、木々の向こうへと姿を消していった。


 それから七緒はティナと学校(エスクエラ)へ戻ろうと歩き出したけれど、途中で医院(ホスピターレ)の前に差しかかった時、医院(ホスピターレ)に常駐している医師(オウル)から呼び出されているとティナに告げられて、七緒は一人で学校(エスクエラ)に戻ることになった。


 朝からずっと薄曇りという微妙な天気のせいか、中庭で過ごす黒猫たちも数が少ないような気がする。人影がまばらなせいか、中庭の中央にあるハナミズキのピンク色の花が一層、映えて見えた。ふとその木の下に蜂蜜色(はちみついろ)の金髪が揺れているのに気づいた七緒は、はっと息を呑んだ。ヴェロニカだ。


 ヴェロニカもすぐに七緒に気づき、こちらに駆け寄ってくる。どうやら七緒を待ち伏せしていたらしい。いったい何の用なのだろう。七緒はドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、ヴェロニカに尋ねる。


「ヴェロニカ、どうしたの?」

「どうもこうもナナオを探していたんだ。ちょっと……話があって」

「話……?」


 いったい何だろう。不思議に思って小首を傾げる七緒にヴェロニカは蜂蜜(はちみつ)色の長い髪をかき上げると、意を決したように口を開いた。


「ナナオ、ずっと言おうと思ってたんだけど……今度、オレと一緒に勉強しないか?」

「えっ……勉強? 一緒に?」


 意外な言葉が飛び出してきて七緒は目を瞬く。ヴェロニカはやけに真剣な瞳をして頷いた。

「……ノエルやプリシラに聞いたんだ。ナナオが授業について行くのに苦労しているって。よく考えたらナナオはデュシスに来て間もないから当然だよな。オレと一緒に勉強したら、少しはフォローできるかもしれない。魔女討伐のない日の夜、どちらかの部屋に集まろう。……どうだ?」


 そう尋ねられた七緒は、ぱっと瞳を輝かせた。

「あ……ありがとう! そうしてくれるなら、すっごく嬉しい‼」


「ははは、ナナオは色大袈裟おおげさだな。でも……喜んでくれて良かった。今晩は魔女討伐の日だから……勉強会は明日以降にしよう。オレがナナオの部屋に行ってもいいし、ナナオがオレの部屋に来てもいい。ナナオはどちらがいい?」


「……私、まだ寮の間取りを覚えてるわけじゃなくて、夜はその……何て言うか怖いし……」


 つい口にしてしまってから七緒は我に返り、真っ赤になる。

「その……ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ不気味だなって……!」


(私のバカ! 夜が怖いだなんて小さな子どもでもあるまいし……‼)


 七緒はヴェロニカの前では幼い子どもみたいになってしまうけれど、それをヴェロニカには知られたくなかった。ヴェロニカには隣に並ぶのに相応しい、対等なパートナーとして見られたい。だから何があってもヴェロニカには軽蔑されたくなかった。なかなかに欲張りな願望だと分かってはいるけれど。


 ヴェロニカは顔を真っ赤にして手を振る七緒に一瞬、きょとんとするものの、肩を揺らして笑う。


「ふふ……オレもオラシオンに来たばかりの頃は夜が怖かった。今ではすっかり慣れっこだから、ナナオもそのうち慣れると思うぞ。そうだな……じゃあオレがナナオの部屋に行くことにしよう」


「ありがとう、ヴェロニカ……! 私、ヴェロニカが来てくれるのを待ってるね!」


 ヴェロニカの気遣いはとても嬉しい。おまけに一緒に勉強するのであれば、それだけ長い時間、ヴェロニカといられる。七緒は喜びのあまり自然と頬が(ゆる)んでニヤニヤしてしまいそうになる。


(ヴェロニカが私の部屋に……何だか夢みたい! あ、その前にきちんと部屋を片付けなきゃ! ヴェロニカは私の部屋を見てどう思うんだろう? 和国から持ってきた市松人形を棚に飾ってあるけど、和国でも怖いって言う人がいるから、ヴェロニカを驚かせちゃうかも。片付けておいた方がいいかな? あと飲み物とか用意しなくちゃだし。そう考えると少し緊張しちゃうな……)


 新たに浮上してきた問題に慌ててしまったり、期待を抱いたかと思えば不安になったり、七緒の挙動(きょどう)は忙しい。


 こうしていると痛感させられる。こんなにも意識してしまうくらい、七緒にとってヴェロニカは特別な存在なのだと。そしてきっと、ベッキーにとってのティナも同じくらい特別で大事な存在なのだろう。


(ティナとベッキー、あの二人も早く仲直りして元に戻ったらいいのだけど……)


 しかし七緒の願いとは裏腹に、事態はより厄介(やっかい)な方向へ転がり落ちてゆくのだった。

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