037
翌日、馬車は南へ向かって出発した。魔法大学は大陸の中心地に建っているとのことだった。
馬車の中は暇なので裁縫スキルが上がっていった。スキルレベルが上がることで作業速度も上がり、好循環が生まれるのである。
そして6日間かかって魔法大学に辿り着くことが出来た。道中、何度か襲われたがコメットに捕縛され、大学関係者が依頼したことは分かった。
魔法大学は巨大な塔だった。スカイツリーと同じくらいの高さがありそうだ。
「コメット君、お疲れ様でした」
「ファルダさんもお疲れ様でした。しばらく馬車は見たくないですね」
「ハッハッハ!私はもう慣れてしまったよ」
ファルダさんと共に魔法大学に入る。
「ようこそ魔法大学へ。ファルダ様、コメット様」
「コメット君、こちらは受付のベルさんだ」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「ベルです。こちらこそ、よろしくお願いします。コメット様の部屋へ案内致します」
「コメット君、私は学長に報告があるので、ここで別れる。後で君の部屋に案内を寄越すので待っていてくれ。今後の説明をする」
受付のベルさんに連れられて塔の奥に行くと、扉がある。扉を開けると、とても狭い部屋になっている。
「こ、これはまさか!」
コメットは驚いて声が出てしまった。
「コメット様、これは魔道昇降機です。コメット様のお部屋は8階です」
ベルさんが8のスイッチを押すと魔道昇降機が動き出す。
「魔道昇降機は風魔法で動いているんですよ。ちなみに動力源の魔力は搭乗者ですのでお気を付けください」
「それってかなり危険なのではないですか?」
「非常用魔石がありますので大丈夫です。それに、この程度で枯渇するような魔力では魔法大学ではやっていけません」
この魔法大学だけ技術が進んでいると感じる。さすが魔法大学だ!
何事もなく研究だけ出来たら楽しそうなのに、絶対何かが起こるって分かってるから悲しくなるよ。
魔道昇降機という名のエレベーターを降りて真っ直ぐ進むと中央に広場があり、広場を囲むように扉が並んでいる。
扉と扉の間は30センチ程度しかない。扉の間隔が狭くて不安になっていると
「皆さん最初はそういう顔をなさるんですよ。でも、ご安心ください」
ベルさんはそういうと810と書かれた扉の前で鍵を差し出す。
「扉を開けてみてください」
鍵を受け取って鍵を開けると魔力が吸われた感覚がある。また何か仕掛けがありそうだと思いながら扉を開ける。
扉の向こう側は空洞だった。下が見えないほど高い場所にある。下を覗き込んでいると地面が前方に伸びていく。
「この仕掛けは土魔法なんですよ。鍵と魔力によって土魔法が発動してコメット様の部屋まで足場が伸びるんです」
面白い仕掛けだ。空を飛ばれた場合のセキュリティはどうしているのだろうか?
「とても面白いですね!さすがは魔法大学です」
「では、ごゆっくりとおくつろぎ下さい。食事の時間になりましたら食堂へご案内致します」
「ありがとうございます」
部屋はとても広く、リビング、ダイニング、キッチン、風呂まであった。居住空間とは別にかなり広めの研究室と訓練場もあった。
錬金術の道具の様な物や、魔石も常備されている。念願の本棚もある。
ここは最高の空間だ!もうこの部屋から出なくてもいいんじゃないかな?ダメ人間製造部屋だこれは!
1時間後、そこには紅茶を片手に魔道書を読むコメットの姿があった。とても優雅な時間を過ごせたようだ。
「チリリン!」
どういう仕組みか分からない呼び鈴が鳴る。現代地球であれば、ドアホンで相手の顔も見ることが出来る。その点で言えば、現代地球のほうが魔法より優れている点が多い。現代地球の数学や物理学は魔法と同じような物なのである。
入口のドアを開けると足場が伸びていく、更に鍵付きのドアを開けるとベルさんが立っていた。
「コメット様、ファルダ様がお呼びです。ご案内致します」
「ありがとうございます。ベルさん」
エレベーターで20階に移動する。2010と書かれている扉を開けると、すぐに部屋となっていた。広い会議室である。
そこにファルダさんと80代と思われるのおじいちゃんが居た。よく見ると、おじいちゃんの耳は尖っている。もしかしてファンタジー世界あるあるのあの種族ですか!?
「コメット様を案内しました」
「ベル、ご苦労じゃった」
おじいちゃんが答えるとベルさんは部屋を出ていった。
「初めまして、儂が学長のザングドアじゃ」
「初めまして、コメットと申します」
「ふむ……」
じーっと見られる。
「シャトラインのオババの言う通りじゃのう」
「シャトラインのオババですか?」
「なんじゃ知らんのか?おぬしに推薦証を渡したオババがいたじゃろう」
いつの間にか隣に居て魔力の底が見えないとか言ってきたオババか!
「ああ、あの方ですか!」
「儂から見てもおぬしの魔力は図り知れぬ。820年生きてきたがこんな事は初めてじゃわい」
「820年!もしかして、ザングドアさんは……?」
「左様、儂はエルフじゃよ。見るのは初めてじゃったか?」
「はい」
「エルフの数は少ない上に森に住んでいるからのう」
「エルフについて教えていただきありがとうございました。話の腰を折ってすみませんでした」
「よいよい。君の今後についてじゃが、基本的に自由に活動して貰って構わない。ただ、君に危害を加えようとしている者が大学内に居るようなんじゃ」
「何故俺なんですか?」
「理由は分かっておらん。私怨か、君を推薦する儂への嫌がらせか、それ以外の可能性もある。なんにせよ気を付けてほしいのじゃ。儂達も出来るだけ君の安全を確保するよう行動するつもりじゃ」
「分かりました」
「あとは、このローブを渡しておこう。これは魔法大学に所属している証みたいなものじゃな」
魔術師らしい黒いローブに魔法大学の紋が描かれている。
「これで話は全部じゃったかのう?」
「ザングドア学長、年間責務についての説明がまだです」
ファルダさんが不穏なことを言い出す。
「そうじゃ。魔法大学には年間責務というものがあるのじゃ。1年間に1回、研究論文1本か派遣任務5回か調査報告書1通を達成する必要があるんじゃよ。コメット君なら問題ないじゃろう」
「わ、分かりました。ガンバリマス」
「時間を取らせて悪かったのう。部屋に戻って良いぞ」
失礼しますと頭を下げて退室しようとすると後ろから声がかかる。
「あ、そうじゃ。今年の責務の期限は来月じゃから、頑張って」
なんてこった!とんだ狸爺だ!最後にとんでもない爆弾を落としていきやがった!
コメットは返事もせずに急いで走り去った。1年かけてやる責務を1ヶ月でやれと言うのだ。
「チクショーーーーー!」
コメットの叫びがこだました。




