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 「…夜中に悪い」


 「いえ…」


 1時間もしないうちに悠里くんが家にやってきた。

 悠里くんの左頬が腫れている。

 誰かに殴られたのだろうか…。


 「俺に近づかれたくないだろ。俺はここでいい」


 「…ダメです。上がってください」


 玄関で話すという悠里くんを部屋に上げる。

 


 「三船さん…。いえ、悠里くん。本当のことを教えてください」


 「…わかった。ツラい真実も含まれている…。話聞いた後で殴ってくれても構わない」


 私は悠里くんの目を見て話す。

 悠里くんはポツポツと話し出した。


 「あの日、小田桐さんの部屋に行ったのは真実だ」


 「っ!?」


 「だけど理由があった」


 理由って何…?


 「俺たちが住んでいた場所には忌むべき風習があった」


 「風習…?」


 風習?

 聞いたことない。


 「…簡単に言うと人買いの風習だ」


 「っ!?」


 人買い!?

 それって…。


 「親父と兄貴が話しているのを、たまたま耳にしたのが始まりだった。沢城の娘を買ったと」


 「え…」


 沢城は私の旧姓だ。

 どういうこと…?


 「俺の家、最上家はあの場所では名家だった。ゆえに、権力に物を言わせて村の女性を買っていたそうだ」


 「そんな…」


 「兄貴が目をつけたのがキミだ。風習として月経が始まっていない女性への売り買いは禁止だった。だから兄貴は待っていた。小田桐さんが少女から女になるのを」


 「………」


 気持ち悪い。

 最悪だ。

 悠里くんのお兄さんは悠里くんとは全く似ていない。

 醜悪な見た目をした男性だった。


 「俺は小田桐さんを傷つけられたくなかった。だからあの夜キミの部屋に忍び込んだ」


 「…それだけの理由で私を襲ったんですか?」


 「違う。あの時のことは覚えていないかもしれないが、俺は何もしていない」


 「えっ…」


 襲ってない?

 痛かった。

 あの痛みは本物だった。


 「…多分記憶が混濁しているんだろう。あの夜、兄貴が小田桐さんの家に夜這いをかける予定だった。だけど、俺が先にキミの部屋に行った」


 「………」


 「服を破ったりしたが、実際はキミの………太腿を抓っていただけだ」


 「え…」


 え…。


 「いくら女になったとは言え、キミは小学生だった。何をしようが痛いはずだ。だから暗闇に紛れて襲っているように見せかけただけだ。兄貴はそれで勘違いして帰っていったよ」


 「でも…。血の跡があったはずです…」


 そうだ。

 血のが私の下半身には付いていた。

 

 「あれは…。俺の血だ」


 「え…」


 「その後も含めて、追及を逃れるために自分の指を切った」


 「じゃぁ…」


 「俺はキミを襲っていない」


 そんな…。

 悠里くんに襲われたと思っていたのは嘘だったの…?


 「その後は京一郎さんにキミをお願いし、俺は家を出た」


 「………」


 「真実はキミを村の風習から守りたかった。嘘はキミに嘘の事実を教えたことだ」


 「なんで…。なんでそんなこと…」


 村に子供は少なく、家の近くには悠里くんしかいなかった。

 小さい頃に遊んだが、それだけだ。

 それだけなのに…。


 「キミに貰ったドーナツが…。ドーナツが母の作ってくれたものに似ていてね」


 「………」


 「俺に母親の記憶はほとんどない。あっても些細なものだ。ドーナツは唯一母が作ってくれた記憶として残っていた。キミが小学生ながらも、俺にニコニコしながら話かけてきてくれて、俺は嬉しかった。あんな家にいて、心が腐っていくのを感じたよ。ああ、キミも風習の犠牲者になってしまうのかって。そう思うと、俺は居ても立っても居られなくなった。だからキミを助けた」


 「なんで私に嘘を打ち明けたんですか…。黙っていれば今まで通りだったのに…」


 「俺の良心が限界だった。これ以上偽ってキミと過ごすのが限界だった」


 なにそれ…。

 結局嘘を打ち明けてるのに…。


 「嘘の真実を言われて私がどれだけショックだったと思ってるんですか…」


 「ごめん…」


 「…私がああなると予想して、お父さんや陣内さんに声をかけていたんですか?」


 「…そうだ」


 自分勝手すぎる…。

 なんなの…。


 「何もなければ黙っていたかもしれない。だけど、資料室でキミが軽いパニックなったとき、キミのトラウマは克服されていないと思った。それに、俺と分かってなくても、キミの体と心は俺の拒絶してたから」


 たしかに悠里くんが近くにいると体が強張ることがあった。

 それが理由だったんですね…。

 無意識に悠里くんを意識してしまっていたんだ…。


 「…何がしたかったんですか?」


 「…自己満足かな。キミに懐かれていると思っていたからね。キミがあんなクソ兄貴の手にかかるならと思っただけだ。キミを傷つけたことに変わりはない。本当に申し訳なかった」


 「…最低です」


 私はあの事件が起こるまでのことを思い出す。


 「最低です!キミキミって、あの頃の悠里くんみたいに楓って呼んでくださいよ!なんでそんな他人行儀なんですか…。あの場所では悠里くんだけが私の心の支えだったのに…。お母さんは何もしないし、友達だって近くにいない。悠里くんに言われたらこんなにツラい思いをして生きてこなかったのに!」


 私のこれまでが爆発した。


 お父さんとお母さんが離婚し、お母さんの実家がある村へと移住した。

 お母さんは何もしてくれなかった。

 親子らしい会話何てなかった。

 唯一の会話相手は悠里くんだけだった。


 今思えば、お母さんは元々私を売り払う予定だったのだろう。

 そう思うと、あの時のお母さんの言動に理解できる。

 私を物として扱っていたんだ。


 「悠里くんが教えてくれたら10年間も怖い思いをしないですんだのに…。トラウマにだってならなかったです…。なんで言ってくれなかったんですか!小学生の私でも理解できました!言ってくれれば…」


 「…ごめん」


 私の頬を涙が伝う。

 

 中学生で無力な悠里くんが取った最善の手と理解している。

 逃げても連れ戻される。

 だから私を襲ったという嘘を作り、お母さんにとって価値のなくなった私をお父さんに引き渡したんだ。

 頭では理解はしている。

 だけど心では理解したくない。


 「私がこんなことになった責任取ってください!また昔みたいに楓って呼んでください!昔みたいに頭を撫でてください!昔みたいに…」


 私は悠里くんの胸で泣き叫ぶ。

 みっともない女。

 

 「ごめんね…楓」


 悠里くんが私の頭を撫でてくれる。

 昔の思い出が蘇る。


 悠里くんに襲われるまでは悠里くんが私の頭を撫でてくれた。

 優しくしてくれたのは悠里くんだけだった。

 優しくて温かい悠里くんの手だった。


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