第二十四話 譲れないもの
決闘の準備は着々と進んでいた。七緒はヴェロニカと身を寄せ、コーデリアはノエルと対になる。そして十分な距離を取ると二対二で向き合った。
「……それでルールはどうするんだ? まさか、どちらかが再起不能になるまでデスマッチなんて言うつもりはないだろう?」
ヴェロニカが挑発的な口ぶりで尋ねると、コーデリアは即座に応える。
「当たり前でしょう。わたくし達は黒猫ですもの。そのプライドに賭けても、下品な真似はできませんわ。それにこれは子どもの喧嘩ではありませんのよ。あなたたちの意志と実力を示してもらうための正当な決闘なのですから」
それを隣で聞いていたノエルは、わざとらしく両手を上げて降参のポーズをした。
「そうかなあ? 喧嘩は所詮、喧嘩でしょ。コーデリアもホント、頑固なんだから~……」
「ノエル、あなたは黙ってらっしゃい! ……ルールはシンプルにいきましょう。どちらかの接続が途切れるか、どちらかが降参するまで……それでいかが?」
七緒とヴェロニカは顔を見合わせる。それならきっと、どちらかが倒れるまで無茶をすることも無いだろう。決闘も大切だけれど、それで怪我をして魔女が討伐できなくなったら元も子もないのだから。
「……いいだろう」
「うん、分かった」
二人揃って答えると、コーデリアは満足げに頷いた。
「それでは始めましょう。さあ、ノエル」
「はいはーい」
コーデリアとノエルは、さっそくそれぞれの手のひらを重ね合わせて接続する。間髪置かず、コーデリアの手に光る鞭があらわれた。二人の動作は流れるように滑らかで、まさに阿吽の呼吸だ。それはコーデリアとノエルが経験を積んだペアだということを、如実に物語っていた。
七緒とヴェロニカも互いに向き合い、頷く。
「ナナオ、手を」
「うん……!」
(みんな私たちを見てる。だから絶対に勝たなきゃ。第二部隊の黒猫みんなに私のことを認めてもらうためにも……!)
こうして七緒がヴェロニカと向かい合う間も、第二部隊の黒猫、全員の視線を感じる。コーデリアのようにはっきりと口にはしないものの、この決闘に強い興味を抱いているのが分かる。大勢の視線を意識すると激しい緊張を覚えるけれど、七緒はぐっとあごを引いて緊張や不安を振り払った。
興味を持たれるのは悪いことばかりではない。一ノ瀬の家では七緒は存在そのものを無視されていた。それよりはずっといい。大きく息を吐くと、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。七緒はヴェロニカの蒼天のような瞳をまっすぐに見つめた。
七緒がヴェロニカと手を重ね合わせると、手のひらから光が弾け、互いの魔法が接続する。そしてヴェロニカの右手にも光る刀身が細くて鋭い片手剣があらわれた。これで七緒たちも準備万端だ。
そうして互いに接続し終えたコーデリア=ノエル組とヴェロニカ=七緒組は静かな闘志を燃やす。
「……行くぞ」
「結構ですわよ」
次の瞬間、両者とも魔法を発動させ、足元が地面を離れたかと思うと、ふわりと宙に浮かび上がった。ベッキーとティナ、そしてロビンは空高く舞い上がってゆく二組の黒猫を仰ぎ見る。
「はーじまった、はじまった!」
「四人とも怪我をしなきゃいいけどな……」
「さて、どうなりますか」
宙に浮かび上がった二組の黒猫は訓練場を旋回しながら、ぐんぐん高度を上げていく。そして訓練場の隅にあるポプラの木のてっぺんと同じ高さで止まった。それが合図になる。
最初に仕掛けたのはコーデリア=ノエル組だった。コーデリアは手にした鞭を振るい、しならせる。鞭は鋭い音を唸らせてヴェロニカ=ナナオ組へ襲いかかった。
まさかここまで届かないだろう――そう考えた七緒の判断は甘かった。魔法でできた鞭は伸縮が自在で、方向も自由に変えられるらしく、空中を飛び回るヴェロニカ=ナナオ組に、鞭はしなりながら容赦なく追ってくる。
「ち……コーデアリアお得意の鞭攻撃か……!」
七緒たちは最初の一撃をどうにか回避したものの、コーデリアは二度、三度と鞭を繰り出してくる。空を切り裂く鋭い音が立てながら、俊敏にしなる鞭が七緒とヴェロニカに牙を剥く。ヴェロニカが剣で弾きながら鞭を避けているおかげで直撃することはないけれど、体をかすめる風圧だけでもなかなかの威力だ。
おまけに鞭の動きは不規則で、動きを完全に読むことが難しい。ヴェロニカは顔をしかめるとコーデリア=ノエル組と空中で距離を取った。
「これじゃ手が出せない……」
七緒は思わずつぶやいた。鞭の射程圏内に入れば、七緒たちはたちまち切り裂かれてしまうだろう。おまけにヴェロニカの剣はコーデリアの鞭よりリーチが短い。剣で攻撃しようと思ったらコーデリア=ノエル組に接近しなくてはならないのだが、迂闊に近づこうものなら間違いなく鞭の攻撃を受けてしまう。いったい、どうすればいいのだろう。
するとヴェロニカは体勢を整えつつ、七緒に告げる。
「こちらが攻めこむ隙があるとしたら……コーデリアが鞭を振り上げた瞬間だ」
つまりコーデリアが鞭を振るう直前の、一瞬の隙を狙うつもりなのだ。ヴェロニカはそう言って空を蹴ると、コーデリアの攻撃の間隙を縫うようにして剣を突き出した。しかし、コーデリア=ノエル組もヴェロニカがそう来ることは予想していたようで、ヴェロニカの攻撃をいとも簡単に避けてしまう。
空中で攻防を繰り広げた後、両者は再び距離を取った。
「腕は落ちていないようですわね、ヴェロニカ。安心しましたわ。もっとも……その聖杯では、いつまで接続が続くか知れているでしょうけれど」
今のは小手調べに過ぎないと言わんばかりのコーデリアの挑発を受けて、ヴェロニカは真っ向からやり返す。
「随分と上から目線だな、コーデリア? お前の聖杯も持久力の無さには定評があったように記憶しているが?」
「そのような事は先刻承知ですわ。わたくしの強さがあれば十分。ヘッポコ聖杯でも、あなたたちには必ず勝利してみせますわ!」
「へいへい、どうせヘッポコですよ~」
ノエルはコーデリアの隣で唇を尖らせるものの、それ以上彼女の毒舌を気にする様子はないから、コーデリアの嫌味には慣れているのだろう。
「う……うう……!」
一方、空中を慣れない速度で振り回された七緒は、たまらず呻き声を発していた。ヴェロニカは、はっとして七緒に視線を向ける。
「ナナオ、大丈夫か⁉」
「ごめんなさい、まだこの浮遊感に慣れなくて……!」
ヴェロニカはコーデリアの攻撃を避けるため激しく宙を飛び回っているのだけれど、接続していた七緒は急旋回や急浮上に振り回され、すっかり目が回ってしまったのだ。
「無理をするな。できるだけナナオにはダメージが被らないようにする」
「ううん、大丈夫。私も接続に慣れたいし。……それより、どうやってあの二人に勝つつもりなの?」
今のところ七緒とヴェロニカのほうが劣勢だと感じてしまう。コーデリアの鞭は攻撃範囲が広く、ノエルとの接続にも慣れているから、どうしても相手に分があるのだ。何か対策を打たねば、このままではコーデリアとノエルに勝つことは難しい。でも、どうしたらいいのだろう。
七緒が尋ねると、ヴェロニカはコーデリア=ノエル組に視線を戻して言った。
「ノエルはともかく、コーデリアはなかなか降参しないだろうな。だから接続を切ることを狙ったほうが、いろいろと早い気がする」
「どうやったら接続が切れるの?」
「接続が切れるにはいくつか条件がある。一つは剣か聖杯のどちらかが負傷し、接続を続けられなくなる場合だな。これは一番確実だが、今回はあくまで決闘なので却下だ」
「うん、怪我をしたら魔女討伐にも出られなくなっちゃうもんね」
ちなみに卑怯な手段で勝つことも却下だ。この決闘は、ただコーデリアたちに勝てばいいという話ではない。第二部隊の黒猫全員に七緒のことを認めてもらわなければ意味が無いのだから。
「もう一つは、黒猫の集中力が途切れると接続が切れることが多い。しっかり手を重ね合わせていても、何かの弾みで魔法の流れが途切れてしまったら接続を維持できなくなるんだ。長期戦で疲弊すると、どうしても接続が切れやすくなる」
「つまり……この決闘は長期戦になるということ?」
「互いに致命傷を与えられないなら、そうならざるを得ないだろうな」
要するに、この勝負は根くらべになるのだろう。先に魔法が尽きたほうが敗北を喫するのだ。そう説明をするヴェロニカの表情は厳しく、決して楽な戦法ではないのだと七緒にも伝わってくる。
(ヴェロニカの話を要約すると、この勝負は先に聖杯が力尽きたほうが負けるんだ……!)
剣に魔法を補給するのが聖杯の役目だ。黒猫の持久力は聖杯の秘める魔法の量によって決まると言っても過言ではない。だから、聖杯の魔法が先に尽きたほうが負けてしまう。
この勝負は表立って戦っているのはヴェロニカとコーデリアだけれど、その実、七緒とノエルの戦いでもあるのだ。
するとその時、コーデリア=ノエル組が再び攻撃を仕掛けてきた。
「さあ、大人しくわたくしの鞭の餌食におなりなさい!」
鋭い音を立てて襲いくる鞭を巧みに避けながら、ヴェロニカ=ナナオ組は隙を見て反撃に打って出る。
「フン……オレ達にはこの剣がある! 舐めるな‼」
しかし、ヴェロニカの剣先はコーデリアとノエルになかなか届かない。あまり接近すると鞭の餌食になってしまうので、強く踏み込むことができないのだ。もどかしくて仕方ないけれど、現状で七緒にできることはない。
七緒はヴェロニカの左手を握りしめたまま、接続が切れないよう全神経を集中させる。
(接続って不思議……私の中の魔法がヴェロニカへと流れていって、ヴェロニカの魔法も私に流れ込んでくる)
二人の魔法が重ねた手を介して体の中を循環してゆく。そうすることによって剣と聖杯の魔法をさらに増幅させるのが接続だ。
けれど、接続には多大な体力と精神力を消費する。
こうして接続している時はそれほど感じないけれど、接続を終えると、どっと重たい疲れに襲われる。初めて接続が成功した日は体が疲れ果てて、翌朝起きるのが辛いくらいだった。
ヴェロニカによると、接続に慣れたら体に圧しかかるような疲労感も減ってくるという。それだけでなく経験を積めば積むほど接続も長い時間、維持できるようになるらしい。
(持久力はどうしたらつくのか分からないけど……集中力は維持できる。今は私のできる事をしなきゃ……!)
だが、勝負は膠着状態に陥っていた。コーデリア=ノエル組も、ヴェロニカ=七緒組も、互いに積極的に攻撃するものの、勝敗を分かつほどの決定打にはなっていない。おまけに両者とも空中を飛び回りながら攻撃を繰り出しているので、なおさら勝負がつきにくい。
それでも、どちらの組も決して諦めたり手を抜いたりしない。この決闘がどれだけ重要な意味を持つのか、彼女たちは分かっているのだ。
(絶対に負けられない……‼)
(絶対に負けたくない……‼)
二組の黒猫たちは互いのプライドを懸けて、訓練場の上空を激しく舞うのだった。
(くそ、コーデリアの奴……いくら決闘と言ったって、ここまで本気でやることはないだろうに!)
何度目かの攻撃が鞭に弾かれて、ヴェロニカは思わず胸の中で舌打ちをした。コーデリアやノエルは同じ第二部隊の黒猫として共に戦ってきたから、彼女たちの実力はヴェロニカもよく知っている。
そのヴェロニカから見ても、コーデリア=ノエル組は本気でヴェロニカたちと戦っているように見えた。ノエルは若干やる気が感じられないけれど、少なくともコーデリアは本気だ。
(そんなにナナオを第二部隊に迎えることが気に食わないのか⁉)
いや、そうでないとヴェロニカも分かっているのだ。コーデリアは公明正大であることを好む性格だから、不正やえこひいきは何があっても認めたくないのだろう。実のところ、レティシアから第二部隊への配属を告げられた時、ヴェロニカは何となくこうなるような予感がしていた。
黒猫たちはみな、オラシオンで魔女を倒すための厳しい訓練を重ねている。自分たちがデュシスを守るのだという自負や誇りを持って努力しているからこそ、より一層『ズル』を嫌うのだ。だからコーデリアから決闘を申し込まれた時も、ヴェロニカは驚かなかった。それにしたって、ここまで全力を出さなくてもいいのに、という思いはあるけれど。
七緒だって負けないくらい努力をしているのだ。慣れない異国の地で恐ろしい魔女と戦い、学校の授業にも必死でついて行こうとしている。ずっと七緒の頑張る姿をそばで見ていたヴェロニカは、もう少し七緒のことを信頼して欲しいと思ってしまうのだ。
今はまだ七緒は聖杯として未熟なのかもしれないけれど、将来はきっと頼れる仲間になるに違いないのに。
そんなヴェロニカにも、ひとつだけ意外だったことがある。それは七緒がこの決闘を受けると言い出し、勝ちたいと口にしたことだ。
ヴェロニカの印象にある七緒は争いごとは苦手そうだし、こういった勝負事も嫌がるのではないかと思っていた。だからヴェロニカは、何としてでもコーデリアから七緒を守らねばならないと思っていた。
しかし、七緒はただ守られるだけの存在ではなかった。自ら進んでヴェロニカと共に勝つことを願ったのだ。七緒はこの決闘の意味をきちんと理解しているし、コーデリアの意図も分かっている。その上で第二部隊の黒猫たちに認められたいと思っているのだろう。ヴェロニカはそれがとても嬉しかった。
コーデリアの決闘にヴェロニカが本気で応じているのも、それが理由だ。
(オレは……いや、オレたちはこの決闘に勝たなければならないんだ! ナナオの為にも、オレ自身のためにも絶対に勝利を掴んでやる! そして第二部隊のみなにオレとナナオの存在を認めさせるんだ‼)
七緒は黒猫となってまだ日が浅いから、長時間の戦闘には耐えられないだろう。彼女の負担を軽くするためにも早く決着をつけなければ。
ヴェロニカは蒼穹の瞳に闘志を湛えて、魔法の剣を握る手に力を籠めるのだった。




