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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第二章 決闘編
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第十九話 正式な配属

 七緒のオラシオンでの生活が本格的に始まった。授業に訓練、そして夜には魔女討伐。新しい生活に慣れきっていない七緒は、ついて行くだけで精一杯だけど、それほど辛さは感じない。それはきっと、隣にヴェロニカがいてくれるからだ。


 始めて接続(リンク)に成功したあの日から、ヴェロニカは以前のように七緒を無視したり、露骨に避けたりしなくなった。もっとも何事もなかったかのように仲良く、というわけにもいかず、まだどこかぎこちなさが残っている。それでも七緒とヴェロニカは互いに少しずつ会話を試みるようになっていた。

 

 七緒はそれが嬉しくてならない。ヴェロニカがほんの少しでも七緒を認めてくれたこと。そしてヴェロニカが前を向いて生きる選択をしてくれたことを喜ばずにはいられなかった。


 あれから七緒はヴェロニカと共に魔女討伐にも何度か出撃した。もっともヴェロニカと七緒に任されたのは陽動や他の黒猫のサポートといった危険の少ない役割ばかりで、戦力というより魔女討伐に慣れるための参加なのだろう。


 『逃避場所』にしていたお下げが無くなってから、七緒が下を向くことはなくなった。首筋がやけに涼しく感じることもあるけれど、もうお下げが恋しくなることはない。髪が風に(あお)られても気にしなくていいから、清々しているくらいだ。


 お下げがあった時は、そこが自分の唯一の居場所だと思っていた。お下げがなければ生きていけないと、誇張ではなく、本気で思い込んでいた。けれど、いざお下げを手放してみると、不安を感じるどころか心は軽やかで、何だか生まれ変わったような気にさえなってくる。それが七緒自身、不思議でならなかった。


(私……少しは変われたのかな……?)


 お下げがなくなったから変われたのか、それとも七緒が変わったからお下げが必要なくなったのか、七緒はどちらでもよかった。ただ、ヴェロニカのそばにいられると思うと体の底から不思議な力が湧きあがってくる。ヴェロニカにふさわしい聖杯(カリフ)になりたい。胸を張って彼女の隣に立ちたい。今はそれが七緒の目標であり、拠り所だ。


 そんなある日、七緒はヴェロニカと共に、教官室に呼び出された。オラシオンにある学校(エスクエラ)では、レイヴンが教官を兼任している。ちなみにレティシアは数学の教官だ。教官室にはレティシアの他にも、第一部隊や第三部隊のレイヴンの姿もあった。もちろんレイヴンだけでは教官の数が足らないので、サーパントと呼ばれる男性教官や教官職だけを務める先生たちもいる。


「私が……正式に第二部隊に?」

「ええ」


 七緒が驚いて尋ね返すと、二人を呼び出したレティシアは大きく頷いた。七緒とヴェロニカは初めて接続(リンク)に成功し、魔女討伐に出撃して以降、そのまま第二部隊に所属していた。七緒としては、あくまで借りの配属だと思っていたけれど、どうやらレティシアは二人をそのまま第二部隊に据え置くつもりらしい。


「でも……ヴェロニカはともかく、私はまだ接続(リンク)が上手くいったばかりで……その、本当に良いんでしょうか?」


 黒猫は実力がある組から順に第一部隊、第二部隊、第三部隊へと振り分けられる。聞くところによると、本来は入隊試験があるらしい。それなのに何の実績(じっせき)も無い七緒が、このまま第二部隊に居続けてもいいのだろうか。七緒は不安を感じてしまうけれど、レティシアは懸念(けねん)払拭(ふっしょく)するように笑う。


「初めて接続(リンク)が成功した時点で、あれだけしっかり戦闘に参加することができたんだもの。心配ないわ。むしろ自信を持ちなさい」

「……‼ はい!」


 面と向かって目上の人から誉められるのは、七緒にとって生まれて初めての経験だ。人から褒められるのは気恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しくもある。喜びをかみしめるように七緒の頬が真っ赤に染まる。


「……と言っても、あなたにはまだ聖杯(カリフ)としての伸びしろを感じるわ。これからもしっかり訓練して、その能力を伸ばしてもらう事になるから、そのつもりでね」

「は……はい……」


 それを聞いた途端、七緒の顔は血の気が引いたようにカチコチに固まってしまった。今まで誰かに期待されたことが無いから、そのように言われると、上手く期待に応えられるだろうかと心細くなってしまう。


 するとレティシア可笑しそうに、くすくすと笑い声を上げた。

「ナナオはすぐに緊張しちゃうのね。大丈夫よ。あなたの(グラディウス)であるヴェロニカはもともと第二部隊だもの。いい、ヴェロニカ。ナナオに色々教えてあげるのよ?」

「……分かってる」


 レティシアは「あら」と目を見開く。ヴェロニカの返答がいやに素直だと感じたからだろう。けれど、決してレティシアの思い過ごしではない。ヴェロニカは最近、あまり周囲の人間を()ねつけなくなった。今も七緒を安心させようと声をかけてくれる。


「黒猫は一人だけじゃない。オレが傍にいる。共に訓練を重ね、実力をつければ自信もつく。心配するな」

「う……うん!」


 七緒は臆病だから、期待をされると嬉しい反面、自分なんかが期待に応えられるだろうかと不安になってしまう。でも、ヴェロニカが一緒なら自分のために、人のために、何よりヴェロニカのために頑張ろうと思えてくるのだった。


(頑張ろう……立派な聖杯(カリフ)になってヴェロニカを支えるんだ……!)


 七緒の実力はヴェロニカの前の聖杯(カリフ)であるサラには遠く及ばないかもしれないけれど、たとえ彼女には勝てなくとも、できる限りの努力をしたい。ヴェロニカが魔女討伐の際に少しでも戦いやすいように。


 七緒は改めて決意を固めるのだった。


  レティシアの要件(ようけん)を聞き終わると、七緒とヴェロニカは仲良く連れ立って教官室を後にしていった。それを見ていた他の部隊のレイヴンたちは、すぐさまレティシアに声をかけてくる。


「……ねえねえ、レティシアさん! 今の子たち、ヴェロニカ=ナナオ組ですよね? この間まですごく雰囲気が悪かったのに……いつの間にあんなに仲良くなっちゃったんですか?」


 開口一番にそう尋ねたのは、第三部隊のレイヴン・ベアトリクスだ。ストローイエローのふんわりとした巻き毛にアイリス色の瞳が可愛らしい。三人いるレイヴンの中でも最も年若いせいか、大きな瞳にはまだどこか幼さを残していて、黒猫たちには姉のように慕われている。


「確かに……この間の魔女討伐に無理やり出撃させてから雰囲気が変わったな。何があったんだ?」


 続いて口を開いたのは、第一部隊のレイヴン・アーデルハイトだ。彼女は青みを帯びた黒髪にキャロットの瞳を持つ。彼女の質実剛健(しつじつごうけん)な性格を反映してか、デュシスでは珍しいほど髪質がストレートだ。目元や口元にもきりりとしていて、女性ながら威圧感を感じさせる。黒猫たちには陰で『女帝』と呼ばれ、恐れられているけれど、とても情の深いところも持ち合わせている。


 二人のレイヴンに好奇の眼差しを向けられて、レティシアは肩を(すく)める。

「それはこっちが聞きたいくらい。でも……あの二人はひと安心ね。ヴェロニカもサラを失ったショックから徐々に立ち直っているようだし、ナナオも少しずつ自分の気持ちを相手に伝えられるようになってきてる。一時はどうなることかと思ったけれど……本当に心配ばかりさせるんだから」


 実を言うと、レティシアは七緒のことはあまり心配していなかった。大人しく控えめな性格であるのは東西の文化の違いも関係しているだろうし、デュシスに慣れれば自ずと自己を主張するようになるだろうと思ったから。大人しい少女のほうがその実、頑固だったり強い意志を秘めていたりするのは、よくあることだ。


 レティシアが案じていたのは、ヴェロニカのほうだ。片割れを失った黒猫が新しいパートナーに馴染めず、後を追うようにして死んでしまうところを、レティシアは今まで何度も目にしてきた。皮肉にも仲が良かったり優秀だったりするカップルほど、その傾向がある。だからヴェロニカもサラの二の舞になってしまうのではないかと気が気ではなかった。


 けれど七緒とヴェロニカは接続(リンク)を機に、何とか二人とも山を越えたようだ。


 そんな事を考えていると、ベアトリスが口を開く。

「でも……珍しいパターンですよね、あの二人」


「確かに……あれほどぎこちなかったら、カップルを立て直すのは難しいものだがな」

 アーデルハイトも感心したようにつぶやいた。


 二人ともヴェロニカ=七緒組があれほど上手くいくとは思っていなかったのだろう。無理もない。レティシア自身も駄目かもしれないと半ば諦めていたのだから。


「あの年頃の女の子ってそういうものよ。繊細(せんさい)かと思っていると強靭(きょうじん)だったり……物静かだと思っていたら豊かな情熱を秘めていたり」


 レティシアがしみじみと答えると、ベアトリスも心当たりがあるのか、うんうんと頷く。

「大人として接すると、中身はまだまだ子どもだったりしますしねー」

「そういうある種の二面性が、魔法(マギア)の力を高めているのかもしれないな。我々にはとうに失われたものでもあるが……」


 アーデルハイトの言う通りだ。魔法(マギア)は十代の少女にしか現れない力だ。大人になるにつれてその力は徐々に失われていくし、男性にはほとんど現れない。それを考えると十代の少女たちの瑞々しい感受性――あるいは未熟な精神こそが魔法(マギア)の発動には必要不可欠なのかもしれない。


 ただ、その辺りの仕組みについては、いまだ解明されていない。魔法(マギア)に関する研究はデュシスの中心である王都によって厳しく制限されているからだ。魔女討伐に生かすため、オラシオンでも魔法(マギア)の研究は行われているけれど、いくつかの禁忌事項(きんきじきこう)が課せられており、それを犯すと厳しく罰せられる。


 レティシアたちレイヴンにできるのは、黒猫を導くという役割を果たすことだけ。


「何にせよ、彼女たち黒猫は私たちが思っているよりずっと強く、ずっと(もろ)いわ。だからこそレイヴンは黒猫たちを正しく導かなければならないわね」


 レティシアがそうつぶやくと、アーデルハイトとベアトリスも順に頷く。

「……ああ、そうだな」

「ですねー。そうそうアーデルハイト先輩!第三部隊の編成でちょっと相談してもらいたいことがあるんですけど……」


 ベアトリスは三人のレイヴンの中で最も年若いこともあり、アーデルハイトやレティシアを先輩として慕ってくれている。経験を積まねばならないのは黒猫だけではなく、レイヴンも同じだ。指揮官であるレイヴンの指示ひとつで、黒猫たちを生かしもするが殺しもする。だからレイヴンの責任は重大なのだ。


 レティシアたちはデュシスの教員免許を取得しており、それぞれの科目の教官も努めなければならない。レティシアは教官室のポットで淹れたコーヒーを一口飲むと、さっそく次の授業の準備に取りかかったのだった。

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