8
「お口に合うかわかりませんが…」
週明け。
私は先週の飲み会のお礼にドーナツを作ってきた。
女の子らしい可愛らしいドーナツじゃなくて、シンプルなドーナツ。
私ができるのはこれくらいだし…。
「美味い。嫁に欲しい」
「へっ…?」
「兵藤くんったらー!」
一番最初に食べてくれた兵藤さんからお褒めのお言葉をいただいた。
その後の言葉は…。
「誉め言葉ですよ。僕なりの最上級の誉め言葉です。いやー、これは美味いっす」
「ホントね。くどくなくて何個でもいけるわ」
「薫ちゃん、食べ過ぎるとくるわよ」
「どれどれ俺も…」
皆さんがが次々に口に入れてくださる。
皆さんからは好意的な意見だけだ。
「これ美味いな。こんな美味いドーナツ作れるなんて大したもんだ」
「ですよね。これは美味しいわ」
「ちょっと陣内さん。、食べ過ぎでしょ。何個目ですか!?」
15時のちょうどお昼ご飯も消化されてきて、小腹におやつでも欲しくなる時間帯だ。
用意したドーナツは瞬く間に皆さんの胃の中へと消えていった。
「広瀬さん。すみませんでした」
「いや、毎日は困るが、たまにはこういうのもいいね」
「広瀬さんなんてタバコでサボってばかりなんだからこれくらい大丈夫よ」
「陣内さん手厳しい…」
その後、陣内さんと内川さんからレシピを教えてと言われたので、メモしたレシピをお二人に渡した。
お二人とも、「子供が喜ぶわー!」と大喜びだった。
そんな大した物じゃないです…。
「どこだろ…?」
私は自部署のあるフロアとは別のフロアに来ていた。
目的は三船さん。
三船さんにもお礼のドーナツを作ってきた。
企画部って聞いたけどどっちだろ…?
「ここで何してる?」
「あ…」
キョロキョロ不審者をしていると、後ろから声を掛けられた。
目的の三船さんだ。
「あの…先週ご迷惑をおかけしましたので…」
「気にするなと言ったのに」
「お口に合うかわかりませんが…」
私はドーナツを入れた紙袋を三船さんに渡す。
三船さんは中身を見て。
「ついてこい」
「え…」
スタスタと事務所とは逆方向に歩いていってしまった。
ついてこいってどこに…?
「ここなら大丈夫だろ」
「はぁ…」
三船さんに連れてこられたのは休憩室。
複数の椅子と机があり、息抜きに使用する場所だ。
私は恐れ多くて使用したことないけど…。
「コーヒーでいいか?」
「わ、悪いです!」
「気にするな。ブラック?」
「…甘いのでお願いします」
三船さんが休憩室前の自動販売機でコーヒーを奢ってくださるという。
お礼に来たのに…。
三船さんからは拒否できないオーラを感じたので、渋々三船さんにご馳走になることにした。
「お口に合うかわかりませんが…」
「…大丈夫だ」
何が大丈夫なんだろう。
皆さんは美味しいって言ってくださったけど、味覚は人それぞれだから合うかわかりませんよ…。
「…懐かしい」
「えっ?」
「…なんでもない」
三船さんが一口齧り、言葉を漏らす。
懐かしい?
昔お母さんに作ってもらったやつと似てたのかな?
「お口に合いましたか…?」
私は恐る恐る三船さんに感想を聞いてみた。
「美味くなかったら全部食わない。ありがとう」
「ほっ…。お口に合ったようで何よりです」
三船さんは、紙袋に入っていたドーナツ3つを全て食べてくれた。
三船さん甘い物好きなのかな?
「良い休憩になった。ありがとう」
「いえ…」
三船さんはそれだけ言うと休憩室から出て行ってしまった。
これで先週のお礼はできたかな?
自己満足だけど、三船さんが喜んでくれたならよかった。
私も仕事に戻らなきゃ。