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ねえ、ヴェロニカ  作者: 天野 地人
第一章 出会い編
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第十一話 ロビンとクロエ②

一方、ロビンはクロエから七緒に視線を戻すと、会話を続ける。

「君はナナオ……だったな?」

「は……はい。七緒、です」


「ヴェロニカと組むのは大変だろう。あんなことがあった後だ。ヴェロニカが荒れる気持ちも分かる。本当は、もっと心の優しい奴なんだがな……」

「……? 『あんなこと』って……何か……あったんですか?」


 何かあったらしいというのは、七緒もうっすらと感じていた。ヴェロニカは以前、聖杯(カリフ)を失っているのだと。でも具体的に何があったのか、はっきりと聞いたわけではない。それほど大変なことがあったのだろうか。


 ところが、首を傾げた七緒に反応したのはクロエだった。眼鏡の奥のまなじりをきっと吊り上げると、声を荒げる。

「あなた……知らないの? ヴェロニカのパートナーなのに!」

「あ、あの……すみません……!」


 七緒は反射的にびくりと体を強張らせて、うつむいた。クロエの言うことも分かるけれど、ヴェロニカはひどく七緒を嫌っていて、落ち着いて会話を交わせる状態ではないのだ。そう反論したかったけれど、言葉は喉のあたりで詰まったまま、外に出てこない。七緒は目に涙を溜めたまま、お下げの間に顔を埋めてうつむくばかりだ。


 小さく縮こまってしまった七緒の姿を目にしたロビンは、クロエを穏やかになだめる。

「クロエ、そういう言い方をするな」

「だって……!」


「レイヴンだって、ナナオには教えてなかったんだ。たぶん……いろいろな配慮(はいりょ)があったんだろう。すまないな。今のは私の失言(しつげん)だった」


 確かに配慮はあったのだろう。七緒とヴェロニカが一刻も早く、聖杯(カリフ)(グラディウス)としての関係を築き、接続(リンク)できるようにする為に、レティシアはよけいな情報を教えないという選択をしたのかもしれない。


 しかし、そのように(ほの)めかされると、七緒はよけいに気になってきた。ヴェロニカとかつての聖杯(カリフ)に、いったい何があったのだろうか。もしかしたらそこに、この行き詰ったヴェロニカとの関係を打開するヒントが隠されているのかもしれない。クロエは何だか怖いけれど、ロビンは頼めば話を聞かせてくれそうだ。


 オラシオンには七緒の知り合いがいないし、他の誰にも、ヴェロニカに何があったのか尋ねることができない。今を逃せば、話を聞けるチャンスは二度と無いだろう。だから七緒はありったけの勇気を振りしぼると、上擦った声でロビンに頼んだ。


「いえ……あの、それより……教えてください。いったい……何があったんですか?」

「いや、でも……」


「私、ヴェロニカのこと……知りたいんです!」


 七緒は勢いこんで身を乗り出した。ロビンに(ほの)めかされて、クロエにも(とが)められて、今さらながらに気づいたことがある。七緒はヴェロニカのことを、まだ何も知らない。そしてヴェロニカもまた、七緒のことは何ひとつ知らないのだと。七緒は知りたい。ヴェロニカに何があったのだろう。どうしてあれほど七緒のことを嫌うのか。どうせ駄目だとあきらめるのは、それを知ってからでも遅くはない。


 そして、できる事ならヴェロニカにも、七緒のことを知ってもらいたい。最初から気に食わないと()ねつけるのではなく、せめて一度でもいいから、七緒のほうをきちんと向いて欲しい。互いに聖杯(カリフ)(グラディウス)になるかどうかは、それから決めたって遅くはないのだから。


 ロビンとクロエは戸惑ったように顔を見合わせたけれど、七緒の熱意に押し切られる形でロビンが口を開いた。


「……ヴェロニカには、もともとサラという名の聖杯(カリフ)がいたんだ。だが、サラは魔女討伐で死んでしまった。魔女に殺されたんだ。全身をズタズタにされて……遺体の損傷があまりにも酷くて、私ですら直視できないほどだった」


「まだ……そんなに昔の話じゃないわ。一か月前の出来事よ」


 クロエの声音は威圧的で冷たかったけれど、その瞳は悲しげに伏せられていた。おそらく彼女もまた、サラと親しくしていたのだろう。今まで一人ぼっちで生きてきた七緒にも、それくらいの事は想像がついた。


「サラ……」

 七緒はつぶやく。初めて耳にする名前だ。


「ヴェロニカ=サラ組は優秀で、私たち第二部隊の中では、一、二を争うほどの実力だった。二人は仲がとても良くて……魔女討伐の時以外にも、いつも一緒だった。それがまさかあんなことになるなんて、思ってもみなかったよ」


 ロビンは遠い目をしながら、(いた)ましそうに言った。ロビンやクロエも同じ部隊の仲間だったから、ヴェロニカほどではないとはいえ、サラを失った悲しさや寂しさは隠しきれないのだろう。クロエも沈んだ声音で続ける。


「ヴェロニカはたぶん、責任を感じているんじゃないかしら? サラを守れなかったこと、自分だけ生き残ってしまったことをね。だからまだ新しい聖杯(カリフ)を受け入れる気持ちになれないのよ」


「……」


 七緒は黙り込んだ。そんなことがあったなんて、まったく知らなかった。ヴェロニカのパートナーだった聖杯(カリフ)が、そんな悲惨(ひごう)の死を遂げていただなんて。それならそうと、誰か教えてくれたら良かったのに。


(ううん……誰とも話そうとしなかったのは私のほうだもの。そんな大事なことなのに、今まで知ることができなかったのは、私自身にも悪いところがあったからなんだ) 


 オラシオンに来てからというもの、七緒は誰とも話そうとしなかった。新しい環境に慣れるのに精一杯だったこともあるけれど、誰一人として自分から話しかけたことが無かったのは事実だ。


 和国ではそういう生き方も許された。七緒は巫女の血筋を引く特別な存在であり、冷遇されていたものの、必要な情報は一ノ瀬の家によって与えられていた。誰とも話さなくても、困ることはなかった。


 けれど、オラシオンでは七緒は良くも悪くも特別な存在ではない。欲しいものがあるなら、自分で動くほかないのだ。


(私……何も知らなかった。何も分かっていなかった。何も……何も!)


 今、ヴェロニカの隣にいる聖杯(カリフ)はサラではない。七緒だ。そして彼女がどれほど願ったとしても、サラは二度と戻っては来ない。そのことにヴェロニカはずっと悲しみ、あれほど憤っていたのだ。


 それは裏を返すと、ヴェロニカは七緒の存在そのものが憎いわけではないのだろう。七緒とヴェロニカには、まだやり直せる可能性が残されているのかもしれない。


「余計な話だったかな?」

 ロビンは気遣わし気な視線を送ってくる。まずい話をしただろうかと思っているのだろう。


 七緒ははっとして顔を上げ、あわててぺこんと頭を下げた。

「い、いいえ! あの……ありがとうございました!」


 するとロビンは、そんな七緒を可笑しそうに笑った。

「タメ口でいいよ。頭も下げなくていい。私たちは同じ部隊の仲間なんだから」


 するとその時、時計塔からガラーン、ゴローンと重々しく鐘が鳴るのが聞こえてくる。休憩時間の終了を知らせる鐘の音だ。


「おっと、そろそろ時間か。……それじゃあ、また訓練場で」


 ロビンは最後に、にこりと笑うと、クロエとともに七緒から離れた。七緒はヴェロニカとのかすかな可能性に胸を高鳴せながら、二人を見送ったのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あと十分ほどで次の授業が始まってしまう。オラシオンは普通の学校ではないけれど、遅刻には当然のようにペナルティが課されるから、急いだほうが良いだろう。足早に階段を降りながら屋上から校舎の中に戻る途中で、ロビンは前を進むクロエに声をかけた。


「ほら、悪い子じゃなかっただろう?」 


 ロビンが言っているのは、七緒のことだ。少し臆病で意志の弱いところはあるけれど、悪い娘には見えなかった。クロエはちらりとロビンのほうを振り向いたが、すぐに前を向くと素っ気ない口調で答えた。


「そう? 私は相変わらず何考えてるのか分からない、気味の悪い子だと思ったけど」


「そんなことないさ。あの子はちゃんと、パートナーのことを……ヴェロニカのことを心配している。そうでなければ詳しい話を聞いてきたりはしないだろう? 彼女はただ、自分の意志を表に出すのが下手なだけさ」


「……どうかしら。それを決めるのは、まだ時期尚早(じきしょうそう)だと思うけど」


「クロエ姫は素直じゃないなあ」


 ロビンはとうとう噴き出した。クロエは父親が学者だったせいか、何事も批判的に考えがちだ。でも、それは悪意があっての事

ではない。クロエは誰より自分自身に厳しい娘なのだ。彼女の(グラディウス)であるロビンは、そのことを誰よりも良く知っている。


「だから、その姫扱いはやめてってば!……もう!」


 クロエはほほを膨らませ、ロビンをにらんだ。クロエがそのように子供っぽい言動を取るのは、ロビンの前だけだ。口ではあれこれ言いつつも、自分の(グラディウス)を誰よりも信頼し、心を許している証なのだとロビンは知っている。


 そう、クロエ姫は素直ではないのだ。


 でもあまりからかうと、クロエは本気で怒ってしまうから、ロビンは彼女の背中を軽くたたいて駆け出した。

「……さあ、急ごう。次の授業が始まる」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 屋上から教室に戻った七緒は、午後の授業中、ずっとぼんやりとしていた。昼休憩の時、ロビンやクロエから聞いたヴェロニカの過去の話が、頭の中でぐるぐると何度も繰り返される。


(ヴェロニカには聖杯(カリフ)がいた……それがパートナーのサラ……。ヴェロニカはまだサラのことを忘れてない。ヴェロニカの聖杯(カリフ)は、永遠にサラなんだ。ヴェロニカは、私が聖杯(カリフ)で、がっかり……したのかな……? だから、故郷に帰れなんて言ったのかも……)


 サラはとても優秀な聖杯(カリフ)だったらしい。そのかわりに現れたのが七緒では、ヴェロニカが失望するのも仕方のないことだろう。七緒は魔法(マギア)はともかく、見るからに鈍臭くて、体を動かすこともあまり得意ではない。その上、接続(リンク)も上手くいかないとあっては、ヴェロニカが腹を立てるのも当然だと思っていた。


 けれども、ヴェロニカが七緒に冷たかった理由がようやく分かった。ヴェロニカの七緒に対する嫌悪は、おそらく七緒自身に原因があるのではない。サラを死なせてしまった罪悪感が、ヴェロニカにかたくなな態度を取らせているのだろう。


 七緒に「家に帰れ」と言ったのも、サラのように死なせたくかったからではないだろうか。そう考えると不思議と沈み切っていた心が、少しだけ軽くなってくる。


(私、ヴェロニカに嫌われてるわけじゃない……? 私がもし、サラみたいにちゃんとした聖杯(カリフ)になるって分かったら……ヴェロニカは私を見直してくれるかな……? 私が聖杯(カリフ)としてヴェロニカにふさわしい存在になれば、振り向いてくれる……?)


 まだ可能性はあるかもしれない。自分の努力次第で、ヴェロニカが認めてくれるかもしれない。その可能性を考えただけで、不思議と心臓がどきどきと高鳴ってくる。胸の奥が痺れるように熱くなって、興奮が全身を駆けめぐってゆく。


(私……私、ヴェロニカの聖杯(カリフ)になりたい……‼)


 ずっと一人でもいいと思っていた。どうせ七緒を受け入れてくれる世界なんて無いのだから。それなら永遠に一人で構わないと。でも本当は、心の奥底では孤独は嫌だった。誰とも深く関わらずに、ただただ己を殺して生きる。そんな生き方には、心のどこかでうんざりしていた。


 一ノ瀬の家では、一人ぼっちであるように半ば強制されていたけれど、ここデュシスでは七緒がどのように生き、どの様に振舞うかは、すべて自由に決めて良いのだから。


 もしかしたらオラシオンには、一ノ瀬家とはまったく違う世界が広がっているかもしれない。そう思うと、七緒の心も体も不思議な興奮に包まれるのだった。


 薄暗く、温度の無かった七緒の世界に、一筋の熱を伴った純白の光が差しこみ、すべてを鮮やかに照らし上げていく。そして味気なかった白黒の世界に、目も眩むばかりの色の洪水が巻き起こり、生命の息吹を溢れさせていく。


 ヴェロニカは七緒を認めていないけれど、これから変わる可能性はまだ残されている。七緒はヴェロニカの聖杯(カリフ)になりたい。ヴェロニカに自分の存在を認めてもらいたい。そしてうつむくことなく、胸を張って生きてみたい。一度でいいから、そんな憧れの自分になってみたい。 


 七緒が自ら進んで誰かに好かれたいなんて思ったのは、生まれて初めての経験だ。それは一ノ瀬家にいた時は決して感じることの無かった、激しくて瑞々しい感情だった。

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