第二十六話 決着
そう思いついた七緒は小声でヴェロニカへと話しかける。
「ねえ、ヴェロニカ。ノエルの右肩のあたりを狙って!」
「ノエルの右肩……? 何でだ?」
ヴェロニカはわずかに眉根を寄せる。おそらく光の筋が見えていないヴェロニカは、七緒が突然、奇妙なことを言い出したので戸惑っているのだろう。
「あそこの魔法が滞ってる……あれが二人の弱点だと思うの! 上手くすれば接続を解除できるかもしれない。そうしたら私たち、勝てるんでしょう?」
致命傷でなくてもいい。七緒の勘が正しければ、光の糸に何かしら刺激を与えれば接続に影響が出るはず。このまま劣勢を覆せないなら、賭けてみる価値は十分にある。
「ナナオ、しかし……」
「ヴェロニカ、私を信じて! 私もヴェロニカを信じてるから……!」
負けたくない。どうにかして勝ちたい。自分自身と何よりヴェロニカの名誉のために。七緒は意志の強さが伝わるように願いを込めながら、接続で繋いだヴェロニカの手をぎゅっと握りしめる。
「……! よし……分かった‼」
七緒の熱意にヴェロニカも遂には心を動かされたのだろう。惚れ惚れするような笑顔でひとつ頷くと、澄み切った碧玉の瞳をコーデリアたちに向けた。
二組の黒猫は上空を鳥のように縦横無尽に駆けめぐり、勝利を手にしようと激しくせめぎ合う。果敢に攻撃を加え、勢いのままに押し切ろうとするコーデリア=ノエル組に対して、ヴェロニカ=ナナオ組は激しい攻撃にさらされながらも何かを探るかのような動きをしていた。表面上は防戦一方であるように見えるが、辛抱強く、何かの機会を伺っている。
コーデリアもすぐにヴェロニカ=ナナオ組の異変に気づいた。
「ヴェロニカの攻撃パターンが変わった……? 何を企んでいるんですの⁉」
しかしコーデリアの疑問は、すぐにノエルの泣き言によって遮られてしまう。
「コーデリアぁ~! もう僕、駄目だよ~‼」
それを聞いたコーデリアは聖杯を叱咤しようと口を開きかけたものの、結局、言葉を発することは無かった。確かにこれ以上、決闘を長引かせるわけにはいかない。それにノエルはよくやってくれている。こちらが優勢であるにも関わらず完全に攻めきれないのは、剣であるコーデリアの責任だ。
――そろそろ本当に決着をつけなければ。
「いいですわ……! これで決着をつけましょう、ヴェロニカ!」
「ああ、いいだろう‼」
ヴェロニカはそう答えると、剣を構えなおす。その青い瞳には、これまでにないくらい気迫が漲っていた。七緒は悟った。おそらく次の一閃で勝敗は決するだろう。
「さあ、勝負‼」
コーデリアはヴェロニカ=七緒組に鞭を振るった。渾身の一撃だ。しかし、ヴェロニカは鞭を剣で受けることはせずに、華麗に舞うようにひらりと避けてしまう。コーデリアは声を荒げた。
「逃げるんですの⁉」
「まさか!」
ヴェロニカと七緒は鞭を次々とかわしながらコーデリア=ノエル組の背後に回り込むと、ノエルの右肩を剣で払った。
「くっ……!」
ノエルはとっさに攻撃反射を使ってヴェロニカの一撃を防いだから、ヴェロニカの剣はノエルの身体を傷つけてはいない。コーデリアがほっと息をついたのも束の間、危機はまだ去っていなかった。
次の瞬間、宙に浮いているコーデリアとノエルの体が何故か、がくんと傾いてしまう。おまけに、みるみる力が抜けていくではないか。
いったい何が起こったのか、コーデリアはすぐに悟った。接続が切れてしまったのだ。先ほどヴェロニカから受けた一撃が原因だろう。
「あ、あれ……? あわわわわ‼」
接続が切れたせいで、宙に浮かんでいたノエルの体に重力が戻ってくる。コーデリアは思わずノエルの手を握る左手に力を籠めるけれど、それだけでは到底、ノエルを支えることはできない。繋いだ手と手は呆気なく離れてしまい、ノエルの体は地上へと真っ逆さまに落ちていく。五メートル以上の高さだ。地面に激突したら怪我どころでは済まないだろう。
「ノエル‼」
コーデリアはある事に気づいて息を呑んだ。ノエルは魔法を使い果たしてしまい、自力で飛行できないのだ。コーデリアは鞭を手放すと、一心不乱に落下してゆくノエルを追いかけ、どうにか空中で抱きしめた。
コーデリアとノエルの二人は、そのまま緩やかに地上へ降り立つ。
「わーん、コーデリアのバカぁ! 怖かったんだぞ!」
地上に降りるや否や、ノエルはぽかぽかとコーデリアを叩いた。よほど怖かったのか涙目になっている。
コーデリアも背筋が冷やりとしたのは事実だ。一瞬の判断で間に合ったから良かったものの、わずかでもタイミングが遅れていたらノエルを助けられないところだった。
自分がノエルを決闘に巻き込んだがために危険な目に遭わせてしまったのだと思うと、さすがに申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「わ、わたくしが悪かったですわ。怪我はない、ノエル?」
「うん、たぶん……無い」
「……良かったですわ。本当に良かった……‼」
口では何と言おうとも、コーデリアはノエルを誰よりも信頼している。オラシオンに来てからずっとペアを組み、共に魔女と戦ってきた。マイペースなところはあるけれど、ノエル以外の聖杯なんて考えられないくらいに。
コーデリアにとってヴェロニカ=七緒組との決闘はもちろん大事だけれど、ノエルの命とくらべれば、ノエルのほうがずっと大事に決まっている。コーデリアはノエルをぎゅっと抱きしめながら、耳元で小さくつぶやいた。
――本当に何事もなく無事で良かったと。
決闘の一部始終を見ていた第二部隊の黒猫たちは、みな一様に戸惑った表情を浮かべていた。
「……結局、決闘はどうなったんだ?」
ティナが困惑気味につぶやくと、「どちらかが降参するか、接続を解除するまで……だったよな?」とロビンが答える。
「じゃあ勝ったのは……ヴェロニカ=ナナオ組! ……だね⁉」
ベッキーは弾かれたようにぴょんと跳び上がった。信じられないという顔だけれど、純粋に勝利した七緒とヴェロニカを讃えているようだ。二人が必死で戦う様を目の当たりにして、不公平だという感覚が薄れてきたのだろう。
「……そうなるわね」
クロエはどこか苦々しそうにそう答えた。ベッキーとは違い、ヴェロニカと七緒の勝利をあまり快く思っていないようだ。それでも、どれだけクロエがむくれようとも勝ちは勝ちだ。これで他の黒猫たちも七緒とヴェロニカのことを認めざるを得ないだろう。ロビンは内心でほっと安堵の息をつく。
やがてコーデリアとノエルの傍にヴェロニカ=七緒組が降り立つと、二人はそこでようやく接続を解除した。勝利を手にした興奮と感動で、ヴェロニカも七緒も頬をリンゴのように紅潮させている。
そんな二人に詰め寄ったのは、先に地上へと降り立っていたコーデリアだ。
「あなたたち、どうやってわたくしたちの接続を解除したんですの⁉」
ヴェロニカの放った最後の一撃が、接続の解除を狙ったものだとコーデリアは気づいたのだろう。けれど、どうしてノエルの肩を狙ったのか。接続の解除を狙うなら、真っ先に繋いだ手を引き離すものなのに。そう疑問を抱いたものらしい。
「それは……見えたから」
七緒が答えると、コーデリアは眉根を寄せる。
「見えた……?」
「私、コーデリアとノエルの中にある魔法の流れが見えたの。ノエルの右肩に魔法の流れが滞っているところが見えたから、そこが弱点じゃないかと思ったの」
すると他の黒猫たちも七緒たちの周りに続々と集まってくる。
「君は魔法の通り道を見ることができるのかい?」
話を耳にしたロビンが、驚きに目を瞠った。
「うん……たぶん」
七緒は魔法の流れが見えるようになった時のことを思い出してみる。あの時、七緒は何もできない自分が情けなくて、泣き出しそうになっていたのだ。
(でも涙で瞳が濡れた直後に魔法の流れがはっきりと見えるようになったから……そういう力なのかも)
涙が込み上げてきたせいで新たな能力に目覚めたのだとしたら、何とも皮肉な話だ。七緒は、ヴェロニカの前で泣くなんて恥ずかしいと思っていたのだから。でも、そのおかげで勝利を手にすることができた。泣きそうになった時は涙を零さないように一生懸命だったけれど、結果を考えると、その涙も決して無駄ではなかったのだろう。
「……それにしてもナナオも数少ない出撃の中で、よく補助魔法を目覚めさせることができたな?」
「普通は血の滲むような鍛錬の後に、ようやく扱えるようになるものだけど……」
ロビンとプリシラが感嘆交じりに言った。聞き慣れない単語に七緒は首を傾げる。
「補助魔法……?」
初めて聞く言葉だ。するとロビンが微笑みを見せ、意味を説明してくれた。
「ノエルが攻撃反射を使っていただろう。ああいうのを補助魔法と言うんだ」
次いで口を開いたのは赤茶色の髪を三つ編みにまとめたプリシラだ。
「七緒も使っていたでしょう? 接続が見えるという力。あれも補助魔法の一つだと思う。もっとも……ちょっと変わっているけど」
「そう……なの?」
「補助魔法は盾になったり、剣の能力を強化したりっていうのが普通だからな。七緒みたいに魔法の通り道……《ネルウス》を見分ける力ってのはとても珍しいんだ」
ロビンの言葉に七緒はにわかに不安を覚える。
「もしかして……あまり使えない力なの?」
珍しいのは、役に立たない能力だからではないかと七緒は思ったけれど、ロビンは破顔して七緒の不安を否定する。
「そんな事はないさ。現に君たちはネルウスを切断することでコーデリア=ノエル組に勝ったじゃないか。魔女の原動力も魔法だから、使いこなすことができれば、きっと魔女討伐でも役に立つはずだ」
「……! うん……!」
ロビンのお墨付きをもらい、七緒の顔はぱっと輝いた。隣に立つヴェロニカに視線を向けると、蒼穹を思わせる瞳にも喜びの色が浮かんでいた。そして七緒を肯定するように、力強く頷きを返してくれる。
「ナナオ……やったな!」
ヴェロニカも七緒が新しい能力に目覚めたことを祝福してくれているのだ。それを悟った瞬間、七緒の胸の中で満開の桜が一斉に咲きほころんだ。
(私……少しだけどヴェロニカの役に立てたんだ……‼)
感激のあまり涙が出てしまいそうになって、七緒は慌てて目元を拭った。何かあるとすぐ泣き出したくなるなんて、そんな自分に呆れてしまう。でも、この涙は悲しみの涙ではない、喜びの涙だ。だから、ちっとも自分が情けないとは思わない。むしろ、とても誇らしい気持ちに包まれるのだった。
コーデリアとノエルは手を差し出して、七緒に握手を求めてきた。
「……悔しいけれど、完敗ですわ」
「おめでと~! 君たちの勝ちだよ!」
ノエルは素直に七緒たちを称賛してくれた。七緒たちが勝利したことで、わだかまりが吹っ切れたのだろう。コーデリアも決闘前に抱いていた怒りがすっかり消え失せ、アメジストの瞳に宿っていた険はどこにもない。
「あ……ありがとう……!」
あれほど突っかかって来たコーデリアが自分を認めてくれただけで、七緒は嬉しかった。ヴェロニカはそれだけでは到底、納得できないらしく、ぐいと身を乗り出してコーデリアとノエルに迫った。
「……とにかく、オレと七緒はお前たちに勝利したんだ! オレと七緒のこと、第二部隊の仲間だと認めてくれるだろう?」
ヴェロニカの顔は真剣そのものだ。何よりも、それが一番気になっていたのだろう。この決闘で重要なのは勝敗ではない。七緒たちが第二部隊の黒猫たちに認めてもらえるかどうかだ。だから、七緒も一緒になってコーデリアに詰め寄った。
「み……認めてくれますか⁉」
七緒とヴェロニカに迫られ、さしものコーデリアも一瞬たじろいだが、すぐにきっぱりと断言する。
「それは……約束ですもの。当然ですわ!」
そして第二部隊の黒猫たち向き直ると、大きな声で呼びかけた。
「みなさん! この二人が入隊試験も無しに第二部隊に配属されたことに、納得のいっていない者もいるかもしれませんけれど、彼女たちには相応の実力がありますわ! ナナオも初心者ながらに頑張っていますもの! ですから、みなさん……どうか認めてあげてくださいまし!」
すると第二部隊の黒猫たちは口々に賛同の意を表した。
「私は構わないぞ」
「ベッキーも構わないぞ~!」
ティナとベッキーの二人がそう答えると、ロビンも笑顔を見せる。
「同じく、異議なしだな」
「僕は最初からいいと思ってたけどねー……あいてっ!」
ノエルそう答える途中で、コーデリアに頭を小突かれていた。
七緒は少し驚きつつも、そんな二人の様子を見つめていた。最初はコーデリアがノエルを振り回しているように感じたけれど、ノエルもかなり強かだ。あれほど手強かったのも、互いによく信頼し合っている証拠だ。だから二人の気安いノリも、信頼の裏返しなのだろう。
黒猫の数だけペアの形がある。同じペアは一つとして存在しないし、みんな違って当たり前なのだ。和国にいた頃の七緒なら、人と違うことに不安と恐怖を感じていただろう。でも今は、それがとても素敵なことのように思えるのだった。




