第二十五話 光の糸
鞭と剣がぶつかり合い、ヴェロニカ=七緒組とコーデリア=ノエル組は再び距離を取る。決闘が始まって早くも三十分。その頃になると、さすがのコーデリアも少し息が上がっていた。
「さすがヴェロニカですわ。そう簡単には勝たせてくれませんわね……」
「コーデリアぁ~、僕、疲れちゃったな~」
|聖杯{カリフ》のノエルは、コーデリアが相手でも遠慮なく文句を言う。コーデリアは眦を吊り上げるとノエルの弱音を一喝した。
「集中なさい、ノエル。負けたらマカロンはお預けですわよ!」
「えー⁉ そんなの聞いてないし!」
「嫌ならちゃんと聖杯としての役目を果たせばいいだけの話ですわ。あなた、今日はまだ一度も攻撃反射を使っていないでしょう?」
するとノエルはしかめっ面にますます唇を尖らせ、コーデリアの提案を渋った。
「だってアレ、余計に魔法使うしぃー」
「つべこべ言わずにお使いなさい! このままグダグダと長期戦だなんて、ご免こうむりますわ!」
「もう仕方ないなあ~……。まいっか、マカロンのためだし!」
ノエルにとって決闘云々は別にどうでも良いことだ。レイヴンが決めたことなら異議を唱えるつもりはないし、どうしてコーデリアがわざわざ波風を立てるようなことをするのか分からない。ただ、みんなで仲良くすればいいだけなのに。
喧嘩は良くないし、争いごとも好きじゃない。だからノエルは、あくまでコーデリアの趣味に付き合っているだけで、ご褒美のマカロンだけが楽しみなのだった。
ヴェロニカと七緒がコーデリア=ノエル組に攻撃を仕掛けると、コーデリア=ノエル組もすぐさま反撃を繰り出した。鋭い破裂音を立て身をしならせる鞭。その先端がヴェロニカの体に触れようとしたその刹那、ヴェロニカは刀身で鞭を弾いた。
七緒は、はっと目を見開いた。おそらくヴェロニカは、ずっとこのタイミングを見計らっていたのだろう。剣に弾かれて、コーデリアの鞭の軌道は大きく逸れてしまう。初めてコーデリアに大きな隙ができたのだ。ヴェロニカはその一瞬の隙を逃さず、剣で斬りかかる。
「やった……!」
勝負がついた――七緒は思わず歓声を上げる。ところが渾身の力を込めたヴェロニカの一撃は、コーデリアに届く直前に見えない壁のようなものに弾かれてしまった。
「な……⁉」
「くそっ!」
勝敗は決したと思ったのに。七緒は唇を噛んだ。隣で剣を手にするヴェロニカも歯噛みをして悔しがっているのが伝わってくる。
コーデリアは、してやったりといわんばかりの笑みを浮かべると、お返しとばかりに鞭を振るう。このままでは今度は七緒たちが危機に陥ってしまう。やむを得ず、ヴェロニカと七緒はコーデリア=ノエル組と距離を取るのだった。
「ヴェロニカ、今のは何? 見えない壁みたいなものに剣が弾かれてしまった……!」
七緒が尋ねると、ヴェロニカは若干気落ちしたような口調で答えた。渾身の一撃が防がれてしまったのだから、がっかりしてしまうのも無理はない。
「あれはノエルの攻撃反射だ。聖杯も優秀な奴になると魔法を使いこなし、反撃したり防御したりすることがある」
するとコーデリアは得意げに口を開いた。
「剣の実力は僅差……けれども聖杯の実力と経験を加味したら、わたくしたちのほうがあなた達よりはるかに優位ですわ。もしナナオに何かしらの才能があったとしても、この時点での経験不足を埋めることは出来ない……今のうちに降参することをお勧めしますわよ!」
「マ・カ・ロン! マ・カ・ロン‼」
ノエルは決闘にはあまり興味が無さそうだけれど、先ほどよりテンションは高い。さっさとこの勝負を終わらせて、望みの菓子を手に入れるつもりなのだろう。
一方のヴェロニカも落胆したものの、すぐに闘志を取り戻したようだった。
「……あくまで本気ということか。面白い! それならこっちも本気を出してやる‼」
「ヴェロニカ、私に……私にできる事はない?」
相手の聖杯にあんな隠し球があっただなんて。七緒は焦りを覚えずにはいられなかった。ただでさえ七緒たちは不利なのに、これではますます劣勢に立たされてしまう。自分にもノエルのように何かできる事があればと七緒は思うけれど、ヴェロニカは優しく首を振るばかりだった。
「ナナオはまだ接続し始めて間もないんだ。無理はするな。接続を維持してくれたら、それでいい。……オレが絶対に守るから」
ヴェロニカ=ナナオ組とコーデリア=ノエル組は再び空中で激突する。ところが七緒たちにとって、戦況はさらに厳しくなってしまう。先ほどまではどうにか互角といえる戦いを繰り広げていたけれど、ノエルが攻撃反射を使い始めたせいか、完全にコーデリアたちに形勢が傾いている。
ヴェロニカも果敢に攻撃を繰り出すものの、すべてノエルの攻撃反射に阻まれてしまい、剣先すら届かないのだ。
地上では第二部隊の黒猫たちが固唾を呑んで勝負の行方を見つめていた。
「……これで勝敗は決したな」
「決した、決したー!」
小さな二人組、ティナとベッキーがそれぞれ感想を述べる。他の黒猫たちも同意であるらしく、異論を唱える者はいない。
「残念ね、ロビン。でもチーズタルトはちゃんと奢ってもらうからね」
クロエは手元の本を閉じながら、そう勝ち誇った。どうやら彼女も自分のベットしたほう――コーデリアとノエルが勝つと確信しているようだけれど、ロビンはニヤリと笑う。
「いや、まだそうと決まったわけじゃない」
「あら、負け惜しみ?」
「勝負事は最後まで行方が分からないものだろう?」
ロビンは七緒やヴェロニカに強い思い入れがあるわけではない。ただ、できるなら彼女たちに勝って欲しいと思っている。もちろんチーズタルトのためではなく、このまま七緒を第二部隊から弾いてしまうのは不味いと思うからだ。
第二部隊の黒猫たちにはサラの記憶が色濃く残っている。魔女討伐で死んでしまった彼女を、みな哀れだと思っているし、中には助けることができず申し訳ないと思っている者もいる。そういった同情や後悔、あるいは罪悪感といった感情が、七緒を認められない理由の一端となっているのだろう。
その気持ちはロビンの中にもあるからよく分かる。でも、ヴェロニカは新しい聖杯として七緒を選んだ。当のヴェロニカがそういう選択をしたのなら、ロビンたちもその意思を尊重すべきだと思うのだ。この件において、七緒には何ひとつ非は無いのだから。
もっとも、七緒たちが勝利を収めるのは決して楽ではなさそうだけれど。
ヴェロニカ=七緒組は完全にコーデリア=ノエル組を攻めあぐねていた。コーデリアたちのほうが攻撃範囲が広い上に、仮にヴェロニカの剣が届いたとしても、ことごとく攻撃反射で防御されてしまう。
「く……さすがにノエルの攻撃反射は隙が無いな……コーデリアも上手く盾を利用している……!」
ヴェロニカの声音にも焦りが滲んでいた。それを隣で聞いていた七緒は、|どうしようもなく居た堪れなくなるのだった。
(私に……私にできる事はないの……? ヴェロニカは私を守るって言ったけれど……ただ守られるなんて絶対に嫌……‼)
ヴェロニカが守ると言ってくれた時、七緒は素直に嬉しかった。ヴェロニカが七緒のことを大切に思っていることが伝わってきたから。でも、守られてばかりだなんて耐えられない。
七緒の望みはヴェロニカの隣に並び立つこと。胸を張って堂々とヴェロニカにふさわしい聖杯になることだ。彼女に守られてばかりでは、自分の望みが叶うとはとても思えない。
自分には何ができるのだろう――何をすべきなのだろう。
鉄壁の防御が自信と安心感を与えているのだろう。コーデリアの攻撃はこれで決着をつけるのだとばかりに、どんどん苛烈さを増していく。
対するヴェロニカと七緒は防戦一方に追い込まれている。徐々に打つ手が無くなり、完全に押されてしまっている。このままでは負けてしまうのは時間の問題だ。
(このまま負けたくない! あのノエルという聖杯に攻撃反射が使えるのなら、私にだって……‼)
でも、どうしたら補助魔法が使えるようになるのだろう。正直、今の七緒には接続を維持するだけでも精一杯なのに。
「ナナオ、気にするな。お前はよくやっている……!」
接続を通じて七緒の焦りが伝わったのだろう。ヴェロニカは七緒を励まそうとしてくれるけれど、七緒は納得できなかった。
「そんなことない! レイヴン・レティシアは言ってた。ヴェロニカは本来、第一部隊に配属されてもおかしくない黒猫だって。ヴェロニカが剣としての力をちゃんと発揮できていたら、あの子たちにだって負けてない。間違いなく、私がヴェロニカの足を引っ張っている……‼」
こういった状況に追い込まれると、自分が足手まといだと七緒はまざまざと思い知らされる。ヴェロニカの聖杯になりたいと願ったまではいいけれど、今の七緒にはヴェロニカに相応しい力があるわけではない。
ここで負けてしまったら、どうなるのだろう。七緒とヴェロニカは第二部隊を追い出され、第三部隊に所属することになるかもしれない。学校の廊下で七緒に陰湿な嫌がらせをしてきた、あの三人組がいる第三部隊に。考えるだけでぞっとした。
もし第二部隊に残ることができたとしても、居心地の悪い思いをすることになるだろう。非の無いヴェロニカにまで苦しい思いをさせてしまうかもしれない。それを想像すると七緒の両目に思わず涙が浮かんだ。
(駄目……泣いては……こんなところで泣いては!)
何の役にも立たない上に、メソメソ泣くなんて最悪だ。力が及ばないだけならまだしも、ヴェロニカに甘えるだなんて絶対にあってはならない。七緒はヴェロニカと対等になりたいのだ。ヴェロニカの庇護を受け、優しく慰めてもらうお人形になりたいわけじゃない。
七緒は唇を噛み締めると、涙浮かんだ瞳をコーデリア=ノエル組へと向ける。今は決闘に集中しなければ。たとえ勝つのは無理でも――どうせ負けるのだとしても、絶対に無様に泣きじゃくったりはしない。
ところがその時、七緒は奇妙な現象が起きていることに気づく。
「あれ……光ってる……?」
何度か瞬きをして目を凝らすものの、やはり気のせいではない。接続したコーデリアとノエルの体に光の筋がいくつも走っていて、まるで二人の血管が浮かび上がっているように見える。その光は接続してる二人の両手から最も強く発しており、コーデリアとノエルの心臓のあたりから二番目くらいに強い光を放っている。
「ナナオ、どうした?」
七緒の異変を察知したのか、ヴェロニカがそう尋ねてきた。
「ねえ、ヴェロニカ。あの子たち、さっきまであんなに光っていたっけ?」
「光……? オレには何も光っているようには見えないぞ」
ヴェロニカの答えに七緒はひどく面食らった。
「え……⁉ でも、あんなに……!」
今もコーデリアとノエルの体はあんなにもはっきりと光って見えているのに、ヴェロニカには見えないのだろうか。そもそもあの光は何だろう。どうしてさっきまで見えなかったのに、急に見えるようになったのだろう。
七緒が考え込む間にも、コーデリアとノエルが攻撃を仕掛けてくる。
「さあ、今のうちに降参したほうが良いのではなくって⁉」
相変わらずコーデリアの威勢は良いものの、決して疲労を感じていないわけではないらしい。相棒のノエルはげんなりとして弱音を吐く始末だ。
「ううう……コーデリア、僕もう限界……!」
「何を言っているの⁉ あともう一押しなのよ⁉ 根性をお出しなさい! あなたにはそれしか取り柄がないのですから!」
「ちょっとそれ、ひどくない~⁉」
「行きますわよ‼」
その一喝を合図にコーデリアは再び鞭を振るう。その瞬間、コーデリアとノエルの発する光がひときわ強くなったのを見て、七緒は息を呑んだ。やはり見間違いではない。
(もしかして……あれは魔法の流れ……じゃないのかな?)
七緒が二人を観察して分かったことだが、その光はコーデリア=ノエル組が魔法を使う時や攻撃反射を展開する時に強くなる。まるで生き物の体内を巡る血管や、植物の葉に張り巡らされた葉脈が発光するかのように。
(やっぱり間違いない……あれは魔法の通り道なんだ!)
確信を抱いた七緒は、さらに観察しようとコーデリア=ノエル組に目を凝らす。魔法は二人の全身に滞りなく流れているけれど、綻びがないわけではない。二人が繋いでいる手の光――魔法は先ほどより弱まっている。彼女たちの魔法が少なくなり、疲弊している証拠だ。
それだけでない。よく見るとノエルの肩のところに光の塊ができている。おそらく魔法の吹き溜まりができているのだ。
(あそこを上手く突けば接続が途切れるんじゃないかな……?)




