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『本日は定時退社日です。PCを閉じて退社しましょう。定時退社できない方は―――』
フロアに定時退社を推奨するアナウンスが流れる。
私もキリがいいし、今日はこれで終わりにしよう。
「試合終了!ロスタイムはなし!」
兵藤さんが嬉しそうに雄たけびを上げている。
広瀬さんも注意しないところを見ると、兵藤さんは愛されキャラみたい。
たしかに弄り甲斐がありそう…。
「元気ねー。若いって羨ましいわ」
「陣内さんもお若いですよ」
私の隣の陣内さんがんーと体を伸ばしている。
陣内さんも十分お若いのに。
「何言ってるのよ。38よ38。楓ちゃんと一回り以上違うのよ」
「陣内さんはお綺麗なのでお若く見えますよ」
「も~、楓ちゃんホント可愛いわ」
陣内さん、私を抱きしめないでください。
陣内さんの胸に圧迫されて苦しいです。
私死んじゃいます…。
「ねぇねぇ楓ちゃん。今日飲みに行かない?」
「え…」
お誘いは嬉しいですが、私に何度も飲みに行けるほどの経済的な余裕は…。
「お金は大丈夫よ。兵藤くーん、飲みに行くわよー!」
「あいあいさー!」
「兵藤くんが出してくれるから」
「兵藤さんに悪いですよ…」
兵藤さんは陣内さんからの突然のお誘いにも快く応じている。
オタクだって言ってたけどアクティブな兵藤さん。
オタクは内気なイメージだったけど、兵藤さんを見ていると違うように感じる。
「楓ちゃんの分はよろしくね」
「ヒッヒッフー!僕がですかー!?」
「ケチな男は嫌われるわよ」
「兵藤さんに悪いです…。私出します…」
「楓ちゃんのこの顔を見て同じこと言える?」
「僕に任せてくだされ!」
ええ…。
兵藤さんに悪いです…。
スイッチの入った兵藤さんに私の言葉は通じず、兵藤さんが払うと退いてくれなかった。
うう…。悪いのに…。
「おーい、ゆーりたーん」
「外でその名前で呼ぶなよ」
居酒屋に入ろうとしたら、三船さんが前を歩いていた。
気づいた兵藤さんが三船さんに声をかける。
「帰るの?一緒に飲もうよ」
「マジかよ」
「マジだお」
相変わらず兵藤さんと三船さんは仲が良い。
「三船くん、今ならうちの可愛い楓ちゃんがついてるわよー」
「陣内さんっ!?」
可愛くないです!
三船さんにも突然悪いですよ…。
「…いいでしょう」
「ヒャッフー!あ、割り勘ね」
「へいへい」
私たちは三船さんを入れて4人で居酒屋に入った。
うう…。エレベーターの時から気まずいのに…。
「「「「かんぱーい」」」」
皆さんが適当に注文し、届いたお酒で乾杯をする。
水曜日だから人が多い…。
「企画の伊達男が水曜日に一人って寂しいわね」
「ついに化けの皮が剝がれたんですよ」
「たまたま予定がなかっただけです」
陣内さんと兵藤さんが三船さんを揶揄する。
三船さんなら誰かと予定があってもおかしくないと思うのに。
「兵藤くんと三船くんが同じ大学の同級生で仲が良いって未だに信じられないのよ」
そうそう。
イケメンとオタクって…。
意外な組み合わせなんですよね。
「大輔といると気を張らなくて楽なんですよ。気も合いますし、色々知ってますし」
「ゆーりたんは顔以外取り柄がないので」
「ああぁん?」
「チューすんぞこら」
「童貞が強がるなよ」
「どどどどど童貞ちゃうわ!」
ホントにお二人は仲が良い。
親友ってこんな二人のことをいうのかな?
いいなぁ…。
「ネタ晴らししておきますと、大輔童貞じゃないっすよ」
「おいこら!」
「へー、いつものそれはネタなのね」
「大輔合コン連れてくと俺と同じくらい女の子と連絡先交換しますからね。コイツトークが上手いから」
「褒めるなよ。照れるだろ」
「はいはい」
へぇ…、兵藤さんも合コンではモテモテなんですね。
合コンなんて行ったことないからわからないですけど…。
「うちの可愛い楓ちゃんの前で変なこと言うんじゃないわよー!」
「デュフフ。サーセン」
「だ、大丈夫…ですよ」
私も21ですから世間一般常識として知ってますよ!
そこまで子供じゃないです!
「へー、楓ちゃん秋田出身なのね」
「秋田の田舎出身です」
お酒も程々に回ってきて、飲み会もまったりとした雰囲気になってきた。
「ゆーりたんも秋田じゃなかったっけ?」
「…そうだな」
おお!三船さんも秋田出身なんですね。
もしかしたらお隣同士かもしれませんね。
「楓ちゃん秋田のどこなの?」
「由利本荘市っていうところです」
「ゆーりたん一緒じゃん」
「…みたいだな」
嘘!?
出身市まで一緒なんですね。
こんなことあるんですね。
さすが全国から人が集まる東京です。
「デュフフ。もしかして幼馴染とか?」
「そんなわけねーだろ。大輔、メニュー表取ってくれ」
「ほいよー」
イケメン三船さんと私みたいな田舎娘に接点はありませんよ。
ご心配なさらず。