スキルと魔石
爽やかな風が生い茂った草花を揺らしながら吹いている。
俺とケビンは1階層にいた。
俺たちが決めた内容は、
・ケビンが8階層に着くまで一緒にパーティーを組む。
・一緒にダンジョンに潜って稼いだ金はナオキとケビンで7:3にする。
これを決めた後、実際に自分たちの動きを見てみようということでダンジョンに来たのだった。
ケビンがゴブリン相手に剣を構えている。刀身に比べて持ち手が長い、片手でも両手でも持てるロングソードと呼ばれるものだ。
ケビンが剣を携えているのを見たときは驚いた。ステータス的に考えて、物理戦闘は合わないと思っていたからだ。
ケビンは《剣術》を持っていると言った。
調べた限り、スキルを得るために必要なのは、俺の《ストア》を除けば才能と努力が必須らしい。生まれ持ったスキルを除いて、スキルを得るにはそのための行動を繰り返し行わなければならないらしい。中には10年単位で時間がかかるものも有るのだとか。それだけ時間をかけてもスキルを得られるかどうかは才能の有無で決まる。生まれ持ったスキルの場合、かなり才能が高いもののようだ。
要するに、ケビンが《剣術》を持っているということは、あの魔法向きのステータスでも剣術に才能があるということだ。
だがそんなケビンはゴブリン相手にいい勝負をしていた。
ゴブリンのステータスは10前後。対してケビンは一番低くても20前後のステータスを持つ。戦いはケビンが優勢ではあるが、なぜか押しきることが出来ていなかった。
結局ケビンはゴブリンを倒すのに数分かかった。
「……聞きずらいんだけどさ、ケビンって本当に《剣術》持ってるの?」
思わず聞いてしまった。
だがケビンは申し訳無さそうに笑った。
「僕の《剣術》はレベルがⅠなんです。スキルのレベルがどうやって上がる知っていますか?……スキルのレベルを上げるには、スキルを得るのと同じように、そのスキルを繰り返し使うしか無いんです。そして何回繰り返し使えばレベルが上がるかは、その人の才能次第だと言われています。僕は剣で戦っていくつもりです。でも僕にはその才能が無いんですよ。面倒な依頼を受けてしまったと思いますか?」
そういうことだったのか。
確かにゴブリンは弱いが、日夜パントリーで餌を得るためにスキルのレベルは大抵がⅡだ。
倍のステータス差をある程度埋められるほど、スキルのレベル差は大きい。スキルのレベルが一つ上がるだけで、出来ることが格段に増えるし、これまでよりも楽に出来る。
ケビンのスキルを一つとはいえ知り、そのレベルもわかった。さらに数分間の戦いも見ていた。今なら《分析》でより深く見えるだろう。
《分析》
ケビン Lv13
HP 204
MP 240
Str 20
Def 19
Spe 34
Dex 35
Mag 42
水魔法Ⅱ 風魔法Ⅱ 剣術Ⅰ
《分析》
剣術Ⅰ(8/10)
なるほど、と納得できた。
なぜレベルⅡの魔法スキルを使わないのかは気になるが、それはきっと彼なりの理由があるのだろう。少なくともレベルがⅠではないのだから、使ったことはあるはずだ。
それよりも納得できたのは、スキルのレベルアップに必要な熟練度についてだ。
スキルの横に出ている(8/10)。俺はこれを熟練度と呼んでいる。
この熟練度が10/10になったとき、《剣術》のレベルはⅡになるはずだ。
そしてこの熟練度の溜まりかたが、ケビンの言っている才能次第だということだろう。
例えば黒骸騎士の場合、はじめから持っていた《剣術》や《闇魔法》、《影斬り》のスキルは、一度使うだけ、なんなら素振りでも熟練度がたまっていた。でも後から得た《手入れ》というスキルは、3、4回使ってやっと熟練度が1たまった。
ケビンはこれがさらに顕著なんだろう。
「まさか。一度受けた依頼はやり遂げて見せるよ。ケビンが剣で8階層までいきたいなら一緒に強くなろう」
食べて、寝て、ダンジョンメニューを開いて、時々スキルを磨く日々に飽きて俺は冒険者になったのだ。金には困っていない、自分のダンジョンだしこれといって危険も無い。
むしろ『縛り』は楽しみですらある。
ケビンは俺の言葉を聞いて、少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ次は俺が戦うから」
離れた所にゴブリンがいる。向こうもこちらに気付いて駆け出した所だった。
俺もゴブリンに向かって駆け出す。
同じ『駆け出す』でも俺とゴブリンのステータス差は大きい。すぐに手の届く所まで来たので、俺は勢いを殺さないように体を捻ってゴブリンの頭に回し蹴りを放った。
蹴られたゴブリンは面白いくらい吹き飛んで背中から落ちる。首がどうみてもいけない方向に曲がっていた。
ピクリともしなくなったゴブリンは穴が空いた水風船みたいにしぼんでいき、最後には尖った黒い小石が残った。
俺はこの小石を拾って腰に付けてあるアイテム袋に入れる。
「……すごいですね。ナオキさんって、《体術》か何か持ってるんですか?」
見ていたケビンが聞いてくる。
「持ってるのは《格闘術》だよ」
《体術》は素手での戦闘スキルの代表格だ。打撃、絞め技、受け身、足さばき……おおよそ全てに補正がつく。
対して《格闘術》は素手での戦闘では《体術》に一歩劣る。だが、ナイフ、剣、ロープ、片手斧などの簡単な武器も一通り使えるスキルだ。黒骸騎士に剣を、ライカンスロープに素手での戦闘を教えてもらう中で、どちらの訓練でも熟練度が貯まるこのスキルを選んだ。
「それに、6階層のアイアンゴーレムに比べたらゴブリンはなぁ」
「ああ確かに。ゴーレムに比べればゴブリンなんて、10体いたってゴーレム1体より弱いですしね」
ゴーレムは、人形型モンスターだ。
そのためかレベルが上がらず、ステータスとスキルは固定されている。それに決められた行動しか出来ず、命令を与えなければその場に突っ立っている。
だがそのステータスは同ランクのモンスター間では強い部類に入り、スキルも優秀なものが多い。
また魔石も有用だ。同ランクのモンスターに比べて約1.5倍程度高く売れる。なぜならゴーレムの魔石を加工した魔法石は、人造ゴーレムを生み出すことができるからだ。一般的には魔導兵装と呼ばれている。馬車を牽く馬型や、門などを警備する兵士型などがある。
魔石ってすごいな。
「そういえばゴブリンの魔法石ってどんな効果なの?」
そう聞くとケビンは少し困ったように顔をしかめた。
「ゴブリンの魔法石には極々微弱な精力増強作用があるようですが……《繁殖》を持つモンスターの魔法石はだいたい精力増強作用ですし、ゴブリンの魔法石はその中の最底辺なので……。まず魔法石に加工されずに魔石のまま魔力を取り出します」