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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第一章 出会い編
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第十八話 接続《リンク》③

 接続(リンク)で結ばれたヴェロニカと七緒は手を繋いだまま、夜空に浮かぶ月に向かってぐんぐん飛翔してゆく。七緒は何もしていない。ヴェロニカが導いてくれるのだ。最初こそ重力が体に圧し掛かったけれど、一度上昇をはじめると風が二人を包み込み、遠くへと運んでくれる。七緒のドレスのスカートの(すそ)は蝶のようにひらひらと舞い狂った。


(しかも、早い……‼)


 実際に飛んでみると、地上のアルクスから見学していた時よりも、かなりのスピードを感じる。風を切る音がびゅうびゅうと耳元で()(たけ)り、眼下ではどんどんオラシオンが遠くなっていく。視線を転じると、スィスィアの森が(はる)か遠くまで広がっているのも見えた。果てしなく広がる風景に、七緒はどこまでも行けそうな気がしてくる。


 七緒はうっかり下を見てしまって、その高さに思わずギュッと目を(つむ)った。空を飛ぶという生まれて初めての体験に、呼吸さえ満足にすることができない。こうして七緒が空を飛べるのも、ヴェロニカのおかげだ。


 感動と興奮、高揚、そして戸惑い。様々な感情が溢れて七緒は目が回りそうだった。


 目まぐるしく変化する風景は七緒の心を激しく搔き乱すから、七緒はヴェロニカに言われた通り、接続(リンク)が切れないように手を放さないことだけを考えた。


 七緒は接続(リンク)に専念するため(まぶた)を閉じて、ヴェロニカと繋いだ手のひらに意識を集中させる。ヴェロニカの手のひらから伝わる熱はとても暖かい。その温かさに七緒の緊張が解け、励まされるようだった。


 目を閉じた後のことは、よく覚えていない。気づけば魔女の巨大な体躯が目前に迫っていて、ヴェロニカと七緒は、その巨大な魔女の背後に回り込んでいた。


 レティシアはカラスを介して黒猫たちに指令を出す。

「第二部隊、フォーメーション=セプテムを展開! 各々、訓練を良く思い出して!」

「はい‼」


 接続(リンク)を維持するだけで精一杯の七緒は、何が起こっているのか把握(はあく)する余裕すらないけれど、ヴェロニカはさすがに冷静で、上手く戦えているという自信が接続(リンク)した手の平から伝わってくる。七緒と接続(リンク)しているからだろうか。ヴェロニカの動きはどんどん力強さを増していくようだ。


 第二部隊の黒猫たちも次々と魔女に攻撃を加えてゆくけれど、てんでばらばらな動きではない。攻撃する位置や順序、全てが事前に決まっているように秩序だった動きは、さながら舞踊(ぶよう)のようだ。魔女は満足に反撃することもできず、一方的にやり込められていく。


 ヴェロニカと七緒が所属する第二部隊が魔女の動きを封じ込めてから、アルクスから動き出す一群があった。黒猫の第一部隊だ。


 第一部隊は魔女に致命傷を与え、止めを刺す最も重要で危険な役割を担っている。その中には屋上で会話を交わした黒猫、アーテルの姿もあった。ミストホワイトの髪は夜闇にくっきりと映え、すぐに見つけることができた。


 アーテルは戦闘服(ストラ)に身を包み、身の丈もあるほどの大剣を携えていた。彼女と接続(リンク)しているのは、赤銅色の髪を持した少女だ。彼女がアーテルの聖杯(カリフ)なのだろう。


「あの人……‼」

 七緒は思わず小さく叫んだ。するとヴェロニカもアーテルに気づいて説明をしてくれる。


「あれはアーテル=ドロシー組……オラシオンで最も実力のある黒猫だ」


(あのアーテルという人……そんなに凄い人なんだ……!)


 ヴェロニカの声にも尊敬と畏怖(いふ)の感情が(にじ)んでいた。おそらく、それはオラシオンの黒猫みなに共通した感情なのだろう。アーテルは突出した実力を持つ、すべての黒猫から一目置かれている存在なのだ。


 それを証明するかのように、アーテル=ドロシー組は魔女のピエロの仮面を一撃で粉々に破壊してしまった。そのまま魔女の心臓(コル)までもを一刀のもとに断ち切る。


 訓練の成果だろうか。それともヴェロニカが完全復帰したからだろうか。七緒が見学していた時より黒猫たちの動きは迅速(じんそく)で、第二部隊の士気が高い。


 魔女の動きや攻撃を第二部隊が徹底的に封じ込めたおかげか、第一部隊の黒猫たちが魔女に止めを刺すのもあっという間だった。心臓(コル)を失った魔女はどろりと溶け、音もなくスィスィアの森にその巨体を沈めていく。


「終わった……!」

「あっという間だったな」


 調子が良いと感じたのは七緒だけではないようだ。負傷者が誰もいないからだろう。あちこちで黒猫たちが嬉しそうな声を上げているのが聞こえてきた。自分が大して役に立ったわけではないと自覚しているけれど、黒猫たちの浮足立った声に耳を傾けていると、七緒も何となく嬉しくなってくるのだった。


 やがて魔女討伐を終えてひと息つく黒猫たちに、カラスを通してレイヴンから伝言が届けられる。

「みんな、今日はとても良かったわよ。お疲れ様! オラシオンに帰還しなさい」

「はい‼」


 その頃には魔女の身体は完全にスィスィアの森の中へと溶けてしまい、影も形も無かった。森の木々は倒され、荒れ果てているけれど、それも夜明けを迎える頃には、いつものように元通りになるのだろう。


 続々とアルクスへ帰還しはじめる黒猫たちは、みな互いの健闘を称え、無事を喜びあっている。ヴェロニカ=七緒組も城塞(トイコス)に帰還した。ところが広場(アルクス)に足がついた途端、七緒はその場にぺたんと座り込んでしまった。


「ナナオ、大丈夫か?」


 ヴェロニカは驚いて七緒の顔を覗きこむと、手を伸ばして七緒が立ち上がるのを支えてくれる。

「ごめんなさい、ちょっと……頭がくらくらしてしまって」


 するとヴェロニカはわずかに笑みを見せた。

「……そうだろう。オレも最初の頃は三半規管がおかしくなりそうだった」

「でも……すごく気持ち良かった。魔女討伐で、そんな感想、おかしいかもしれないけど……」


 身体を包む激しい浮遊感に、最初はびっくりしたけれど、ヴェロニカが傍にいてくれたから怖くはなかった。むしろ吹き抜けていく風と一体化して、自分も風の一部になったみたいで、とても爽快(そうかい)だった。まるで翼が生えて鳥になったみたいだ。


 魔女討伐は命をかけた戦いだと分かっているけれど、それでも七緒が心地よいと感じたのは、一人ではなかったからかもしれない。


「いや、おかしくない。オレも……」

「……何?」


 突然、言葉を呑み込んでしまったヴェロニカに七緒は首を傾げる。ヴェロニカは何事か考え込むかのように瞳を伏せていたが、やがて静かに口を開いた。


「……不思議だな。ナナオと飛び立つまでは、もう二度と他の聖杯(カリフ)とは組まないと心に決めていたのに……。いざ一緒に飛んでみると、こんなにも懐かしさを覚えるなんて。オレも本当は心のどこかで聖杯(カリフ)を求めていたのかもしれないな……」

「ヴェロニカ……」


 ヴェロニカは、ふとスィスィアの森を見つめると、誰にも聞こえないような小さな声でひっそりとつぶやいた。

「サラ……すまない。俺はまだもう少し、そっちには行けそうにない」


「どうしたの……?」

「いや、何でもない。……戻ろう、俺たちの寮へ」


 ヴェロニカが何をつぶやいたのか、七緒にはよく聞こえなかった。気にはなったものの、それを確かめる前に他の黒猫がやって来て、ヴェロニカと七緒を取り囲んだ。


「ヴェロニカー! やった、やったね!」

「良かったな、新しい聖杯(カリフ)接続(リンク)できて! 完全復活じゃないか!」

「一人でアルクスに現れた時は心配したんだぞ! 死ぬかと思ったじゃないか!」

「そうですわよ! もう……本当に強情なのだから!」

「い、痛い、痛い! 戦闘服(ストラ)や髪を引っ張るな!」


 あっという間に第二部隊の仲間の黒猫たちに、もみくちゃにされるヴェロニカは、口では何だかんだ言いつつもどこか嬉しそうだ。急に囲まれて驚いていると、ロビンや他の黒猫たちが七緒にも声をかけてくる。


「ナナオも初めての接続(リンク)、おめでとう」

「髪を切ったんだね。イメチェン? 良く似合ってるよ!」

「そうそう! 前のも悪くなかったけど、そっちのがずっと似合ってるよ!」


 こうして改めて褒められると、やはり恥ずかしい。一ノ瀬家にいた時は、こういう風に褒められたり、声をかけられることは一度も無かった。慣れていないから、余計にどう反応していいか分からない。


 でも、もううつむくのは辞めると決めた。そのために唯一の『避難場所』だったお下げも切り落としたのだ。七緒が逃げ込む場所は、もうどこにも無い。だから、うつむくかわりに、七緒はとびきりの笑顔を作った。


「あ……ありがとう」


 ひとしきり盛り上がると、第二部隊の黒猫たちはアルクスを後にし始めた。七緒もヴェロニカに促されて慌てて後を追ったものの、ふと足を止めると、最後に一度だけスィスィアの森を振り返った。


 黒々とした森は、すでに巨大な魔女の姿すら完全に消え失せていて、何事も無かったかのように静かだった。


 おいで、おいでと、しきりと(ささや)きかけていたあの不思議な声も、今の七緒にはすっかり聞こえなくなっていた。

これで第一章は終わりとなります。

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