1階層
まだまだモンスターを倒していく。
といってもケビンがだ。俺だと1、2階層くらいのモンスターだとだいたい一撃だし、ケビンの強さと釣り合っているからだ。
あまりに大量に来たり、戦闘中に追加で来たやつだけ倒している。いくら冒険者を楽しんでいても、自分のモンスターを殺して回るのもさすがにな……。
俺がゴブリンをプチプチと潰している間にも、ケビンは斬ったり引っ掻かれたりしている。
でも始めに見たほどの接戦はしていない。レベルが上がってステータスが伸びているのだ。
でもスキルレベルは上がっていない。どころか熟練度も変化無し。
もちろんケビンの剣の腕は上がっている。ゴブリンの攻撃を受け止めるのではなく受け流したり、剣の動きに相手を巻き込んで攻撃したりと、だんだん慣れてきたように思う。
でも技術とスキルは全くの別物だ。
俺が《格闘術》を手に入れた時は、足捌きや体の使い方、なんなら拳の握り方までとにかく技術を向上させればスキルレベルが上がると思っていた。でも違うのだ。スキルレベルが一つ上がった時、全く動きが変わった。これまで意識してより最適な動きをするようにしていたのが、それ以上の動きが無意識に出来るようになった。意識すればさらに動きは良くなった。
技術をどれだけ磨こうと、スキルレベルの差はほとんど縮まらない。
「ケビン、そろそろ休憩しよう」
また一体斬り殺して肩で息をしているケビンに声をかける。
『草原』である1階層には、至るところに低木や小川が流れている。敵に見つかりやすい地形だが、上手く隠れればただ敵を発見しやすいだけの地形だ。
「コボルトがいるけどどうする?」
「何体ですか?」
「3体。でも少し離れた所にもう3体いる」
コボルトは灰色の犬が二足歩行しているモンスターだ。どれだけ大きくても1M程度で、ステータスもゴブリン以下だ。
でもコボルトには《遠吠え》がある。これは攻撃を受けた時に真っ先にする行動で、一番近くにいる仲間を呼び寄せる。
この場合、一瞬で3体を殺さなければ合計6体の敵と戦うことになる。手間をかけるほどに仲間を呼ばれ、劣勢になるのだ。
「戦います。コボルトを倒して今日は終了で良いですか? それと、僕が死にかけたら助けてください」
「わかった。考えてると思うけど、この側の木を背中にしろよ」
「集団の敵を倒す定石ですね。構えるのであのコボルトの近くに石を投げてこっちに引き付けてもらえますか?」
「わかった。木に登って上から見てることにする。お前の準備ができたら投げる」
そうして俺は石を拾って、木に登った。
ケビンも木を背面に剣を構えた。これでコボルトは前からしか襲うことはできなくなった。
俺は石を投げた。
うまいことコボルトの近くに落とせ、あいつらが走ってくる。
二足歩行のコボルトだが、走るときは地面に手をついている。
シュッ、と食い縛った歯の間から短く息を吐き、ケビンは剣を前につき出す。うまいこと真ん中の1体の顔を突き刺し、そのまま殺した。これであと2体。
「「アオオオオオォォォォォー!」」
駆けていた2体が一気に後ろに飛び退いて《遠吠え》をする。
これで離れていた3体がこちらに駆け出したが、ケビンは《遠吠え》のために完全に立ち上がり、顔を上に向けて喉をさらしているコボルトの1体に突っ込む。
始めに殺したコボルトAから剣を引き抜き様に喉を目掛けて振る。でもそれは相手が後ろに体を反らして腕を間に挟んだことで失敗に終わった。しかも骨まで食い込んでいるのか剣を外せない。
ケビンは飛びかかってこようとしていた無事なコボルトCとの間に強引に剣を、そして繋がっているコボルトBを割り込ませた。
コボルトBとCがぶつかり、その拍子に剣も外れたが、腕の力だけで振り回したのは負担だったのかケビンは顔をしかめた。
それでも倒れて重なった2体の上だったコボルトCの頭を踏みつけて背中を斬りつける。殺せてはいないが、ビクビクと手足が跳ねるだけなのでじきに死ぬだろう。
ここでコボルトD、E、Fが合流した。ケビンは剣を大きく横に振り抜いて間を作り、木に背中を向けて深呼吸をした。
3体で突っ込んでくるのに対して少しずつ傷を付けていく。あまり近寄られると剣を振れなくなるので、3体を満遍なく牽制しながら、ここぞというときに踏み込んで斬りつける。
「うわぁっ!?」
ケビンがほとんど悲鳴に近い驚きの声を上げたのは、いつの間に復活したのかコボルトBが革鎧で覆った腕に噛みついてきたからだった。
そこで手元が狂い残りのコボルト達を忘れてしまう。3体もまた一気にケビンに飛びかかった。
これはもうダメだと思ったので、俺も手を出すことにする。
火魔法でナイフ型のマジックウェポンを4本作り、コボルト達目掛けて投げる。
《格闘術》の効果と100を超えるMagによって、コボルト達は一瞬で首が焼け落ちる。そのまま萎んで消え去った。
「あ……ありがとう、……ございます……」
ケビンは息を荒げながら、腰の革袋から何本かのガラス瓶を取り出した。
緑色、黄色、赤色が一本ずつだ。
赤色、黄色、緑色の順番に飲み干した。
「ケビン、緑色のはHP回復のポーションだろ? 後の2本はなんなんだ?」
「この黄色いのが体力回復、赤色が傷回復ですね。そういえばこのダンジョンは、まだHP回復のポーションしか出ていないんでしたか。この3色の他に青色のMP回復のポーションもありますよ」
そうなのか。《ストア》にはHP回復の薬草しか無かったが……ファームゴーレムの《品種改良》で派生するだろうか?
「体力はわかるけど傷って何? HP回復のポーションで治るでしょ?」
「えっと……、HP回復のポーションは、HPを回復したあとに傷を回復していくんです。傷が治りきっていないと少しずつHPは減り続けるんですよ。なので傷を治したあとにHPを回復させるのが簡単なんですよ」
「でも、俺の知っている一番強い冒険者はHP回復のポーションしか持ってなかったけど?」
黒骸騎士、ライカンスロープの初戦闘となったあの2人である。
俺がギルドで見る一番高レベルの人はレベル53だ。
そしてあの2人はレベル53の人よりも遥かに強かったと思う。
「その人が持っていたポーションって、ランクがⅡやⅢじゃ無かったですか?」
「確かにそうだったな……」
まだ1本も使っていない。
《倉庫》の肥やしと化している。
「ランクⅢともなれば、HPが600くらい回復しますから。過回復で大抵の傷は治るでしょう」
なるほど。レベル30である俺のHPは440だ。もっとレベルが上がったとしても、HPが600も減れば致命傷だろう。普通の傷にとっては過剰回復もいいところだ。
「それよりも、ナオキさんって火魔法が使えたんですね。しかも4本も同時につかうなんて、MagやMPも高いんですね」
「MagはStrと同じくらいだからな。あ、ケビン、腕に残ってるぞ」
ケビンの腕の革籠手には、コボルトの牙が残っていた。
「本当ですね。コボルトのドロップアイテムは魔石よりも高いですし、6体で出るなんてツイてますね」
ドロップアイテム、これはモンスターを倒した時に、確率で魔石以外に残るモンスターの部位だ。
だいたい10体に1体の割合で残る。アイテム製作の素材としてかなり幅広い使い道があるため、大抵の場合は魔石よりも高く売れる。
「じゃ、ギルドで売却するか。帰り道のモンスターは俺が倒していいか?」
「もちろんです。いつもよりも稼ぎが少なくなってしまって申し訳ありません」




