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 コメットは自室にある研究室に居る。


 1ヶ月で論文を書き上げる為だ。


「うーん、何を研究しようかな?」


 テーマすら決まっていない。


「風魔法(物理)なんてテーマにしたら怒られるだろうし……」


 そういえばシャトラインのオーサは風魔法(物理)を習得出来ただろうか?多分無理だろうなぁ。


 今はそれどころじゃない。テーマを考えなければ。


 実はやりたい事は1つある。魔法の無詠唱である。理由はかっこいいから。


 だが、1ヶ月で出来る気がしない。やめた方がいいだろう。


 小一時間悩んだ結果、1つ思いついた。


「そうだ!並列魔法はどうだろう?」


 本棚にあった魔道書をざっと読んだが並列魔法についての記述は無かった。


 これだ!もう既に並列魔法のスキルレベルは8である。いける!


 並列魔法は、火魔法の鍛錬の為に農具を作った際に同時に風魔法や水魔法を使った為に覚えたスキルである。


 コツは精密な魔力操作によって魔力を送り続けながら複数に分離させることだ。魔力操作10だからこそ可能な技である。


 急いで研究論文を書き始める。魔法大学にある先輩達の論文の書き方を参考にしつつ、なんとか1ヶ月で書き終えたのだった。


 論文はなかなかの大作になった。出来るだけ丁寧に分かりやすく書くことを意識した。その結果、鍛冶窯の作り方や焼入れの最適な温度まで書かれている。


「やりすぎた」


 だが、後悔はしていない!


 多分、ザングドア学長かファルダさんに提出すればいいはずだけど、何処に居るのか分からない。とりあえず受付に行く。


「こんにちは、ベルさん」


「こんにちは、コメット様」


「論文を提出したいんだけど、ファルダさんかザングドア学長の場所を教えてください」


「なるほど、ファルダ様の部屋でしたら案内することが可能です。ザングドア学長の部屋は常に移動しておりますので案内することが出来ません」


 一瞬、頭の理解が追いつかなかった。


「え?部屋が移動しているんですか?」


「はい、部屋が移動することで利便性とセキュリティが保たれているんです」


「その動力ってもしかして……?」


「はい、ザングドア学長の魔力です」


 おじいちゃん死んじゃう!?


 一瞬焦ったが、冷静に考えるとそんな馬鹿なことは起きないだろう。


 むしろ無限の魔力を持つザングドア学長パネェっす。


「では、ファルダさんの部屋の案内をお願いします」


「畏まりました」


 ベルさんの後をついていく。ベルさんはエレベーターに乗り込み、9階のスイッチを押した。


 9階で降り、廊下を進む。ベルさんは905と書かれた扉にタッチして魔力を流したようだ。多分、呼び鈴なのだろう。


 しばらく待つと扉が開きファルダさんが現れた。相変わらず大柄な熊獣人だ。


「誰かと思えばコメット君か!1ヶ月ぶりだね」


「はい。1ヶ月間、年間責務の達成に追われる日々を過ごしていました」


「そ、そうか。ザングドア学長の悪い癖のせいで苦労したようだね。とにかく話は部屋の中でするとしよう」


「ベルさん、案内していただきありがとうございました」


「いえいえ、それでは私は失礼します」


 ベルさんは戻っていき、コメットはファルダさんと部屋に入る。


 部屋に入るとそこは森だった。森を進むとテーブルと椅子があり、飲みかけの紅茶と蜂蜜の瓶がおいてあった。


 劇的にリフォームし過ぎでしょ!?


 部屋丸ごと森に改造するのは怒られないのだろうか!?


「す、凄い部屋ですね」


「自慢の部屋なんだ。ここまでするのに苦労したのだよ」


「ですよね」


「ところで用件は何だい?多分それのことだろう?」


 それ、とはコメットが持っている分厚い研究論文である。


「はい、これが研究論文です」


 ファルダさんに研究論文を渡す。


「これが1ヶ月で書けるとは、普通は信じられないが信じるしかないだろう。ふむふむタイトルは?【並列魔法の特性と効率的な習得方法について】か……ん?並列魔法……?えええええええ!?並列魔法!?」


 ファルダさんが研究論文のタイトルを何度見もしている。壊れた熊型ロボットってきっとこんな動きをするんだろうなぁ……なんて考えている場合じゃないな。


「ファルダさん落ち着いて下さい!」


「あ、ああ。すまない取り乱してしまった」


「研究テーマとして何か間違いでもありましたか?」


「いや、何も間違いはない。だが、問題にはなるかもしれない。テーマと内容に間違いがなければ、世紀の大発見だぞ」


「発表してはいけないのですか?」


「いや、これは発表すべきだ。魔術の発展の為にも」


「じゃあ、ファルダさんに提出したので年間責務は果たしたということでいいですか?」


「ああ、いや、これはきっと発表会で発表してほしいと言われるだろう。その時は証明として実演を求められると思う」


 えー、面倒だけど仕方がないか。


「分かりました。準備をしておきます」


 紅茶と蜂蜜を楽しんで雑談をした後、コメットは自室へと戻った。




 数日後、部屋でのんびりしていると


「チリリン!」


 呼び鈴が鳴った。出るとベルさんだった。


「コメット様、ファルダ様から伝言でございます。今日は論文の発表会なので正午にはファルダ様の部屋に来るように。とのことです」


「わざわざ伝言ありがとうございました」


 ベルさんは戻っていった。


 風呂に入って、綺麗めの服を着て、魔法大学のローブを着る。仕込杖イチを装備して、あとは大きめの袋にアレコレ詰め込んでいく。


 準備はこれくらいでいいだろうか?よし、ファルダさんの部屋に行こう。


 エレベーターで階を移動し、ファルダさんの部屋まで行くと既にファルダさんは待っていた。


「こんにちは、ファルダさん」


「コメット君、準備はいいかな?」


「完璧です!」


「では、行こう」


 ファルダさんと共にエレベーターで25階まで昇る。エレベーターを降りてすぐに受付があり、魔術師ギルドの登録証を提示して入場する。


「あちらの通路は傍聴席に続いている、発表者はこちらだ」


 ファルダさんに続いて歩く。控室らしき部屋に入った。


「名前を呼ばれたら、案内に従って登壇するんだ。私は傍聴席から応援しているよ」


「分かりました。ここまでありがとうございました」


 ファルダさんは傍聴席へ向かったようだ。


 控室でぼーっとしていると横から声をかけられた。


「おい、聞いたか?今日の発表には並列魔法についての論文が発表されるらしいぜ」


「ああ、そうですね」


「なんだ、驚かないのか?知っていたんだな。俺だって、あと1年あれば歴史に名を残すほどの研究結果が出せるはずなのに!」


「どんな研究をしてるんですか?」


「無詠唱の研究だよ」


「無詠唱!俺も興味あります」


「おお!同志よ!無詠唱の良さを分かってくれるか!俺はカールだ」


 握手を求められたので握手する。


「俺はコメットです。それで今回の発表はどんな内容なんです?」


「無詠唱は全然上手くいかなくてな。口を閉じたままイメージするだけじゃ何も魔法が発動しないんだ。だから今回は口を閉じるのは諦めて、目を閉じてみたんだ」


「は!?」


 こいつは馬鹿かもしくは天才だ。発想が凡人とはかけ離れているぞ。


「目を閉じて魔法を放ったら的に当てられるのかを研究したんだ。まぁ、ほとんど当たらなかったんだけどな」


「失敗からヒントを得て、次に繋げればいいんですよ」


「だよな!さすがは同志だな」


 なんて話をしていると


「次はカール様の発表です。登壇してください」


 案内の声が聞こえてきた。


「じゃあ、また後でな」


「頑張ってください」


 カールの発表は結果は良くなかったが、大きな可能性を秘めているように感じた。


 しばらく待っていると


「次は最後の発表です。コメット様、登壇してください」


 最後なのか、ちょっと緊張してきたかも。


「先月魔法大学に所属となったコメットです。今回は並列魔法について発表致します。まず、背景と致しまして〜……」


 コメットの発表は順調に進んだ。傍聴席の研究者達は静かに聞き入っている。


「さて、では実演をしたいと思います。まずは火魔法と水魔法の並列魔法です」


 右手と左手にそれぞれ魔力を集めていく。


「火の力よ ファイア」


「水の力よ ウォーター」


 右手に火を出し続けながら、左手に水を出す。


 最後に両方を合わせて水蒸気にした。


「「おおーーー」」


 傍聴席から歓声が上がる。


「いかがでしたでしょうか?次は並列魔法の訓練方法です。こちらも実演致します」


「まず、耐火レンガで鍛冶窯を作ります」


 持参した袋からレンガを取り出し窯をてきぱきと作り始める。


「次に、鋼鉄のインゴットを用意し、鍛冶窯に置きます」


 袋から鋼鉄のインゴットも取り出す。


「次に、ファイアとウィンドを同時に出し鋼鉄のインゴットを熱します」


 ファイアとウィンドによって、より高温となり鋼鉄インゴットが赤くなる。


「あとは叩いて形を整えながら武器や防具などを作ります」


 コメットは素早く武器を1つ作り上げた。


「発表は以上になります」


 傍聴席の研究者達は立ち上がり、盛大な拍手を送った。


 こんな研究発表は前代未聞であった。目の前で武器が出来上がっていくのはインパクトも大きい。


 この日、傍聴席の研究者の記憶にはコメットの発表が強く残ることになった。


 数日後、魔法大学の研究者達の自室には鍛冶窯が追加され、鍛冶場のごとく鋼鉄を打つ音が響いたという。

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