第二十七話 新しい仲間
「……クロエはどうなんだ?」
ロビンに会話の矛先を向けられ、クロエは右手の人差し指で眼鏡を押し上げながらポツリとつぶやいた。
「まあ……最初からそういう条件だったし」
反対ではないが賛成でもない――クロエの態度は、そう物語っていた。
決闘に勝ったからといって、第二部隊の全員がすぐさま七緒を受け入れてくれるわけではない。七緒とヴェロニカに対する黒猫たちの視線は様々だけど、それでも彼女たちの眼差しは以前にくらべるとずっと好意的だ。決闘を通して、みなの七緒を見る目が変わったのだろう。ヴェロニカと七緒の二人で皆の信頼を勝ち取ったのだ。そしてコーデリアとノエルが、そのチャンスをくれた。
やがてプリシラがヴェロニカと七緒の目の前にやって来て、選手宣誓のように右手を上げた。
「みんなを代表して、私が言うね。……私たちはみんな、ヴェロニカ=ナナオ組を認めます。ヴェロニカ=ナナオ組は私たちと同じ第二部隊の黒猫であり、仲間として接することを誓います」
すると他の黒猫たちも口々にそれに続く。
「誓います」
「誓いまーす!」
「ああ、誓おう」
「誓う……です」
みな続々と誓いの言葉を立てていく。これで七緒とヴェロニカは第二部隊みんなの承認を得ることができた。同じ第二部隊の仲間だと、他の黒猫たちに認めてもらえたのだ。
「……! みんな、ありがとう!」
七緒の中で言い表しようのない感情が込み上げてくる。一ノ瀬家では誰とも関わらずに生きてきたから、誰かに認められることも、受け入れられるのも初めての経験だ。身体の底から喜びが湧き上がり、体の隅々まで力がみなぎっていく。
こんなに華々しい感情は、一人だった時には決して味わえなかったものだ。決闘に勝てる見込みも無かったし、負けた時のことを考えると不安しかなかったけど、それでも挑戦して良かった。
あの時、危険だからと逃げていたら、第二部隊の黒猫の信頼は得られなかっただろう。こうしてみなに囲まれ、祝福を受けることも無かったに違いない。
挑戦して良かった。剣がヴェロニカで良かった。頑張ってみて本当に良かった。七緒は自分がやり遂げたこと、何よりヴェロニカと成し遂げたことに膨れ上がるような喜びを感じていた。
「……ヴェロニカ! 良かったね!」
「やったな! ナナオ‼ ナナオが頑張ってくれたからだ!」
感動を露わにするヴェロニカに七緒はどきりとする。
「そう……かな?」
「そうだよ……自信持て!」
そう言ってヴェロニカは両手を差し出した。七緒はヴェロニカの手を両手で叩くと、パチンと弾けるような音が響き渡った。目一杯に喜んで、抱きついて来るヴェロニカの顔を見ていると、七緒の胸もあったかい気持ちに包まれた。
一方、ロビンは周囲を見回すとクロエの姿が無い。だがすぐにクロエが黒猫たちの輪から離れ、一人ぽつんと佇んでいることに気づいた。どうやらクロエ姫は、この展開がお気に召さないようだ。ロビンはさりげなくクロエに近づいていくと、小声で話しかけた。
「ふふ。済まないな、チーズタルトを頂くことになってしまって」
「それはいいのよ。でも……」
「でも?」
「やっぱり、あの子は好きじゃない」
「ナナオのことか?」
「ちょっと変わった力を持っているからって、ちやほやされると思ったら大間違いよ……!」
そう吐き捨てるクロエを、ロビンは無言で見つめていた。できるならクロエにもみなの輪に加わって欲しい。そして新しい黒猫とも仲良くして欲しい。でも、ロビンはそれを強制したくはなかった。クロエにはクロエの考えや感情がある。たとえ、それがロビンにとって好ましくないものでも尊重したかった。
ともかく、これで新入りの黒猫を巡るいざこざも一段落だろう。黒猫の多くがそう思ったが、事はそれで終わりではなかった。
その直後、訓練場にレイヴン・レティシアの大喝が響き渡ったのだ。
「ちょっと、あなた達! これは一体どういう事なの⁉」
この世の者とは思えぬほどの恐ろしい怒鳴り声に、黒猫たちは一斉に身を竦めた。
「あ、ヤバッ!」
「レイヴン・レティシアだ‼」
慌てて振り返ると、そこには鬼の形相をしたレティシアが腕組みをして仁王立ちしていた。レティシアはかなり頭にきているらしく、こめかみをぴくぴくと震わせている。
「見てたわよ。コーデリア=ノエル組、そしてヴェロニカ=ナナオ組! あなた達、決闘を行ったわね⁉ 私闘・決闘は規則で禁じられているはず……綱紀を破った者はどうなるか分かっているわね‼」
凄まじい迫力にノエルや七緒だけでなく、ヴェロニカやコーデリアまでぎょっとしたけれど、すぐにコーデリアがレティシアの前に進み出た。
「レイヴン・レティシア。全てはわたくしの責任です。罰を与えるなら、どうかわたくしだけにしてください」
「コーデリア……!」
七緒は目を見開いた。コーデリアは決闘の責を一人で負おうとしているのだ。
「ああいうトコあるんだよ。格好つけちゃってさ」
ノエルが囁くと、ヴェロニカも微笑を浮かべる。
「……ああ、知ってる」
けれど、それでレティシアの目を誤魔化すことはできなかった。
「それは|却下《きゃっか」ね。決闘は一組じゃできない。……対戦相手がいないとできないでしょう? だからコーデリア=ノエル組はもちろん、ヴェロニカ=ナナオ組にも罰を与えます。それから四人の決闘を傍観していた部隊員たちにも‼ 全員罰として訓練場を十周ランニングしてもらいます‼」
要するに連帯責任ということだろう。それを聞いた黒猫たちは揃って口々に悲鳴を上げる。
「どへ~~……」
「そんなぁ~~‼」
「ベッキー、走るの苦手~‼」
「つべこべ言わず、今すぐ開始! 三十分間走って、十分休憩、その後には今日の訓練もみーっちりしますからね‼」
「どひぃぃぃぃ~~~~ッ‼」
レティシアに急き立てられるように、黒猫たちは慌ててグランドを走りはじめた。コーデリアとノエルも他の黒猫を追うように走りはじめる。ノエルは疲労が激しいようだけど、少し休んで体力が戻ってきたのか足取りは軽い。
コーデリアはその後ろからノエルを気遣うように走っている。口では厳しいことを言ってノエルを小突いているけれど、その様子からノエルを心配しているのが伝わってくる。
最後尾は七緒とヴェロニカだ。ヴェロニカも疲れが残ってるのではないかと七緒の身を案じて顔を覗き込んでくる。
「ナナオ、走れるか?」
「うん、大丈夫」
「二人とも早く早く! 置いてくよー!」
「さあ、行こう!」
こちらに手を振るノエルに手を振り返しながら、ヴェロニカと七緒も他の黒猫たちを追いかけて走り始めた。
第二部隊の黒猫たちとグラウンドの外周を走っていると、以前には感じなかった不思議な一体感に包まれる。これまで七緒はずっと孤独で、外の世界と切り離されて生きてきた。この一体感は心地良いけれど、まだ慣れないから少しだけくすぐったく感じられる。
(私、一ノ瀬家にいた時には知らなかった。外の世界はこんなにも広いのだと。空はあんなにも青く澄んでいて、とても気持ちがいい場所なんだと。私たちの目の前には、まだまだ乗り越えなければならない事がたくさんあるけれど、ヴェロニカと二人なら、どんな壁だって越えてゆける)
この時の七緒は、それを心の底から信じていた。
翌日、七緒が学校の廊下を歩いていると、またもや例の三人組に絡まれてしまった。昨日、七緒を馬鹿にした第三部隊の黒猫たちだ。
三人組はお得意の通せんぼで七緒の行く手を塞ぐと、ニヤニヤと悪意に満ち笑みを七緒に向けるのだった。
「ちょっと、黄ばんだ東方人? まだオラシオンにいたんだ? 自分の国に帰ったのかと思ったのに!」
「相変わらず、ボッチなんだ? カワイソ―過ぎて何も言えないんだけど!」
「あんたなんかに第二部隊は荷が重すぎるわよ。っつーか、ナマイキなんですけど!」
そうして七緒を取り囲むと、ぎゃはぎゃはと下品な笑い声を上げる。
(この人たち、また……)
七緒はうんざりしてしまった。彼女たちは明らかに七緒を狙い撃ちにしている。コーデリアの言う通り、七緒の態度にも非があるのかもしれないけれど、これからも彼女たちに絡まれ続けるのかと思うと憂鬱になる。
七緒は思わず小さくため息をついてしまったが、それが三人組を刺激してしまったらしい。彼女たちはムッとして顔色を一変させると、今度は低い口調で凄んでくる。
「何とか返事しなさいよ!」
「こんな貧相な奴と組むなんて、ヴェロニカもカワイソー! ま、あいつもいわゆるパートナー殺しだし? お似合いっちゃお似合いか!」
その言葉を聞いた途端、七緒は頭がカッとなった。ここで怒ったら相手の思うツボだ――そう分かっていても、沸々とした怒りを抑えることができない。自分が笑われるのはまだいい。でも、ヴェロニカが馬鹿にされるのは我慢ならないし、絶対に許せなかった。
「……じゃない」
「何よ? 言いたいことがあるなら、はっきり……」
三人組の一人が口にした言葉を無視して、七緒は思い切り大きな声を上げた。
「私の名前は七緒。『東方人』じゃないわ! それに別にボッチじゃないし、顏も黄ばんでるわけじゃない! ……でも、今はそんな事はどうだっていいの。ヴェロニカを悪しざまに言うのはやめて! 私の剣を侮辱するのだけは絶対に許さないから‼」
七緒は一気に捲し立てた。はあはあと肩で息をしながら、顔を真っ赤にして三人を睨みつける。こんな大声を出したのは生まれて初めてで、心臓がバクバク言っているけれど、それでも七緒は決して引かなかった。
三人組は一瞬怯み、互いに顔を見合わせた。まさか七緒が逆らい、あまつさえ反撃までするなんて思いも寄らなかったらしい。
七緒はなおも三人組をにらみつけた。言い合いになるかもしれないし、相手が暴力を振るうかもしれない。延々と陰湿な嫌がらせを受けるかもしれない。それでも、ヴェロニカまで巻き込むつもりなら絶対に負けられない。
全面対決の姿勢を見せる七緒に、三人組は白けたように目を細めた。おそらく彼女たちは七緒の反抗を面倒臭いと感じたようだ。三人組は楽していじれるオモチャを探していただけで、手の込んだ面倒なイジメをしたかったわけではないのだろう。
三人の少女たちは七緒から興味を失ったかのように目を細めると、包囲網を解き、捨て台詞を残して廊下を歩き去って行くのだった。
「……何、コイツ。マジキモいんだけど」
「行こ。さっさと魔女に殺されてさっさと死ね、バーカ!」
七緒は彼女たちの後姿が完全に見えなくなるまでにらみ続けていたけれど、興奮が収まると緊張が解けて、どっと疲労に襲われた。
誰かに喧嘩を売るなんて初めての経験だ。どきどきして心臓が破裂しそうだったけど、すぐに退散してくれて良かった。
ほっと胸を撫で下ろしていると、七緒の背後から聞き覚えのある高飛車な声が聞こえてきた。
「……少しはマシになってきましたわね、あなた」
七緒が驚いて振り返ると、向日葵色の豊かな金髪と紫の瞳を抱いた少女が、腰に両手を当ててこちらを見つめていた。
七緒は恥ずかしさのあまり、かあっと赤面する。
「コーデリア……見てたの?」
するとコーデリアは、こちらに歩み寄ってきた。
「自分の事でなくヴェロニカの事に腹を立てたのは、いかにもあなたらしいですわね……でも、それで十分ですわ。あれだけ啖呵が切れたら、余計なちょっかいを出す輩もいなくなるでしょう」
「あの……ありがとう、コーデリア。コーデリアは私を心配してくれたのね?」
もしかしたらコーデリアは七緒が三人組に絡まれているのを発見し、かばおうとしてくれたのではないか。声をかけてきたタイミングを考えると、まったくの見当違いではないだろう。
けれどコーデリアは、つんと澄まして答えるのみだ。
「別に……私はただ、ああいう愚か者たちが許せないというだけですわ!」
「……ふふふ。コーデリアって素敵な人ね」
「何ですの、その唐突なヨイショは? 気味が悪いですわ!」
毛虫でも踏んでしまったかのような顔をするコーデリアに七緒は微笑む。
「私は思ったことを言っただけだよ。コーデリアは誇り高く、素敵な人だなって」
最初は何となく怖いと思っていたし、嫌われているのかと勘繰ったこともあった。でも、今はちゃんと知っている。コーデリアはただ、誤魔化しや嘘が嫌いなだけだ。自分の気持ちや信念に真っ直ぐだからこそ、彼女の言葉がきつく感じられるだけで。
コーデリアは照れくさそうにコホンと咳ばらいをする。
「まあ……わたくしもあなたの事は嫌いではありませんわ。そうですわね……次の魔法学の授業、一緒に受けませんこと?」
「うん、いいよ。私、魔法文字にまだ慣れていなくて…………」
「わたくしも子供の頃、覚えるのに苦労しましたわ。いくつか暗記方法はあるのですけど、まるっと暗記するのが結局は一番の近道ですわよ」
「そうなんだ……うん、頑張ってみる!」
そうお喋りしながらながら七緒とコーデリアは学校の廊下を歩いていく。やがて時計塔の重々しい鐘の音が鳴り、次の講義の始まりを告げるのだった。
第二章はこれで終わりになります。次はティナとベッキーの話になる予定です。




