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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第二章 決闘編
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第二十二話 入団テスト①

 その日の午後、七緒は更衣室で訓練着に着替えると、第二部隊の訓練場へと向かった。今では七緒の訓練着も他の黒猫たちと同じ、白と青鈍色の組み合わせのジャージだ。七緒が訓練場に到着すると、ヴェロニカは先に来ていたらしく柔軟体操をしていた。


「ヴェロニカ!」


 七緒が声をかけると蜂蜜色(はちみついろ)のブロンドが揺れ、夏空のように真っ青な瞳がこちらを嬉しそうに見上げた。ヴェロニカは七緒が来るのを待ってくれていたらしい。


「ナナオ、遅かったな?」

「ちょっと数学の追試があって……」

「追試? ひょっとしてナナオは数学が苦手なのか?」

「うん、すごく苦手。子供の頃からだから……苦手意識がついちゃっているのかも」

「ふうん……オレは自信あるんだけどな」

「ひと口に数学って言っても、デュシスと和国では習う内容が微妙に違うっていうか……それで困ってるの」


 七緒にとっては悩ましい問題だ。ただでさえ数学は苦手なのに、和国で習った内容が引き継げないなんて。七緒が数学の授業で悩んでいると初めて知ったからだろう。ヴェロニカは目を瞬いた。


「そうなのか? それなら今度、一緒に勉強しよう」

 ヴェロニカにさらりと言われて、七緒はとても驚いた。


「いいの?」

「ああ。勝手が分からなければ予習や復習もしにくいだろ。その代わりといっては何だが、オレは文学が苦手なんだ。本を読むのも苦手だし……。だからナナオはそっちを手伝ってくれ」


 ヴェロニカにも苦手なものがあるのか。意外なような嬉しいような気持ちで聞いていた七緒は、くすっと笑って答える。

「いいよ。……ふふ、私たち……本当にあべこべだね」

「そうだな」

「でも、その方が安心する」

「あべこべなのにか?」


 不思議そうな顔をするヴェロニカに、七緒は「うん」と頷いた。

「だってお互いの足りないところを補うことができるでしょ? 私ね、守られているだけの聖杯(カリフ)じゃなくて、ヴェロニカをサポートできるようになりたいの。ただの《オイル・タンク》じゃなくて、時には盾になってヴェロニカを支えたい。実現できるのはもっと先だと思うけど……それを目標に頑張ろうと思うんだ。……駄目かな?」


 自分のことばかり一方的に喋ってしまって、ふと七緒は不安を覚える。鬱陶(うっとお)しいと思われただろうか。しかし七緒の心配に反して、ヴェロニカは柔らかく微笑んだ。


「駄目なわけないだろ。お前がそう決めたんだ。オレもその意思を尊重する」

「ありがとう……!」


 そう言って微笑むヴェロニカは同性の七緒から見ても美しく、とても魅力的だ。豊かに波打つ淡い蜂蜜色をした髪は、柔らかい光の粒をあちこち反射して、まるで金細工のよう。おまけにヴェロニカのサファイアの瞳は光の角度によって濃くなったり薄くなったりするから、ヴェロニカが動くたび、きらきらと煌いて見える。


 まるで、ヴェロニカ自身がひとつの創り込まれた宝石細工のようだ。


 その美しい外見からは、彼女が初対面の人間の髪の毛を引っ張るような気性の荒さを持ち合わせているようには見えない。もっとも本人は自分の美貌(びぼう)に気づいていないどころか、あまり頓着(とんちゃく)してないことを七緒は最近になって気づいた。


 ヴェロニカはいつも髪を無造作(むぞうさ)に垂らしていて、結ったりアクセサリーをつけていることは滅多にない。ヴェロニカがしているお洒落といえば、右手の薬指に嵌めている青い指輪だけだ。よく見ると小さなビーズを複雑に編んだ、とても凝った意匠(いしょう)をしている。中心に目の醒めるような青い石がはめこまれた指輪は、とても綺麗だ。


(……お洒落っていうよりは、お守りのようだけど……)


 ヴェロニカは授業の時も訓練の時も肌身離(はだみはな)さず、その指輪を身に付けている。彼女にとって特別な指輪なのだろう。だから七緒もお洒落なアクセサリーではなく、もっと大切な――たとえばお守りのようなものではないかと思ったのだ。


 七緒とヴェロニカは、この数日でかなり打ち解けてきた。まだ互いに不慣れなことも多いけれど、時間をかければ、ひとつずつ乗り越えていける自信がある。少なくとも以前のようなぎすぎすとした空気は欠片もなくなっていた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆



 そんな七緒とヴェロニカの様子を、他の第二部隊の黒猫たちはさまざまな思いで見つめていた。


「ほえー……あの二人、けっこう上手くいってるじゃん」


 最初に口を開いたのはノエルだ。バーント・アンバーの髪に深緑の瞳を持つ少女で、第二部隊のムードメーカーだ。短髪で言動も大らかなせいか、どこか少年っぽい雰囲気があった。


 それに答えたのはロビンだ。ロビンは第二部隊の中でも一、二を争うほど背が高い。

「ヴェロニカも少しずつサラの死を乗り越え始めているんだろう」


「この間の魔女討伐も凄かったな。初めての接続(リンク)であれだけ戦える黒猫は初めて見た」

 ぽそぽそとつぶやくような口調で話すのはティナだ。


「なんか白と黒の黒猫の再来って感じー?」

 続いてベッキーがはしゃいだような声を上げる。


 白と黒の黒猫とは、デュシスで最初に誕生したと伝えられる黒猫たちのことだ。原初の黒猫たちは強大な魔法(マギア)を有し、女神ファートゥムと共に魔女と戦い、異形の化け物をことごとく北の大地に退けた。それまで魔女に対抗する手段を持たなかった人々は、彼女たちのおかげで初めて希望を得たのだ。


 伝説では白と黒の黒猫は最初は激しくいがみ合い、敵対していたそうだが、女神ファートゥムが二人を(いさ)め、導いたことで、二人は手を取り合うようになったのだという。そういった経緯(いきさつ)も、七緒とヴェロニカが原初の黒猫たちと重なる一因だろう。


 ちなみにベッキーとティナは(グラディウス)聖杯(カリフだ。テンションが高く、明るいベッキーに対し、ティナは比較的落ち着いたマイペースな少女だ。二人ともまだ十四歳であるせいか背丈も低く、顔立ちにもどこか幼さが残っている。


 ところがベッキーの言葉を聞いたクロエは、どこか不機嫌そうに眼鏡を右手の人差し指で押し上げる。

「それはちょっと過大評価(かだいひょうか)しすぎでしょう? 最初あまりにもぎすぎすしていたから、そう感じるだけで」

「お、出たな。辛口クロエ姫」


 ロビンは悪戯(いらずら)っぽさを全開にし、クロエの言葉に茶々を入れた。それを聞いた他の黒猫たちは、みな不思議そうに瞬きする。

「何だそれ?」


「クロエはあの二人に妬いているんだ」

 ウインクしてそう答えるロビンだが、クロエはむっとして反論する。

「ちょっと、そんなわけないでしょ! 適当なこと言わないでよね、ロビン」


 クロエは()ねてしまったけれど、ロビンとクロエはいつもこの調子なので他の黒猫たちは気にしない。クロエは頭が良く、何でも正確に分析してしまうけれど、それが堅苦しくなり過ぎることもある。だからロビンが茶化して場を和ませるくらいが丁度(ちょうど)いい。


 しかし、この場で一人だけふつふつと怒りをたぎらせている黒猫がいた。向日葵(ひまわり)色の巻き毛に青紫の瞳を持つ、お嬢様のコーデリアだ。


「気に入らないわ……!」

「どしたの、コーデリア?」


 眉間にしわを寄せながらヴェロニカと七緒をにらみつけるコーデリアに、ノエルは呆れながらも、とりあえず声をかける。コーデリアとノエルは(グラディウス)聖杯(カリフ)の関係だ。だからノエルにはコーデリアの癇癪(かんしゃく)や暴走を止めなければという責任感めいたものがある。


 すると案の定コーデリアは、ヴェロニカ=七緒組をビシッと指さして声を上げた。

「気に入らない……気に入りませんわ‼ 何故、あの二人が第二部隊に配属なんですの? たまたまアルクスで接続(リンク)に成功したくらいで!」


 ノエルは両手を頭の後ろで組むと面倒臭そうにため息をついた。

「いいじゃん別に。レイヴンが決めたことなんだしさあ」


「それとこれとは話が別ですわよ! 紆余曲折(うよきょくせつ)があったにせよ、あの二人だけ入隊試験も無しだなんて……それでは裏口入学も同然ではなくて? このままでは到底、納得できなくってよ……同じ第二部隊として背中を預けることはできませんわ!」


  通常、それぞれの部隊に所属する際は、入隊テストを行う習いになっている。テストの様子は他の黒猫にも公開され、誰でも自由に見学できる。七緒の場合、ヴェロニカが第二部隊の入隊試験に合格していたので、ヴェロニカのついでという扱いなのだろう。そしてレイヴンも、七緒は第二部隊で十分やっていけると判断している。


 しかし、第二部隊の黒猫たちの中には、それをズルやインチキだと感じている者が少なからずいる。とてもではないが納得できない。そういった不満をコーデリアは代弁(だいべん)しているのだ。


 するとクロエも、どことなく冷ややかな口調でコーデリアに同意した。

「私も同感。ただのクラスメートならともかく、黒猫として魔女討伐に挑むのなら、それなりの実力をきちんと見せて欲しいわ。……そもそも入隊テストはただの試験じゃない。全部隊の前でわざわざテストを公開するのは、新入隊員の実力をみなが確かめる場でもあるからよ。正規の手段で入ったわけではない黒猫は、あとあと禍根(かこん)を残すんじゃないかしら」


 だから入隊テストにかわる相応の場を設けて、七緒の実力を皆に示すべきだとクロエやコーデリアは考えているのだ。


「えー? じゃあ、どうするんだよー?」とノエルは不満そうに頬を膨らませた。


「七緒とヴェロニカが第二部隊の所属になったのはレイヴンの判断だろ? 黒猫は指揮官であるレイヴンに従わなければならないって、オラシオンの規則で決まってるじゃん。それなのに僕たち黒猫が勝手にレイヴンの判断に逆らっちゃ、マズいんじゃないの? それはそれで禍根が残っちゃう気がするけど」


 ところがコーデリアはノエルの言葉が終わらぬうちに足早に歩きはじめると、有無を言わさずにノエルを呼び出すのだった。


「ノエル、ついていらっしゃい!」

「あ、ちょっと待ってよ、コーデリア~!」


 慌ててせっかちな相棒(パートナー)を追うノエルだが、当のコーデリアはノエルの制止などどこ吹く風だ。そしてつかつかと足早に歩き、七緒とヴェロニカの前までやって来ると、仁王立ちして声を張り上げた。


「ちょっと、あなたたち! 話がありますわ!」

「あなたは……」

「話って何だ、コーデリア?」


 驚いて目を丸くする七緒だが、ヴェロニカはやや好戦的な態度をコーデリアに返した。口にせずともコーデリアが何を言いたいのか、ヴェロニカには分かっているのだろう。


 しかしコーデリアも、その程度のことで(ひる)むほどヤワな性格はしていない。左手を腰に添えると、右手で七緒とヴェロニカの顔を順に指して言った。


「私たちと勝負なさい!」

「勝負って……え? どうして?」


 わけが分からない七緒は戸惑うばかりだ。コーデリアは同じ第二部隊の黒猫で、魔女と戦う仲間だ。それなのに黒猫同士で戦う理由があるようには思えない。事態を呑みこめないでいる七緒を見たコーデリアは、さらに苛立ちをあらわにして声を荒げる。


「あなたたちの実力を試すためよ! 決まっているじゃありませんの!」 


 ヴェロニカはおよその事情を把握(はあく)しているらしく、声を低くして冷静に答える。

「オレたちの配属を決めたのはレイヴン・レティシアだ。コーデリア、お前はその決定に逆らうというのか?」


 ところがコーデリアは挑発的(ちょうはつてき)な微笑を見せると、露骨(ろこつ)にヴェロニカをあおりはじめた。

「あら、決闘が怖いんですの、ヴェロニカ? あなたらしくもない」

「何だと……⁉」

 

 途端にヴェロニカは低く唸ると、コーデリアをにらみつけた。ヴェロニカは見た目こそお人形みたいで美しいけれど、中身はとても勝気で負けず嫌いなところがある。売られた喧嘩は買う性格なのだ。


 するとコーデリアは挑発的な微笑を引っ込め、ふと真面目な顔になると、ヴェロニカをまっすぐに見据えて言った。

「わたくしにとっては実力が全てですの。家柄も血筋も……人種も肌の色も何も関係ない。あなたたちだって自分たちが第二部隊の黒猫にふさわしいと思っているなら、恐れるものは何もないはずでしょう⁉」

「……!」

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