オーガ
オーガはすぐに振り返った。
口周りを血塗れにして、手の中のばらばらになったウサギを投げ捨てる。
ケビンはその場に止まって剣を構える。
「ガァァァッッ!!」
吠え声を衝撃波として放つ《咆哮》を持っているわけでもないのに、ビリビリと空気が震える。
一歩踏み出したと思えばもうケビンの前にいる。
ケビンは驚いた様子で体を後ろに倒しつつ、剣を間に割り込ませた。
Speで勝るケビンの反応が遅れたのは、オーガがStrも使って踏み込んだからだ。
Speが反射神経や指の動きなどの細かいところまで作用するように、Strは力を込めること全体に作用する。
Strが強ければ地面を蹴り飛ばす勢いも強くなる。
ケビンは剣を殴らせ、その勢いを両腕だけに留めず、体全体で後転するようにして受け流した。
いくら苔むしているとはいえ木の根が浮き上がり石が散乱する地面だ、絶対痛いと思う。
すぐに立ち上がり今度はケビンの方から向かっていく。
剣を持っている分ケビンの方がリーチが長い。
Speは圧倒的に勝っていて、避けては斬りつけている。
でもオーガのDefが高くあまり斬れていない。
鉄の棒をぶつけているのだから衝撃は通っているようだが、オーガの動きはほとんど鈍っていない。
《分析》
オーガ
HP 116/125
このままだとケビンの体力が切れる方が先だろうな。
またケビンがオーガの腕を打った時、オーガの腕、手が陽炎のようなもので覆われた。
《腕力上昇》《殴打》だ。持っているだけでパンチ力が上がる《殴打》だが、MPを使うことでさらに効果を上げることが出来る。
陽炎のようなものを纏っているのは、MPを消費している証拠だ。
放出されるMPの濃度が高いほど歪んで見えるのだ。
振り回された腕を避けたケビンだが、これまでとは違って、ブォン! と音が鳴るほどの勢いと風圧を真横から受けてよろめいてしまった。
態勢を崩したケビンを今度こそ殴ろうとオーガが拳を振り上げる。
避けられなさそうだしもらえばひとたまりもないだろうから、俺が介入してもいいだろう。
繰り出された拳を横から右手で掴む。
俺のレベルは34、Strは114だ。
空いている左手をオーガの首に絡めてへし折る。
掴んでいたオーガの体が消え、魔石が落ちた。
「……ありがとう、ございます。全く歯が立ちませんでしたね」
「オーガはそこそこDefあるから。その剣だとだいたいStr+3とか5とかでしょ。それじゃああんまりダメージは与えられないよね」
この世界の武器ももちろん切れ味や重量は大事だ。
だがそれ以上に大切なのがステータスをどれだけ加算するか。
超貴重な魔金を思いっきり使った『アスカロン』ならStr+100、ダメージ+300。ここに更にいくつか効果が追加される。
対してケビンが使っているような、鋼とも呼べないくらい練度の低い鉄を使った、数打ちなら、せいぜいがStr+3~5。どんなに探しても+6程度までしかないだろう。
逆に切れ味なんかは《剣術》等のスキルである程度融通がきく。
スキルレベルが低いほど、効果が発動する条件は厳しいが、高レベルになれば、たとえ木の枝でも剣のように扱うことで物を斬れるようになるだろう。
本当に、ゲームのような世界だ。
「このまま2階層をまわる? 1階層に行こうか?」
さっき軽く食べたがまだお昼前だろう。
まだしばらくは戦うべきだ。
「2階層で、オークを中心に戦いたいです。オーガが出たらお願い出来ますか?」
「任せてくれ、っとぉ!」
今日のこれからを話していると急にオーガが出てきた。
咄嗟に《土魔法》で圧縮した土の玉を作って投げつけたが、左手を肩から弾け飛ばしただけで終わってしまった。
片腕になったオーガは、抉れた肩から血を流しながら、一目散に走って逃げていった。
「モンスターも逃げるんですね」
ケビンが呟いた。
「モンスターも、ランクが高くなるほど知能も高くなるっていうからなぁ。オーガくらいでも敵うか敵わないかくらいはわかるんだろ」
「隻腕なら弱体化が凄いでしょうし、あの出血ならどうせすぐに死ぬでしょうね」
俺とケビンは次の獲物になるモンスターを探すことにした。
↓↓隻腕のオーガ↓↓
そのモンスターはただただ走っていた。
つい先程までは、小動物で腹を満たし、なにやら物音のする方へ向かおうかと考えたところだったのだ。
それが急に変な人間がこちらに向かって何か投げたと思ったら、いきなり腕が弾けとんだのだ。
(アレは危険だ。アレの近くにいてはならない。速く離れなければ)
こればかりが頭を占めている。
バランスが取れず走り辛いのか時折よろめいている。
しかも大量に血を流しているのだ。だんだんと頭がくらくらと揺れてきた。
そんなとき、
パキッ
音がして血が止まった。
あんなにフラフラとしていたのにしっかりとバランスがとれている。
足をどかすと砕けた魔石が見えた。
生まれてこのかた、敵対するモンスターを見たことが無かったオーガだったが、本来モンスターがモンスターを倒してレベルを上げるときは、モンスターの核である魔石を砕く必要があるのだ。
魔石を持たない生物は魔石を砕く必要がないが、魔石を持つモンスターは魔石を砕くことで自らの核が強化されるのだ。
オーガの目にもうひとつの魔石が写った。
そちらも踏み潰すと、はっきりと自分が強くなったのが実感出来た。
オーガは踏み潰したこれらが、自らの片腕を潰した人間が拾うのを忘れたフォレストウルフのものだとは知らない。
だがこれらは、モンスターが死ぬことで地面に残るものだということは先程同類が魔石を残したのを見て知っていた。
片腕でありながら両腕が揃っていた頃よりも強くなった実感のあるオーガは、自分でも気付かないうちに嗤っていた。




