7
「失礼します」
内川さんから渡された資料の打ち込みも終わり、余った時間で資料室に来ている。
誰もいないと思うけど、念のため挨拶しておこう。
先週に兵藤さんからデータ化の依頼を受けたけど、まったく進んでない。
兵藤さんは「ゆっくりのんびりでいいよー」と言っていたが、こちらは派遣の身だ。
怠慢な業務をしていたら雇っていただいた会社にも悪いし、出来る限り作業を進めたい。
「あ…」
「ん…?」
三船さんだ。
サボっているわけじゃなさそうだけど、三船さんが資料に目を通していた。
私の声に気が付いた三船さんが。資料から顔を上げ、私の方を向く。
「…また会ったな」
「…お疲れ様です」
午前中にお礼を言ったばかりなのに…。
また午後もお会いするなんて思ってなかった…。
「前に大輔が言ってた仕事?」
「そうです」
「働き者だな」
「雇われの身ですので、手抜きは申し訳ないです」
「良い心掛けだ」
少しだけ会話をして、三船さんは再び資料に視線を落とした。
私も挨拶だけして、データ化の必要な資料置き場へと向かった。
「と、届かない…」
私は棚の上段にある資料に手が届かなくて四苦八苦していた。
台座を使っても届かない私の身長って…。
これで150はあるのに…。
んー!
「どれが欲しいんだ?」
「あ…。お恥ずかしい姿を…」
手を伸ばして唸っていると三船さんが来てくれた。
こんな姿を三船さんに見られるなんて恥ずかしい…。
「いいから。どれ」
「…上段の左から3番目までのファイルです」
「任せろ」
三船さんが私が取ろうと必死に手を伸ばしていたファイルをいとも簡単に取ってくれた。
男性なら簡単に取れるのね…。
「ほら」
「ありが…きゃっ!?」
ガシャン!
台座に乗ったままだった私は、三船さんからファイルを受け取ると態勢を崩してしまった。
先程まで必死につま先立ちで手を伸ばしていたので、足に力が入らなかった。
「大丈夫か?」
「ひっ…!!?」
目の前に三船さんの顔がある。
背中を手で支えてくれているから、地面にぶつかることはなかった。
だけど…。
「い…いやぁ…っ!」
「…そうだよな」
治ったと思っていたトラウマに、体が強張る。
ブルブルと恐怖に怯える私を三船さんは優しく降してくれた。
「………」
「…悪い」
「み、三船さんは悪くない…です」
私は震える体を必死に抑えようとするが、体の震えは止まらない。
おかしい…。
学生時代もここまで酷くなかったのに…。
「…水飲めるか?」
「………」
三船さんが持っていたペットボトルの水を渡してくれる。
私は静かに頷き、三船さんに開けてもらったペットボトルから水を口に含ませる。
「…落ち着いた?」
「…はい」
水を数口飲み、呼吸を整えると体の震えは収まった。
「…悪い。俺の落ち度だ」
「…三船さんは悪くないです。運動神経の悪い私が悪いんです」
まさか足を滑らせるなんて思ってもいなかった。
三船さんがいなかったと思うと…。
「三船さんがいなかったら、私は地面にぶつかってケガをしていたかもしれません。だから三船さんのお陰で助かりました」
「…そうか」
その後も完全に落ち着くまで三船さんは近くにいてくれた。
先程のことがあったからか、私と距離を取っているようだった。
「ご迷惑おかけしました」
「気にするな」
「あの…」
「その水はやるよ。気をつけて戻れよ」
それだけ言うと、三船さんは資料室から出て行った。
私の手には三船さんからいただいた水の入ったペットボトル。
あれ…。
このペットボトル半分しか入ってなかったから…。
三船さんとの間接キスっ!!?
ど、どうしよう…。
今度またお礼しなきゃ…。
今度は言葉だけじゃダメだよね…。