15
「ん…」
あれ…、朝?
昨日は…。
「っ!?」
昨夜のことを思い出し、目の前の白い壁に意識が覚醒する。
これは…。
悠里くんのワイシャツだ。
な、なんで!?
私、悠里くんに抱きしめられてる!?
はっ!
そういえば昨日、悠里くんの頬っぺたを冷やすためにベッドで横になってもらったんだった…。
そこに私がお邪魔して寝ちゃった…。
「んあ…」
「っ!?」
悠里くんがぎゅっと私を抱きしめる。
ち、近いよ!
でも…、悠里くんの匂い安心するな…。
「んん…?」
「…おはようございます」
「…おはよ」
私が悠里くんの匂いを堪能していると、悠里くんが起きちゃった。
悠里くんは胸の位置にいる私を確認し、私を抱きしめている状態から解放してくれた。
…ちょっと残念。
「…ああ。昨日はそのまま楓の家に泊まっちゃったのか」
「…うん」
「悪い。帰るつもりだったんだけど、楓が気持ちよさそうに寝てたから俺も寝ちまった」
「大丈夫だよ」
昨日は泣き疲れて寝ちゃったから…。
色々あったけど、本当のことを知れてよかった。
10年の空白が戻るわけじゃないんだけどね…。
「抱き枕にしちゃったみたいだけど、俺臭くなかったか?風呂入ってないし」
「大丈夫だったよ!嫌な臭いなんてしなかったよ。甘い良い匂いだったもん」
「…甘い匂いって」
だって悠里くん甘いんだよ!
頭がぽわぽわするような甘い匂い。
「楓がそれでいいならいいか」
「うん」
「悪かったな。俺帰るわ」
「え…」
悠里くん帰っちゃうの…?
そうだよね。
今日土曜日の休日だから、悠里くんも予定あるよね。
「また来週会社で会えるだろ?」
「うん…」
私の表情で察した悠里くんに頭を撫でられた。
会社で会えるけど、会社で悠里くんなんて呼べないよ。
今まで通り三船さん。
「またな」
「うん…。またね」
悠里くんは身支度を整えると、私の家から帰っていった。
寂しいな…。
でも、心に刺さっていた棘がなくなったみたい。
今まで何かに怯えていたけど、今は心が軽い。
来週は陣内さんたちにお礼言わなきゃ…。
「先週はご迷惑おかけしました」
「大丈夫なの?」
「はい!問題ありません」
月曜日。
出社直後に陣内さんに先週のことについて謝りにいった。
ただの派遣社員の私を心配してくれるなんて、陣内さんは優しいです。
「無理はしなくていいからね」
「はい」
何があったか聞かない陣内さんの優しさに、私の心に温かいものが広がる感じがする。
「おはよーございます」
「兵藤さん。先週はありがとうございました」
兵藤さんは、「あーっ…」と頬を掻いて恥ずかしがっている。
悠里くんに何があったか聞いてますから。
「ゆーりたんが何かしてきたら言ってね。僕がぼっこぼこにしてやんよ」
「ふふ、ありがとうございます」
兵藤さんがボクシングのような動きをする。
兵藤さん、お腹のお肉がぽよんぽよん動いてます。
「「あ…」」
午後の空いた時間に、資料室のデータ化を進めようと資料室を訪れた。
悠里くんがいる。
今日も探し物かな。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
私は悠里くんの横を通り、整理する資料のある場所へ向かう。
よかった。
悠里くんの頬っぺたは元に戻っていた。
冷やした効果あったね。
「楓」
「三船さん!?会社ですよ…」
不意に悠里くんに名前を呼ばれて立ち止まる。
悠里くん、ここ会社だよ…。
「取れない資料があったら言えよ。いる間は取ってやる」
「ありがとうございます」
「また転ぶと大変だからな」
「ふふ、ありがとうございます」
悠里くん優しいね。
大丈夫だよ。
今度は無理しないから。
「楓」
「三船さん…。会社ですよ…」
「誰もいない」
誰もいなくたってここは会社です…。
「俺戻るから。資料取らなくていいか?」
「大丈夫です。今日は手の届く場所ですので」
「わかった。気をつけてな」
悠里くんはそう言って、資料室を出て行った。
私は一人になった資料室で黙々と資料を集める。
悠里くんも会社で楓なんて呼ばなくていいのに…。
私は悠里くんって言ったら、癖で出ちゃうかもしれないから呼ばないようにしてるのに。
もう…。




