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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第三章 ティナとベッキー編
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第二十八話 黒猫たちの昼休憩

「……ふぁ~、眠! 次の授業、何だっけ~?」

「カリキュラム表、持ってないの? ちなみに私は古代デュシス語よ」


「あ、どうしよ! 魔法(マギア)学って次、テストだったよね? あたし勉強してない!」

「失敗したわね。レイヴン・アーデルハイトは厳しいわよ。赤点出したら補習の上に反省レポートまで書かされるんだから」

「え、最悪!」


「……ああ~、お腹空いた。早くお昼、食べたーい!」

「本当ね。どうして勉強するだけで、こうもお腹が空くのかしら?」


 灰色の制服を身にまとい、取り留めのない会話を交わし合う少女たち。次の講義まで余裕があることもあって、学校(エクスエラ)は休憩時間特有の和やかな空気に包まれていた。そんな中、七緒は次の講義を受けるため、学校(エクスエラ)の重厚な石造りの廊下を足早に進んでいく。


 これから受けるのは《王国史》の講義だ。その名の通り、現在のデュシス大陸を治めているサンティ=ルクス王国の歴史を学ぶ授業で、王国の起源から歴代の王の名やその治世、文化まで幅広く学んでいく。


 ただ、和国の出身である七緒はサンティ=ルクス王国の歴史をほとんど知らない。だから《王国史》は苦戦を強いられている科目だ。和国にいた頃は和国の歴史を学んでいたし、サンティ=ルクス王国の名は知っていても、詳細までは教わらなかった。


 そもそもデュシスに来て日が浅いので、王国の歴史や文化を肌で感じることもない。《王国史》は七緒にとって初めて知る内容ばかりで、教科書の記述を一から覚えていかなければならず、ついて行くのがやっとという状態だ。


 《王国史》の講義が行われる教室は半円のすり鉢状になっていて、すり鉢の底に教壇があり、段になった机が囲み見下ろす形となっている。すでに多くの生徒がいて、めいめい好きな席に座っていた。生徒の席順は事前に指定されている講義もあれば、好きな席に座って良い講義もある。《王国史》の場合は後者だ。どうやら講義を担当する教師の方針によって変わるらしい。


 さっそく教室の中に入ると、七緒に向かって手を振る一団が目に入った。

「おーいナナオ! こっちおいでよ!」

「こっち、こっちー!」

「……ノエル!」


 七緒を呼んでいるのはノエルだ。他にもティナやベッキー、プリシラも一緒に座っているのが見える。みな第二部隊に所属している黒猫だ。席は自由であるため、ノエルたちは仲の良いメンバーで集まっているらしく、七緒も一緒に座ろうと声をかけてくれたのだ。


 訓練場でコーデリア=ノエル組と決闘してからというもの、七緒は第二部隊のメンバーと急速に打ち解けていた。ノエルやコーデリアはもちろん、他の黒猫たちも気さくに話しかけてくれる。もっとも、まだまだ距離を感じる黒猫もいるけれど。


 声をかけられた七緒は笑顔になり、教科書やノートを手にしたままノエルたちに近づいていく。


「みんなも《王国史・B》の授業を受けていたのね」

「《王国史》は必修科目だからねー。コーデリアやロビンたちは一緒じゃないけど、みんなもどこかで《王国史・A》の講義を受けているはずだよ~」


 ノエルはのんびりした口調で答えた。学校(エクスエラ)のカリキュラムには《魔法(マギア)学》や《王国史》といった必修科目と、《文化史》や《芸術》のような選択科目があり、その中から自分で選んで時間割りを組み立てることができる。あらかじめ必要な単位数が決められており、それを満たすよう計算して講義を選んでいくのだ。もっとも、必修科目は受講人数も多いので、AとBといった具合に分かれていることが多い。


 ノエルに続いてプリシラが口を開いた。プリシラはうすい紫がかった瞳の黒猫だ。バーントシェンナ色の、ゆるいウェーブのかかった豊かな髪を三つ編みにしていて、七緒とあまり年齢は変わらないはずなのに、とても大人っぽい印象を受ける。


「……ナナオがこの授業を受けていること、私たちずっと前から気づいてたんだ」

「そうなの?」

「僕たち、本当はもっと早くナナオに話しかけてみたかったんだ。……でもさあ、何となく声をかけらんなくって」


 ノエルも気まずそうに告げた。どういう事なんだろう。七緒は顔に疑問符を浮かべていると、プリシラが説明を付け加えてくれた。


「ナナオのパートナーはヴェロニカでしょう? それなのに、私たちが先に仲良くなっちゃうのはまずいんじゃないかなって。ナナオとヴェロニカ、最初はかなり危なっかしい雰囲気だったから……」


「だからさ、僕たち話し合って、少なくとも二人が接続(リンク)を成功させるまでは、あまり接触をせずに様子を見ようってみんなで決めたんだ」


 どうやら第二部隊のメンバーは、七緒が思っていたよりずっと七緒やヴェロニカのことを心配していたようだ。けれど、黒猫はパートナーと接続(リンク)できなければ、魔女を討伐することができない。どんなに他の黒猫と仲良くなっても、(グラディウス)聖杯(カリフ)の信頼関係をしっかり築けなければ、オラシオンにはいられないのだ。


 だから二人の邪魔をしないようにと、あえて距離を取る方法を選んだのだろう。みんな決して無関心だったわけではなく、七緒とヴェロニカの関係が上手くいって欲しいと願ったからこそ、黙って見守っていてくれたのだ。


「そう……気を遣わせてしまっていたのね。何だかごめんね」


 するとプリシラは真剣な顔をして小さく首を振る。

「ううん、謝るのはこっちだよ」

「……え?」


「私ね、ナナオの事を最初、何ていうか……何を考えているのかよく分からない不気味な子だなって思っていたの。いつも一人でいるし、誰にも話しかけないし……何だか自分の世界に閉じこもっていて、心を閉ざしている子っていうイメージだったの」


(あ……あながち間違いじゃないかも……)


 七緒には反論の余地もなかった。意図的に心を閉ざしていたわけではないけれど、七緒にとって和国ではそれが当たり前のことだった。自分の考えを押し殺し、決して目立たないように息を潜めて生きてきたから、いきなりデュシスに来て自由を得ても、どう振舞っていいのか分からなかったのだ。


 けれど、すぐにプリシラは七緒に柔らかい笑顔を向ける。


「でも、ヴェロニカと一緒にノエルやコーデリアと戦っていたナナオは、とても一生懸命で輝いていたし、勝った時はすごく嬉しそうで……その時思ったの。第一印象で全てを決めてしまうなんて間違ってるって」


「まあ、僕たちのペアは負けちゃったけど、ナナオとヴェロニカもすごく頑張ってたよ。僕ももう少しコーデリアの聖杯(カリフ)扱いが乱暴じゃなかったら、もっと粘れたかもだけどね!」


 そう言ってノエルは不服そうに頬を膨らませる。彼女は決闘にあまり積極的ではなかったけれど、勝負に負けたのは悔しいと思っているらしい。見た目はいかにものんびり屋だが、意外と負けず嫌いなところもあるようだ。それを見たベッキーがノエルをからかう。


「おー、ノエルが強がってるぞー!」


「強がってるんじゃなくて、真実を言ってるだけだよ! ベッキーは(グラディウス)だからぴんと来ないかもしれないけど、コーデリアは独裁者(どくさいしゃ)でいつも僕にひどい仕打ちをするんだ。僕は(しいた)げられているんだよ!」


 大真面目に反論するノエルに、七緒は心の中で苦笑する。

(ここにコーデリアがいたら、『人聞きの悪い事を吹聴するくらいなら、トレーニングの一つでもしてはどうかしら?』と言って怒るんじゃないかな……)


 コーデリアは黒猫の中でも背が低く、ノエルはもちろん七緒よりも低いくらいだけど、気の強さは誰にも負けていない。もっともノエルはノエルで、そんな『独裁者』のコーデリアにも負けずにマイペースを貫いているので、本人が訴えるほど虐げられているわけではないと七緒は思う。


 むしろ、のんびりし過ぎているノエルにつき合えるのは、コーデリアくらいのものだろう。本人たちは多少の不満があるかもしれないけれど、はたから見ると、とてもバランスの取れたお似合いの二人組だ。


「そう言えば……ティナとベッキーもペアなのよね?」

 七緒が尋ねると、ベッキーが身を乗り出して大きく頷いた。


「そうだぞー、ベッキーが(グラディウス)で、ティナが聖杯(カリフ)なのだ!」


 ベッキーはピンク色の髪をした元気いっぱいの少女だ。髪質がふんわりとしたくせ毛だけど、それが溌剌(はつらつ)とした彼女のイメージにぴったりだ。いたずら子猫のように好奇心で満ちた琥珀(こはく)色の瞳は、宝石のようにキラキラと輝いている。


「ベッキーとティナは、オラシオンに来る前からずっと一緒だったんだってさ」


 ノエルの言葉を聞いて七緒は驚いた。

「そんなに……? 仲が良いのね」


 すると今度はティナが静かに口を開く。

「仲が良いというか……ベッキーはフリーダムだからな。聖杯(カリフ)使いが荒いのは同じだぞ」


「……はえ? ベッキー、フリーダム?」


「急加速に急減速、急右折に急左折……接続(リンク)した後は軽く乗り物酔い状態になる……。今はもう慣れたけど、オラシオンに来たばかりの頃は三半規管(さんはんきかん)をやられて、いつもフラフラしてた」


 ティナはベッキーとは対照的な、物静かで落ち着いた少女だ。さらさらとしたストレートの淡いアッシュブルーの髪を頭の横でツインテールにしている。表情に乏しいところがあるせいか、薄いローズ色の瞳はどことなく眠たげに見えた。


 ちなみにベッキーとティナは第二部隊でも最年少のペアで、二人揃って小柄だ。背が小さいというより体が成長しきっておらず、顔立ちもまだ幼いことから、年齢そのものが低いのだろう。とはいえ、魔女と戦う時は彼女たちも立派な黒猫だ。


「確かに黒猫のペアの主導権は(グラディウス)が握ることが多いから……そう言われちゃうと(グラディウス)はちょっと肩身が狭いかも。責任も重大だしね」


 プリシラは困ったように笑った。そういうプリシラも(グラディウス)だ。彼女の聖杯(カリフ)はテレサという少女だが、七緒はまだ彼女のことをよく知らない。何しろテレサは輪をかけて個性的な黒猫なのだ。


 テレサはあまり他の黒猫と関わり合いにならない。ひとりで虚空を見つめていたかと思うと何事かつぶやいて立ち去り、気づけば隣に立っていてぎょっとさせられるけれど、いつの間にか姿を消してしまう。そんな謎多き少女だ。


 存在感があまりにも独特なせいか、他の黒猫たちもテレサはそういう子と受け入れてしまっているようだ。七緒も彼女とはしっかり話をしたことがない。


 ただ、みんなの話を聞いてひとつ気づいた事がある。七緒はティナやノエルのように振り回されたことがほとんど無い。接続(リンク)に不慣れなため、体力を消耗したり疲労することはあっても、度を越した不快感を感じたことはない。それは七緒の(グラディウス)であるヴェロニカが、細心の注意を払っているからだろう。


(ヴェロニカは、いつも私の事を考えながら飛んでくれているんだ……!)


 そう考えると、胸の中がじんわりと温かくなる。初めて出会った時、ヴェロニカは容赦なく七緒の髪を引っ張った。その時は何て酷いことをする人なんだろうとひどくショックを覚えた。もっとも、その激しさや荒々しさに惹かれたのも事実だったけれど、とにかく衝撃的だったのは間違いない。


 しかし、実際に(グラディウス)聖杯(カリフ)の関係になってみると、ヴェロニカはとても優しかった。口には出さずとも、七緒に負担がかからないよう配慮してくれる。他の黒猫たちと話していると、余計に実感するのだった。


 そんな話をしていると、ふと周囲の黒猫の会話が耳に入ってきた。

「あーあ、私、《王国史・A》のほうを選択しておくんだったぁ」

「《王国史・A》の担当教官は、サーパント・ライオネルだもんねー」

「どうせならイケメンの方がいいよねえ。実際、サーパント・ライオネルの授業は丁寧で分かりやすいって評判だよ」

「それにくらべて、サーパント・クレイヴは愛想(あいそ)無いしぶっきらぼうだし……」

「こう癒しがないよね。癒しが」

「そうそう!」


 それを聞いていた七緒は、これを機に前から疑問に思っていたことを尋ねることにした。


「ねえ、ずっと思っていたんだけど……。サーパントって……何?」


 オラシオンには黒猫を指導し、導く管理職が大きく分けて二種類ある。それがレイヴンとサーパントだ。魔女討伐で直接、黒猫を指揮するレイヴンは親しみがあるけれど、サーパントは接触する機会そのものが少なく、あまり馴染みがない。プリシラは言う。


「サーパントっていうのは中央のお城から送り込まれてくる官吏(かんり)のことよ。このサンティ=ルクス王国を統べる王様の命令を受けて派遣されるの」


「カンリ? 何だそれ。具体的に何をするんだ?」


 七緒に続いてベッキーも首を傾げた。官吏(かんり)という言葉にピンと来ないのか、ティナも不思議そうな顔をしている。するとノエルが肩を竦めて言った。


「要するに僕たちを見張ってるんだよ。オラシオンがちゃんと機能しているのか、黒猫がちゃんと働いているかどうか……目を光らせているんだ」


「そうなのか、プリシラ?」


「さあ……私もよく知らなくて。サーパントはレイヴンと違って黒猫と関わることも少ないし。でも、レイヴンはたいてい女性が務めるけれど、サーパントは男性が務めることが多いみたい」


 確かに七緒が知るレイヴンはレティシアをはじめ、みな女性である一方でサーパントは男性ばかりだ。偶然ではなく、昔からそういう決まりであるらしい。

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