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帝都に向けて歩き出すとすぐに要塞から西に向かって鉄道の線路が伸びていることに気づいた。
「あれって、もしかして鉄道じゃないですか!?」
「アランド帝国は10コブラクダより何倍も速い乗り物があると噂で聞いたことがある。私はずっと砂漠で生まれ育ったから乗ったことはないが……」
「うーん、乗ってみたいですね。出来れば動力源や動く仕組みも知りたいところです」
「頼んでも絶対に乗せてくれないと思うがな」
「ですよねー。それならこっそり乗せてもらうしかないですね! あっ丁度タイミングよく列車が来たみたいですよ!」
列車はまだ要塞を出たばかりで速度が遅い。今なら簡単に乗り込める気がする。俺が走り出すとカーラが文句を言いつつも仕方なくついてくる。
列車の最後尾の貨物車両らしき扉を開けると中身は空だった。本来は捕虜を乗せようとしていたのかもしれない。だが、今は都合がいい。俺とカーラは空の貨物車両に乗り込んだ。
「ふう、なんとか乗り込めましたね」
「事前に作戦を説明してくれ! それに私の魔導アーマーは目立つから、いつ見つかるかと気が気ではなかったぞ!」
「見つからなかったんですからいいじゃないですか。結果オーライですよ」
「……はぁ、コメット殿ほどの実力があればなんとでもなるか。私はもう疲れたので寝るぞ」
「おやすみなさい。何かあれば起こすのでゆっくり休んで下さい」
俺は列車が次の目的地に到着するまで魔力操作と魔力感知の修行をして時間を潰した。
――列車は一晩中走り続け、次の日の朝に停車した。
「外を少し見てみましたか?」
「いや、私は目立つ行動を避けているからな。コメット殿は見てみたのか?」
「はい。帝都ではなく、小さな村のような感じでしたよ」
「そうか、帝国の情報はガルズーガにもほとんど流れてこなかったからな。知りたければここで情報を収集するしかないだろう」
「そうですね。じゃあ、俺は少し息抜き……じゃなくて情報収集をしてきます! カーラさんは待ってて下さい」
「ああ、分かった」
そして俺は貨物車両から出て村を探索することにした。どんな村だろう? カーラへのお土産をどうしようかとワクワクしながら駅を迂回して村に入り込んだ。
「なんだここは……」
結論から言うと、ここは普通の村ではなかった。村の周囲をぐるりと囲む壁は周囲の魔物から住民を守るものではなく、脱走を防ぐ為のものだ。列車から縄で縛られた人々が運び出されている。逆に列車に乗せられる人々も見受けられた。あれは多分奴隷だ。そしてここは奴隷村なんだろう。
「早く歩け!」
暗い顔をした奴隷達はムチで叩かれながら足早に移動している。村の中央では競売が行われているようだ。
「これは酷い。しかし、現状を正確に把握したほうがよさそうですね」
俺は見回りをしている帝国兵の近くまで忍び寄って狙いをつける。
「眠針!」
「ひん!」
帝国兵の装備を奪って着替える。兜で顔も隠れる。これでどこからどう見ても帝国兵だ。身ぐるみ剥いだ帝国兵を物陰に移動して草でカムフラージュしておく。これで準備はオーケーだ。
「まずは奴隷っぽい人達に話を聞いてみよう」
誰も見ていないのを確認して塀を飛び越え、村の中に入る。村の中には堂々と粗末な牢屋が置かれており、中に人の影が見える。見回りのフリをして近づけば怪しまれることはないと思う。俺は堂々と牢屋に近づいた。
中には薄汚れた女性と子供が居た。怯えた目でこちらを見ている。とりあえず話しかけてみることにした。
「あの〜そこの人、ちょっと質問をしてもいいですか?」
「な、なんですか? 私達の今日の仕事はもう終わったはずです! これ以上何をさせようっていうんですか!?」
なにやら勘違いをしているし、大声を出されると困る。俺は急いで兜を脱いで説明をすることにした。
「俺はコメットと申します。あなた達の味方です。だからどうか大きな声を出さないで下さい」
「え……助けに来てくれたんですか?」
「はい、それで状況を確認したいのですが、あなた達は奴隷で、どこかから帝国に連れてこられたのですか?」
「はい、私達はロディニア魔法国から。私はマリア、この子はルートです。他の方達は様々な場所から集められているようです」
なるほど、他国から奴隷を集めて奴隷村を作っているってことか。
「ここでどんな仕事をさせられているんですか? 言える範囲で教えて下さい」
「私達はここで魔法を教える仕事をしています。私達はまだマシなほうです。他の方は鉱山に送られたり、貴族や軍人に買われていると聞いたことがあります」
やはり奴隷の扱いは酷いようだ。こうなったら、太陽神として奴隷全員を解放してやるしかないな。まずは帰ってカーラに報告だ。
「分かりました。奴隷の方達を解放するために一旦戻って準備をしてきます。それまでこの事は内密にお願いしますね」
俺はそう言って、すぐに兜を装備して村をぐるりと一周した。どこに何があるか記憶する為だ。その後、村の外に出ると寝ている帝国兵に装備を返す。帝国兵が起きた時に下着姿だったら騒ぎになってしまうからだ。
そして、誰にも気付かれないように俺はこっそりとカーラが待つ列車に戻った。
「かくかくしかじか……ということなんですよ」
「かくかくしかじかじゃ全く分からないぞ。ちゃんと説明してくれ」
心が通じ合って伝わるかと期待したが通じなかったので、村で見たことを全て説明した。
「なんて奴らだ! 過去にガルズーガから連れ去られた人々も居るかもしれん!」
奴隷制度なんて無い方がいい。奴隷を売る奴も買う奴もどうかしていると思う。
「そうですね。俺は奴隷を解放してあげようと思うのですが、カーラさんはどうします?」
「無論、私も協力する! 帝国の奴らに目に物見せてやる!」
「カーラさんならそう言うと思いましたよ。じゃあ、作戦はどうしますか?」
「そうだな……では、こんなのはどうだ?」
それから1時間ほど俺とカーラは作戦を立てた。
「よし、決まりですね」
「ああ、私はその作戦で構わない。だが、コメット殿の負担が大きくないか?」
「大丈夫です。では、すぐに準備に取り掛かりますね。作戦開始は明日の早朝です」
そう言って俺は貨物車両を飛び出した。今から徹夜で準備をしないと間に合わない。
「これから忙しいぞ〜! でも、うまく行けば面白いことになるだろうね」
俺は帝国領土特有のサバンナ地帯を全力で走った。




