ケビン
↓↓高橋直樹↓↓
カランカラン、と乾いた音を出すベルの付いた扉を押して中に入る。よく言えば実用性重視、悪く言えば質素な石で出来た建物。
入って右手にはいくつかの椅子と丸机があり、何人かが座って飲んだり話したりしている。
左手には壁一面に木の板が取り付けられ、そこにかなりの数の紙が貼り付けられている。
正面には鎧やローブを身に付け、剣や杖をぶら下げた人たちが並んでいる。その先にはカウンターがあった。
俺もその列に並ぶ。数人の列はすぐになくなり、俺の番になった。
「あっ、お疲れ様ですナオキさん。買い取りですか?」
カウンターに座っている少女、ナタリーが尋ねてくる。
「ああ。ポーションⅠを5本」
カウンターにポーションⅠと赤銅色の塊をのせる。
「……確かに、5本ともポーションⅠですね。
それではこちらが報酬の4,000Gになります」
ナタリーがカウンターの下から2枚のカードを取り出す。その上に俺のギルドカードを掲げると、一瞬光った。
「ポーションということは本日も6階まで?」
「特に異変は無かったよ。イミテーションキメラもいつも通り」
「そうですか。ありがとうございます」
ダンジョンのことを聞かれたので正直に答える。何か変化が起きればギルドも関係してくるから、こうしたほんの少しの会話を繰り返して情報を集めているのだ。
用事も終わったので早く帰ろう。そう思って体を出入口に向けようとすると、
ガツッ、と何かにぶつかった。
「「いたっ」」
声も重なった。
「すいませんっ、大丈夫ですか!?」
「こっちこそすいません。俺は大丈夫です」
それでは、と今度こそ出入口へ向かおうとした俺の腕が、パシッ、と掴まれた。
「実は、その……お話というかお願いがありまして……。少しだけ、聞いてくれませんか?」
相手は珍しくない薄い茶髪で、身長も高くない、160センチを越えたくらいの少年だった。
連れられたのは始めに見た丸机の1つ。そこの椅子に俺が座ったのを見て彼は正面に座った。
彼は背筋を伸ばして俺の目を見て、一呼吸入れて話し出した。
「まず自己紹介を。僕はケビン。冒険者ランクは1の、一昨日冒険者になった駆け出しです」
彼、ケビンは自己紹介をした。冒険者らしくない、とても丁寧な口調だ。
「俺はナオキ。半月前に冒険者になった。俺だって駆け出しの冒険者だ」
俺も自己紹介し返すと、ケビンは驚いたようだった。
「すいません、聞くつもりは無かったんですが、6階層まで行ったんですよね?」
「ああ。俺のレベルは29だから、イミテーションキメラにさえ手を出さなければ6階層でも探索出来るんだ」
「何人パーティーなんですか?」
「俺は物理も魔法もいけるし、アイテム袋を持ってるから、基本的にソロ。時々数合わせの臨時パーティーに入るくらいかな」
俺がそう言うと、ケビンは少し考えるように頭を軽く傾けたあとで言った。
「いろいろと尋ねてすいません。それで僕のお願いなのですが……、しばらくの間、僕とパーティーを組んでくれませんか」
ケビンは俺の目を真っ直ぐ見つめてそう言った。でも、それなら疑問がある。
「それってパーティー勧誘? でも昨日も今日も勧誘の紙は見なかったけど……」
そう言って俺が指差したのは依頼が貼ってある板である。俺が冒険者になったばかりの頃は、あそこには依頼よりもパーティー募集の紙の方が多く貼ってあったのだ。
「いえ、これは勧誘というよりも依頼です。もちろんお請けいただければ受付で正式な依頼として依頼用紙も書きます。お話を聞いていただけますか?」
そう言うことならと俺は頷く。もともとこういった面白そうなことがしたくて冒険者になったのだ。
「ありがとうございます。それで、パーティーを組んでほしいというのは僕が8階層に行けるくらい強くなるまでなんです」
「8階層ってことは、『オアシス』に?」
「はい。僕はどうしても8階層に到達しなければならないんです」
俺の作っているダンジョンは、今は8階層まで確認されている。
1階層は、ゴブリンやコボルトなどがいる初心者でも安心な『草原』。
2階層は、ウルフやオーガなどがいるほんの少し手強くなった『林』。
3階層は、動物型やクモ型のモンスターがいる、木が乱立している『森林』。
4階層は、コウモリ型のモンスターが主軸の、暗く狭い迷路が広がる『洞窟』。
5階層は、4階層のモンスターに加えて弱いゴーレム系モンスターがいる『坑道』。
6階層は、少し手強くなったゴーレム系モンスターと中堅向けモンスターがいる『遺跡』。
7階層は、群れや状態異常が特徴のモンスターと、ジリジリと肌を焼く熱気を持つ『砂漠』。
8階層は、涼しげな気候、魚も生息する綺麗な小川や湖、食べられる果実をつける草木が特徴の、モンスターがいない休憩地点である『オアシス』。
9階層以降も製作してあるが、一応こんな風になっている。
一般的な冒険者だと、6階層で活動できるくらいから中堅と言われている。
残念ながら俺のダンジョンにはせいぜいそのレベルしか来ないので、9階層以降が発見されないのだ。
「俺のレベルだと6階層までだけど? なんで俺とパーティーを組みたいの?」
俺はダンジョンマスターだから、本来は俺のダンジョン内のモンスターには攻撃されない。むしろ命令する立場だ。
でも自分の体を『ダンジョンマスター』ではなく『人』だと思うことでモンスターは俺を攻撃の対象に加えるのだ。
これは意識の切り替えだから一瞬で代われるし、何度でも代われる。
そうして冒険者としての生活を楽しんでいる。
「恥ずかしながら僕、2階層がやっとなんです。もし僕と組んでくれるなら、目標達成まではかなり時間がかかると思うんです。その頃には多分、ナオキさんはもっと強くなっているはずですから」
そう言ってケビンは恥ずかしがるようにして左耳の後ろを掻く。
なるほど、確かに一緒に戦っていけば一緒に強くなるだろう。そして今は俺の方が強いなら、差が埋まることはあっても抜かれることは無いだろう。
俺が人間であれば、だが。
ダンジョンマスターのレベルアップに必要なのはDPを獲得する事だ。ダンジョンブックで手に入ったDPはカウントされていなかった。あくまでも侵入者から手に入れる必要がある。
「それにナオキさん、お金に困っているわけではないでしょう? 僕の依頼は組んでくれる人の収入を下げてしまうので、それもあってなかなか依頼しにくいんです」
確かにそうだ。
俺は今6階層にいるが、ケビンと組めば2階層からになるだろう。そうすれば収入は2階層相当まで落ちる。普通の冒険者なら受けるはずがない。
だが俺の場合はダンジョンを運営している側だから、ダンジョンに配置しておくアイテムを売れば金になる。さっき売ったポーションがそうだ。
「確かに俺はそこまで金に困っているわけではない。お前の依頼を受けてもいいと思っている。でも今日はもうかなり暗くなってきた。依頼の詳細を詰めるのは明日にしないか?」
そう言うとケビンは窓を見て軽く驚いたようだった。
「こんな遅くまで聞いてくれてありがとうございます。明日はいつ頃なら時間がありますか?」
「明日の10時くらいはどうだろう。それくらいならギルドも混んでないはずだ」
「わかりました。今日は本当にありがとうございました」
そう言ってケビンは俺にお辞儀をすると、席を立って出ていった。